第39話 十日
数日が過ぎた。
宗一とニーナは王宮近くの図書館周辺を、毎日のようにぶらついていた。宗一は浅葱色の羽織をだらしなく肩にかけ、行き交う人々を半眼で眺める。ニーナは露店で果物を一つ買っては店主と世間話をし、通りがかりの役人に道を尋ねては愛想よく笑った。それでも、誰の口からも「そういえば」の一言すら出てこなかった。
一方、カイルは近衛騎士団長としての公務を淡々とこなしていた。公爵家の私兵に蔑まれ、掲示板の管理などの雑務を押し付けられても、感情を殺し、ただの「忠実な盾」を演じ続ける。
お凛は今日も、王宮の中で調査している。
その夜、隠れ家に全員が揃った。
蝋燭の火が一本、卓の上で揺れている。お凛が部屋の隅から音もなく姿を現した。その表情は、いつにも増して険しかった。
「……瀬能様、王宮内で問題が。カイル殿にも、聞いていただく必要があります」
「話せ」
宗一が茶を啜り、短く促す。
「現在、王宮にいる王弟クロヴィス様、そしてジュリアン王子。あのお二人は……別人です」
部屋の空気が、一瞬で凝固した。
カイルが身を乗り出す。「別人とはどういう意味だ」
「身体的特徴は精巧に模されていますが、中身は完全な別物です。そして——」
お凛は一度言葉を切り、カイルを直視した。
「城内を隅々まで探りましたが、本物のお二人が幽閉されている形跡が見当たりません。……おそらく、数年前の政変の折に、すでにお命を落とされている可能性が高いかと」
沈黙。
カイルは動かなかった。拳が、膝の上でゆっくりと白くなっていく。
「……クロヴィス様……ジュリアン様……」
それ以上、言葉が出てこない。
宗一は茶を置いた。カイルの横顔を、一瞬だけ見た。
「……もう一つ」
お凛が静かに続ける。
「王宮のそばに、長年乳母として王家に仕えた老婆が隠居しています。その者から聞き出した情報です。——現王フィリップ様には、かつて侍女だった娘との間に儲けた非嫡出子がいる。名を、テオ。現在は王都の南、辺境の小国マルテで素性を隠して暮らしているそうです」
同じ頃、王宮の最上階。
月明かりも届かない執務室で、三つの影が向かい合っていた。
窓際に立ち、夜の街を見下ろす男。長い黒髪を後ろで緩く束ね、黒いダンダラ模様の羽織をまとっている。
「頃合いですね」
背後から、ベルが扇で口元を隠して言った。
「王弟か王子、どちらかに玉座に座ってもらいましょう。あとは公爵たちが勝手に潰し合います」
「ええ」
朔良伊織は、夜の街から視線を離さなかった。
翌朝、王都の広場に鐘の音が響いた。
掲示板に、公爵家の刻印が押された御触れが貼り出される。
ニーナがその文字を読んだ。眉がひそまった。
「……十日後に王位継承者を決定する儀、か」
「南の辺境国まで、馬を飛ばして往復でちょうど十日です」
いつの間にか隣に立っていたお凛が、静かに告げた。
その夜、隠れ家に戻った四人の間に、短い沈黙が落ちた。
「まあ」
宗一が湯呑みを卓に置いた。
「テオとかいう人を迎えに行って、その後継者選びの場に乗り込んでやろうじゃないか。十日あれば、なんとかなるだろう」
カイルが顔を上げた。その目に、ゆっくりと光が戻ってくる。
「……ああ」
蝋燭の火が、揺れた。




