第33話 騎士団長カイル
広場を見下ろす二階のテラス席。運ばれてきたのは、厚切り肉の香草焼きだ。
「わあ、やっぱり王都のご飯は豪華だねぇ!」
ニーナが目を輝かせ、ナイフとフォークを躍らせる。その横で、宗一はだらしなく浅葱色の羽織を肩にかけ、眼下の騒音に目を向けていた。
広場では、二つの色がぶつかり合っている。胸に深紅の紋章を付けたヴァレリウス家の兵と、青い紋章のゴルドー家の私兵。
互いに剣の柄に手をかけ、怒号を飛ばし合っていた。
「お下げします」
空いた皿を下げに来た給仕が、広場を見て深く溜息をつく。
「……騒がしくてすみません。交代時期になると、いつもこうで」
「交代?」
「ええ。今月は『赤』の当番なんですがね。来月の当番である『青』が、手柄を横取りしようと躍起になっておりまして……」
「……変なの。ここって王都でしょ?」
ニーナが肉を食べる手を止め、不可解そうに眉を寄せた。
「街を守るのって、普通は王都の衛兵がやるもんじゃないの? なんで公爵家の兵隊がそんな無駄な喧嘩してるわけ。……効率悪すぎじゃない?」
その素朴な疑問に、給仕は力なく肩を落とした。
「……仰る通りです。ですが、いまやこの街に『王の威光』など。……見てください、あちらを」
給仕が広場の端にある掲示板を指差した。人だかりの喧騒から取り残されたようなその場所で、黙々と作業をする一人の男がいた。
「あれは近衛騎士団長のカイル様です。本来なら陛下の『盾』として、常に御側でお仕えする身分だというのに……あのような、役人に顎で使われる掲示板の貼り紙などという雑務まで押し付けられて。近衛の誇りも、いまや公爵家の権勢の下敷きですよ」
給仕は吐き捨てるように言い、深く首を振って店内に戻っていった。
宗一は、半開きの目でその背中を眺めた。
糊で手を汚しながら、淡々と雑務をこなす騎士団長。その背中に、拭っても落ちない何かがへばりついていた。
宗一は視線を外し、茶を一口すすった。
「……宗さん? 行こうよ。お腹いっぱい!」
ニーナに促され、宗一は腰を上げた。雪駄がペタと鳴る。
三人は店を出て、掲示板の前を通り過ぎる。すぐ横で、カイルが最後の一枚を貼り終えたところだった。
ふと、ニーナが足を止めた。彼女の視線は、カイルが貼ったばかりの書類の末尾に注がれている。そこには、この国の王の署名があった。
「……あれ? このサイン、ロギスで見たのとちょっと違う気がする……」
その小さな呟きが、喧騒の隙間を縫った。
カイルの手が止まった。振り返った鋭い眼光が、一瞬、三人を掠める。
視線が合ったかどうかも定かではない刹那。カイルは即座に背を向けると、何事もなかったかのように雑踏の中へと消えていった。
「……行くか」
宗一は特に何も言わず、雪駄を鳴らした。




