第4話 一宿一パンの恩
パンを食べ終えた男は、しばらく黙っていた。
黙っているというより、ただそこにいる、という感じだった。背をギルドの壁に預け、通りを眺めている。何を考えているのか、考えていないのか、顔からは読めなかった。
「で」
ニーナは切り出した。
「あんた、どこから来たの。本当に」
「……わからん」
「わからないって」
「気がついたら、街の近くの草原にいた」宗一は少し間を置いた。「それより前のことは……よくわからんな」
ニーナは眉をひそめた。
記憶喪失、というやつか。本で読んだことがある。頭を打ったとか、強いショックを受けたとか、そういう時に起きるらしい。
厄介さが一段階上がった気がした。
「名前は覚えてるんだもんね」
「不思議なもんで、そこだけはちゃんと覚えてる」
「剣の使い方は?」
「困ったことはないな」
的外れな返事を気にも留めず、ニーナは宗一の腰に目をやった。見慣れない細長いものが差してある。柄の形が、剣とも槍とも違う。武器の類だとは思うが、それ以上はわからなかった。
「それ……武器?変な形ね」
「まあ、武器だな」
「折れない?」
「折れない」
断言した。根拠があるのか自信があるのか、区別がつかない言い方だった。
「私の話も聞く?」
「ぜひ聞きたいね」
本気とも冗談ともつかない言い方だった。ニーナは一瞬宗一の顔を見たが、読めなかった。まあいい。
「今日、パーティをクビになったの。理由は実力不足。まあ、事実だから仕方ないけどね」
さらっと言ったつもりだったが、自分の声が少し固くなったのがわかった。
「宿も、今夜の飯代も、足りない。夕飯にしようと思ってたパンは」ニーナは宗一を見た。「さっき、誰かにあげた」
宗一は黙っていた。
「恩に着なさいよ」
「いやほんと、助かりました」
「顔に出して」
「出てませんか」
出てなかった。
ニーナは空を見上げた。日はまだ高い。時間はある。あるが、のんびりしていられる状況でもなかった。
「武器を持ってるってことは、少しは戦えるんでしょ?だったら手伝いなさい。今夜の宿賃と飯代、二人分稼ぐの」
「……パンの恩があるからな」
宗一はのんびり立ち上がった。
―――
ギルドの中は昼過ぎの人の入りで、それなりに賑やかだった。
依頼ボードの前で、ニーナは額に手を当てた。
Fランク。二人分の食事と宿。最低でも銀貨四枚。今日中。
並んでいる依頼を端から確認していく。草むしり、荷物運び、使い走り。報酬は銅貨が並ぶ。銀貨に届くものは、軒並みDランク以上の指定がある。
「……ない」
「何がない」
「条件に合うやつ」ニーナは腕を組んだ。「Fランクで受けられて、今日中に終わって、二人食えるやつ」
「いつの世も世知辛いものだな」
「他人事か!」
その時、カウンターの方から視線を感じた。
エレナだった。ニーナのことを昔から知っている受付のお姉さん。目が合うと、小さく手招きをした。
―――
「取り下げ寸前なんだけどね」
エレナは声を落として言った。カウンター越しに、一枚の依頼書を差し出す。
「誰も受けなくて?」
「場所が悪いの。東の廃区画にある遺跡。崩落が進んでて、入りたがる人がいなくて」
ニーナは依頼書を読んだ。
遺物回収。崩落寸前の遺跡内部に残された魔道具を持ち帰ること。報酬、銀貨八枚。
Fランク二人には、悪くない数字だった。
「危ないの?」
「崩れかけなのは本当。でも魔獣の目撃はない。構造的な危険だけ」エレナはニーナを見た。「あなたの干渉術、こういう時に使えると思って」
ニーナは依頼書を宗一に見せた。
「行ける?」
「いけるだろう」
「もう少し真剣に考えてよ」
「考えてるさ」
「顔に出して」
「出てませんか」
ニーナは一瞬宗一を見て、それからエレナに向き直った。
「受けます!」




