第28話 許せないシステム
すっかり日が落ちた頃。
路地裏にひっそりと佇むお凛のうどん屋台には、ニーナと宗一の姿があった。
昼間に見た、骨と皮ばかりの子供の虚ろな目が頭から離れず、ニーナは深刻な顔で腕を組んでいた。
重い沈黙が落ちる屋台で、お凛は誰に言うともなく静かに口を開いた。
「……この街の異常な物価高騰は、すでに数年前から始まっていたようです」
夜の空気に溶けるような、独り言のような響きだった。
「この要塞都市へ向かう物資に対して、物流拠点都市が『特別警備費』という名目で、不当な関税をかけている。……そのせいで正規のルートを通る物流コストが跳ね上がり、商人たちは末端の価格を引き上げざるを得なくなっている。それが、あの貧民街の惨状を生み出した直接の原因です」
「お凛さん……それ、調べてくれたの?」
ニーナがハッとして顔を上げる。
「私がこの街に辿り着いたのは、およそ半年前。その時点ですでに、末端の者たちはかなり生活に困窮しておりましたから」
お凛はカウンターに目を落としたまま、淡々と続ける。
「街に不自然な動きがあれば、自衛のために裏まで探りを入れておくのは密偵の性というもの。……もっとも、こうして再び瀬能様に、集めた情報をご報告できる日が来るとは、夢にも思っておりませんでしたが」
「……ちょっと待て」
茶を飲もうとしていた宗一が、ふと動きを止めた。
「私がリガルド近くの草原に落ちてきたのは、つい半月ほど前だ。その前日の夜、京で私はお前に会っていたと思うが」
「……半月前、ですか? 私は間違いなく、この街で半年間うどんを茹でておりましたが……」
二人の間に、奇妙な沈黙が落ちた。
「えっ……? どういうこと?」
ニーナが二人の顔を交互に見比べる。
「どういうこと……か……」
宗一は湯呑みを見つめ、数秒の沈黙の後、深く頷いて言った。
「世の中には不思議なことがある、ということだ」
「つまり、何もわかってないということね。そうだと思った……」
屋台に、しばらく沈黙が流れていた。その間、ニーナの頭の中にはパンを盗んだ子供の顔や貧民街の様子がぐるぐると巡っていた。
「……やっぱり、絶対に許せない」
ニーナはギリッと奥歯を噛み締め、どんっ! とカウンターを力任せに叩いた。
「安全を守るための『警備費』を搾り取っておいて、真っ当な商人さんを危険な目に遭わせて、貧民街の子供たちを飢えさせてるなんて……そんな腐ったシステム、絶対に許せない!」
激しい怒りを燃やすニーナの横顔を、宗一は湯呑みを持ったまま、見守っていた。
「……で、どうするつもりだ?」
「決まってるじゃない!乗り込んでぶっ飛ばしてやるのよ」
「誰を」
「え?そりゃあ……悪いやつをよ!」
宗一は微かに笑みをこぼすと、視線を横へ流した。
「お凛、頼めるか」
「かしこまりました」
影に控えていたお凛が、淀みない動作で深く頭を下げたかと思うと——次の瞬間、その姿がブレた。 シュッ、と風を切る微かな音だけを残し、夜の闇に溶けた。
残されたのは、揺れる『饂飩』の赤提灯と、静寂だけだった。
「えっ……消え、た……?」
お凛が消えた空間をまじまじと見つめ、ニーナは呆気にとられて目を白黒させている。
「さて。それじゃあ私たちは明日、朝イチで出発とするか」
宗一は空になったどんぶりをコトッとカウンターに置くと、立ち上がった。




