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第29話 領主と公爵

 要塞都市を出発して数日。  宗一とニーナを乗せた馬車は、巨大な運河と石造りの倉庫群が立ち並ぶ『物流都市ロギス』へと到着した。


 王都へ向かうあらゆる物資が集散するこの街は、行き交う人々の熱気と活気に満ち溢れている。だが、この街から送り出される物資のせいで、あの貧民街の子供たちが飢えているのだと思うと、ニーナの表情は自然と険しくなった。


「さて。お凛のやつ、どこで合流するつもりか……」

 宗一がのんびりと周囲を見渡した、その時。


「お待ちしておりました。瀬能様、雇い主殿」

「うわっ!?」

 人混みの死角から、お凛が音もなく姿を現した。相変わらずの神出鬼没ぶりに、ニーナが小さく悲鳴を上げる。

「すでに宿の手配は済ませております。長旅でお疲れでしょう、どうぞこちらへ」




 お凛が手配した宿の一室で、宗一は茶を啜りながら、彼女が持ち帰った報告に耳を傾けていた 。


「……つまり、この街の領主が、役人を使って勝手な税を徴収し、それをそのまま自分の懐に入れている……と」

「はい。商人たちに課している『特別警備費』。これは王国の法には存在しない、領主の独断による不正な徴収でございます」


 お凛は淡々と、しかし隙のない口調で事実を告げる 。彼女が机の上に並べたのは、二冊の分厚い帳簿だった。

「一冊は、検問所で実際に税を記録しているダミーの帳簿。もう一冊は、王都への報告用として税の記載を一切排除した、クリーンな帳簿でございます」

「なるほどな、商人たちの前ではダミーの帳簿に徴税したことをしっかり記載し、徴収した金を懐にしまって、王都への報告用帳簿には記さないと」


 宗一は、その二冊の差額を一瞥して、拍子抜けしたように溜息をついた。

「……なんだ。もっとこう、国家を揺るがすような複雑な陰謀かと思っていたが。ただのコソ泥じゃないか」


「でも、そんな帳簿、領主が『知らない』ってシラを切ったらおしまいじゃない?」

 不安げに尋ねるニーナに、お凛は冷静に応じる。

「ご安心を。この不正に加担していた役人を一人、すでに縛って私の部屋に転がしてございます。……奴に証言をさせれば、逃げられはいたしません」

「いや、決め手に欠ける気がするな。小役人が何を言おうと、権力者である領主なら、通りすがりの者の言い掛かりだと握りつぶすだろう」


 宗一の冷静な指摘に、お凛はさらに踏み込んだ情報を提示した。

「実は……現在、このロギスを治めるヴァレリウス公国の当主、ヴァレリウス公爵がこの街を訪れております」


 その名を聞いて、ニーナの目が輝いた。

「なるほど! その公爵様の前で、この悪事をぶちまければいいのね!」




 領主の執務室では、恰幅の良い領主と、冷徹な眼差しを持つヴァレリウス公爵が向かい合っていた 。


「物資に税をかけて四年。おかげで、宿敵であるゴルドー領のガルディスは、確実に疲弊しておりますな」

 領主の卑屈な笑みに、公爵は悠然と頷く。

「うむ。だがまだ足りぬ。徹底的にゴルドーを弱らせ、我が公国の優位を揺るがす芽を摘むのだ」

「かしこまりました。さらなる増税も検討いたします。……しかし、公爵。取り立てた税を私が私物化している件、本当にお心広きご処置、感謝いたします」

「構わん。私にとっては、端金はしたがねだ。その代わり、私の描いた絵図通りに働け」


 公爵が傲慢に言い切ったその時、重厚な扉が開き、一人の男がふらりと入ってきた。

「……お取り込み中のところ失礼」

 雪駄せったをペタペタと鳴らし、浅葱色の羽織をだらしなく羽織った宗一だ 。

「なんだお前ら! 衛兵はどうした!」

 宗一は懐に手を入れたまま、ニヤニヤしている 。その後ろから、ニーナが勢いよく飛び出した。


「おい領主! お前の悪事は全てお見通しだわ!」

 ビシッと、ニーナは真っ直ぐに指を突き出す。しかし、その指が差していたのは椅子に座る公爵の方だった。

「雇い主殿、そちらは公爵です」

 お凛の冷静な訂正に、ニーナは無言でスーッと、顔を赤らめながら隣の領主へと指をスライドさせた。


「ふ、不審者だ! 衛兵! 衛兵!!」

「無駄よ!表の衛兵はみんな気持ちよさそうに眠ってるわ!」

 ニーナが得意げに言った。


 ヴァレリウス公爵が面白そうに目を細めた。

「なんの用かね」

「公爵様、こいつ……この領主、とんでもない悪いことしてるのよ!」

 ニーナは二冊の帳簿を机に叩きつけた。

「商人には不当な税を課して、王都には内緒で自分の懐に入れてる。この二冊の帳簿の差が、そのままこの男が盗んだ金額よ!」


「言いがかりはやめろ! ありもしない帳簿を捏造してまで、私に罪を着せてどうするつもりだ!」

「証人だっているのよ!」

 ニーナの合図で、お凛が役人を引き出した。猿轡さるぐつわを外すと、役人は震えながら口を開いた。


「バ、バルトロ様……」

「こんな奴は知らんわ!」

「そんな! 私はバルトロ様の命令で、裏帳簿の管理を……!」

「黙れと言っている!」


 往生際の悪い領主の姿に、ニーナは公爵へ問いかける。

「公爵様。こんな不正、見逃していいのかしら?」

「は! 大体これは公爵様が命じられたことで……」

 領主が余計なことを口走ろうとした瞬間、公爵の一喝が部屋を震わせた。

「黙れ! 言い訳をするな! これだけの証拠が揃っていて、まだシラを切るつもりか!」

 公爵は、自分の差し金で行った工作が露呈しないよう、即座に領主の言葉を遮った。


 騒ぎを聞きつけた公爵直属の兵たちがなだれ込み、絶望に顔を歪める領主を両脇から抱えて連行していく。


「不正を暴いてくれて、感謝する。……君たちは?」

 公爵の問いに、宗一はどこまでも飄々と答えた 。

「通りすがりですよ」

「そうか。……では、私はこれで」

 公爵は宗一を値踏みするように一瞥すると、騎士たちを引き連れて去っていった。




 嵐が去った後の執務室。ニーナは金庫の前に立ち、お凛の報告を受けていた。

「雇い主殿。ここに領主が溜め込んだ金が入ってございます」

「……それはいただいて帰りましょう。けど、鍵、どこかにあるかな?」

 ニーナが部屋中を探し回ろうとしたその時、宗一が雪駄を鳴らして金庫の前に立った 。

 シュピン。

 澄んだ金属音が一つ響く 。宗一が刀を鞘に収めた時、頑丈な鋼鉄の金庫は、吸い込まれるように真っ二つに割れていた。

「開いたぞー」

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