第25話 街道の障害物
農家でもらった日当で馬車に揺られること半日。夕暮れ時に二人が降り立ったのは、前の街よりもさらに小さな集落だった。
「……うん、知ってた。さすがにここにギルドはないわね」
広場をぐるりと見渡して、ニーナは息を吐いた。
通りかかった老人に声をかけると、老人は少し考えてから答えた。
「ギルドなら、ここから三日ほどの要塞都市だな」
「要塞都市! よかった、そこまで行けばお金が下ろせる!」
「……行かない方がいい」
老人の顔が曇った。
「街道に山賊団が住み着いちまってな。先週も村の冬越しの物資を根こそぎ持っていかれた。馬車も出せん。ギルドに頼む金もない」
しわだらけの手が、杖をぎゅっと握った。
「このままじゃ、村ごと干上がっちまう」
無一文のニーナはしばらく黙っていた。それからパンッと両頬を叩いた。
「よし。その山賊、私たちが追い払ってあげる」
「え……だけど報酬なんて……」
「いいの。どっちみち山賊をどかさないと、私たちも要塞都市に行けないんだから。ついでよ、ついで」
あっけにとられる老人を残して、ニーナは宗一の袖を引いた。
「ほら、行くわよ宗さん」
「やれやれ。うちの雇い主殿は、随分とお人好しだな」
日もすっかり落ちた頃、二人は街道から少し離れた洞窟の前に立っていた。中から笑い声と肉の焼ける匂いが漏れてきた。
ニーナは足音も隠さずズカズカと踏み込んでいった。
「おい山賊ども! 10秒以内に村の荷物を置いてここから去りなさい! そうすれば命だけは助けてあげるわ!」
「あぁん? なんだこの小娘は」
笑い声が上がって、山賊たちが一斉に立ち上がる。二十人はいる。
外の岩陰で、宗一は頭を抱えた。
「……入り口から奇襲すれば一方的に制圧できたろうに」
「小娘が舐めやがって! とっ捕まえろ!」
「ひええええええっ!?」
ニーナは踵を返して一目散に駆け出した。山賊たちが怒号を上げながら、狭い入り口に殺到する。
外に飛び出した瞬間、ニーナはピタッと足を止めた。涙目はどこへやら、ケロッとした顔で算盤を取り出している。
「なーんてね。はい、キルゾーン」
パチィッ。
入り口のチョークポイントに密集した山賊たちの足元から、摩擦が消えた。
「なっ……!?」「うおわぁっ!?」「痛てえ! 押すな!」
突進の勢いそのままにツルンと滑り、見えない壁に激突し、後続と団子状に折り重なっていく。外ではニーナが無表情でパチパチと算盤を弾き続けていた。
ほんの数分で、二十人全員が白目を剥いて沈黙した。
「ふぅ、おしまい」
岩陰から出てきた宗一が、山賊の山を一瞥した。
「……わざわざ挑発しなくてもよかったんじゃないか」
「だって、入り口に集めないと術が使えないじゃない」
「……まあ、いいか」
洞窟の奥に進むと、宝箱と物資の山があった。金貨、銀貨、宝石。
ニーナは立ち止まり、三秒ほど黙った。
「……全部村に返すわよ」
それだけ言って、算盤をポーチに戻す。
「ん……? 誰か、いますか……?」
物資の山の奥から声がした。縛り上げられた恰幅の良い中年の商人だった。縄を解くと、商人は涙を流して二人の手を取った。
「助かった……! 馬車も無事だ! 本当にありがとう!何かお礼がしたいんだが」
「いいんですよ、お礼なんて」
そう言いながら、ニーナはひらめいた。
「商人さん、どこから来たんですか?」
「要塞都市だよ。帰るところだったんだが、まさかこんな目に遭うとは……」
「乗せてもらえますか? 私たちも要塞都市に行くところで」
「もちろん! 命の恩人だ、それくらいお安い御用だよ!」
「やったー!」
村に戻ると、奪われた物資の山を見て村人たちが泣いて喜んだ。老人がニーナの手を両手で握った。何か言おうとして、言葉が出てこないようだった。
ニーナは少し照れくさそうに手を引いて、商人の馬車に乗り込んだ。
翌朝、馬車の中でニーナは算盤を膝の上で転がしていた。
王都の玄関口。要塞都市ガルディス。
窓の外で、街道が石畳に変わった。




