第41話 ニーナとお凛
宗一たちが王都を発って数日、街にも王宮にも、特に動きはなかった。
夕暮れ時。台所からいい匂いが漂ってきた。
ニーナが顔を覗かせると、お凛が手際よく鍋を操っていた。刻んだ野菜、火加減の調整、全てに無駄がない。
「……お凛さんって、本当になんでもできるのね」
「必要に迫られただけです」
「うどんも作れるし、情報も集められるし、人も気絶させられるし」
「……褒めていただいているのかどうか」
ニーナは台所の入り口に寄りかかり、少し間を置いてから口を開いた。
「ねえ、聞いていい? お凛さんって、なんでそこまで宗さんのために働いているの?」
お凛の手が、一瞬だけ止まった。
それからゆっくりと、鍋から視線を離さないまま、静かに話し始めた。
「私は子供の頃から、ずっと一人でした。食べるために何でもしました。盗みも、騙すことも」
ニーナは黙って聞いていた。
「ある夜、懐を狙った相手が悪かった。斬り捨てられそうになったところを、瀬能様に助けていただきました」
「……それだけで、ここまで?」
「はい。瀬能様は助けた後、特に何も言いませんでした。ただ、行けと」
お凛の手が、静かに鍋をかき混ぜ続ける。
「でも結局、ついていってしまいました。……悪い人じゃないと、そう思っただけなんですが」
少し微笑んだような表情で、続けた。
「理由は今でもうまく説明できません」
しばらく沈黙が落ちた。
「……似てるかも」
ニーナが呟いた。
「似てる?」
「私も、父親が莫大な借金残して死んで。子供の頃は街の大人たちに食べさせてもらいながらなんとか生き延びて」
お凛は鍋をかき混ぜる手を止めなかった。ただ、ニーナの話に耳を傾けているのはわかった。
「冒険者になったはいいけどパーティをクビになって、ギルドの階段で途方に暮れてたところに宗さんが飛び込んできた」
ニーナは小さく笑った。照れ隠しのような笑い方だった。
「私は宗さんを雇ってやってる、っていう建前にしてるけどね」
お凛は静かに器に盛り付けた。
「……夕飯ができました。食べましょう」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「……一つ、よろしいでしょうか」
食事を終えた頃、お凛が口を開いた。
「どうしたの?」
「……ニーナ殿と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」
ニーナは少し目を丸くして、それから手を振った。
「もちろん!むしろ呼び捨てでいいわよ。ニーナ、で」
「……ニーナ殿で」
「……殿はいらないって」
お凛は無言で食器を下げた。その横顔に、かすかな笑みがあった。




