第38話 王宮の真実
石造りの一軒家。 少し古びてはいるが、床も窓も磨き上げられていた。
「個室! 私だけの部屋! 雑魚寝しなくていいなんて最高!」
ニーナが階段を駆け上がり、歓声を上げる。
一階の居間では、お凛が手早く台所を整えている。
宗一は窓際の椅子に腰を下ろし、雪駄を脱いで足を伸ばした。
そこへ、仕事前のカイルが顔を出した。
「新しい拠点はどうだ? 困ったことがあればできる限りサポートする」
「最高です! 本当にここ、タダで借りちゃっていいんですか?」
二階から顔を出したニーナの問いに、カイルは頷いた。
「知り合いの持ち物で、タダで貸してくれると言っている」
カイルは一瞬、居間を見渡した。ランプ、テーブル、窓から差し込む朝の光。
「……悪くない場所だ」
低く、独り言のように言ってから、居住まいを正す。
「任務がある。帰りにまた顔を出すよ」
宗一の言葉にカイルは短く応じ、足早に去っていった。
カイルを見送った後、お凛が音もなく宗一の傍らに立った。
「……行ってまいります」
「ああ、頼む」
影が溶けるように、お凛が家を出た。
夜。
拠点の居間に、カイルが戻ってきた。
ニーナが用意した簡単な食事を四人で囲む。
ランプの火が静かに揺れていた。
宗一が茶を啜り、のんびりとした口調で切り出した。
「ところでカイル君。君は最近の王宮について、どこまで知っているのかね」
カイルは手を止め、視線を落とした。
「……陛下も、王子も、かつては誠実で仲睦まじい家族だった。だが数年前、両公爵に見慣れない側近が付き始めた頃からすべてが歪んだ。我々近衛騎士団はすぐに王宮を追い出され、それ以来、中のことは何も知らない」
「……私が調べた限り、今の王宮は二人の公爵に完全に占拠されています」
暗がりに控えていたお凛が、淡々と告げた。
「陛下は執務室に留め置かれ、公爵のいずれかが常に側に張り付いている。外部との接触は書状一通に至るまで検閲を受けており、事実上の隔離状態です」
沈黙が流れた。
カイルは絶句し、やがて肩を震わせて笑い出した。
「……はは」
しばらくして、口を開く。
「私は、陛下を守っていたんじゃない。陛下を閉じ込めている檻の外側で、あいつらに言われるがまま、飾りを磨き続けていただけだったのか」
お凛が言葉を継ぐ。
「今日は特に目新しい情報はありませんでしたが、一つだけ。以前、見知らぬ男が王立図書館に足繁く通っていたとの話を聞きました。カイル殿、心当たりは?」
「……ないな。だが、もしそいつも公爵の手先だとして、余所者が図書館で調べるものがあるとしたら……」
カイルの目が据わった。
「……結界について、か?」
「結界?」
宗一が視線を向ける。
「フェルデシアは『大賢者』の末裔が治める国だ。代々の国王の血脈によって、強力な魔法結界が展開されている。魔族はこの中に入れず、解除できるのは国王本人のみ。……だが、私も詳細は知らん。図書館で調べたところで得られる情報は少ないはずだ」
カイルは立ち上がろうとした。
「公爵の手のものかもしれん。明日、王宮に行って探りを入れてみる」
「いや」
宗一の言葉に、カイルの動きが止まった。
「目立った動きをして警戒されては、こちらが動きにくくなる。いつも通りにしておけ」
カイルは拳を握りしめ、宗一の揺るがない瞳を見つめ返した。 やがて、短く息を吐く。
「……わかった」
居間に静寂が戻った。 ランプの火が、ゆらりと揺れた。
宗一は茶を一口すすった。
「……図書館に通っていた男、か」
特に誰に言うでもなく、呟いた。




