第42話 拝謁
石造りの廊下を、伊織はゆっくりと歩いた。
図書館で得られた情報は二つだけだった。結界は王を殺しても即座には解除されないこと。王位継承者もまた、解除の権限を持つこと。それ以上は、文献のどこにも残っていなかった。
魔法陣の場所は、すでに特定している。問題は仕様だ。せめて更新の期限さえわかれば、動きようがある。
それを知るのは、この城にもう一人しかいない。
何度目になるか、もう数えていなかった。あの王は交渉のたびに、同じ目をしている。怒らない。懇願もしない。ただ、断る。
折れない人間だと思う。
伊織はそれを、微かに好ましいとさえ思っていた。
扉の前で、足を止めた。
伊織が扉を開けた。
格子のはまった窓から薄い光が差し込み、文机の上には読みかけの書物が開いたままになっていた。幽閉された人間の部屋とは思えない整然さだった。
フィリップ王は、文机の前に座っていた。 伊織が入ってきても、振り返らない。
「また来たか」
伊織は部屋の中央で立ち止まり、軽く頭を下げた。
「お時間をいただきありがとうございます、陛下」
「お前が勝手にきたのだろう。それに……時間など、有り余るほどある」
王がゆっくりと振り返る。疲弊の色はある。しかし目は澄んでいる。
「結界を解除していただけませんか」
「断る」
間を置かない即答。伊織も動じない。
「では一つ確認を。起点となる魔法陣を物理的に破壊した場合——結界は解除されますか」
王の目が、わずかに細くなった。 沈黙が落ちる。伊織は待つ。急かさない。
「……壊してみればいい」
王は文机へ視線を戻した。開いたままの書物に、静かに目を落とす。
伊織は短く頷いた。
「最後に一点だけ。次の更新時期を教えていただけますか。それだけで結構です」
王は答えなかった。 部屋に、松明の燃える微かな音だけが残った。
伊織はしばらく、その沈黙を眺めていた。
「そうですか」
踵を返す。
「お邪魔しました」
扉が閉まる。
廊下に出た伊織の足取りは、入ってきた時と何一つ変わらなかった。
数歩歩いて、ふと足を止めた。 天井を、一度だけ見上げる。
「……もう少し、調べてみましょうか」
誰にともなく呟いて、また歩き始めた。
明の火が、廊下の奥まで続いている。




