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第23話 王都へ

「スッ、と腰を落としてさ……こう、親指でカチッてやって……――シュピン! ……つってさー! もう、あれ何!? 魔法!? それとも何かのトリック!?」


『かどの店』の奥の席。 ニーナが木製のナイフを刀に見立てて、興奮気味にはしゃいでいた。


「あれはだな、スッ、と腰を落として、親指でカチッとやって、――シュピン! つってな」

 向かいの席では、宗一がのんびりと『例の不味いスープ』を啜っていた。あの防衛戦を終えた後だというのに、羽織には泥の跳ね一つない。


「もうっ! それ私が言ったやつじゃん! ほんと腹立つー!」

 ニーナは頬を膨らませ、それからすぐにニヤニヤと笑い始めた。

「まあいいわ。Sランクの討伐報酬に、あの巨体の素材買い取り額……金貨何十枚になるかしら! 借金完済どころか、お釣りで一生遊べるかも!」


「金貨何十枚、どころの話ではないぞ」

 背後からかかった重々しい声に、ニーナはビクッと肩を揺らした。 振り返ると、私服姿のバルガスと、包帯姿のアルカードが立っていた。


 アルカードは宗一の前に進み出て、芝居がかった態度は一切なく、深く頭を下げた。

「……この街を救っていただき、本当に感謝する。あなたのあの剣技、一生涯忘れることはないだろう」

「気にするな。一宿一飯の恩義だ」

 アルカードは小さく苦笑し、一歩後ろへ下がった。バルガスはニーナの隣にどっかりと腰を下ろし、溜息をついた。


「それで、報酬の話だがな、お嬢ちゃん。残念ながら、この街のギルドでは払えん」

「ええっ!?」

「Sランクの厄災というのはな、本来Sランク冒険者を四人揃えてようやく勝機が見えるかどうかの代物だ。当然、素材価値も天文学的な額になる。この街の全財産をひっくり返しても、爪先ほども買い取れん」

「そ、そんな……じゃあ、あのお宝の山は……」


「それに」とバルガスは続けた。「あの規模の厄災をたった一人で討ち取ったと報告すれば、国や軍は強引にこいつを召し抱えようとする。それができなければ『脅威』と見なして排除に動くだろうな」


 宗一がピタリとスープの匙を止めた。

「……それは勘弁だな。私の平和な生活が脅かされる」

「そこで、ギルドの公式報告は『街の総戦力と特大バリスタで辛くも討ち取った』ということにする。お前さんさえ良ければ、だが」

「ぜひそうしてくれ」

 名誉への執着が皆無の、清々しい即答だった。 横からニーナがガタッと立ち上がる。


「じゃあ、報酬は!?」

「安心しろ。討伐報酬も素材代金も全部お前さんたちのものだ。換金はギルドがやっておく。親父さんの借金も全額差し引いて、残りはギルド口座へ。どこの街でも必要な分を引き出せるよう手配してやる」


「借金、完済……!」

 ニーナは両手で顔を覆い、天を仰いだ。しばらくそのまま動かなかった。震えているのか、笑っているのか、判別がつかなかった。

 バルガスはそんなニーナを眺め、それからアルカードと顔を見合わせ、無言で立ち上がった。

「邪魔したな。ゆっくりしていけ」


 二人が去ると、店内にいつもの喧騒が戻ってくる。

 しばらくして、ニーナはようやく顔を下ろした。目が少し赤かった。

「……泣いてないわよ」

「私は何も言ってないが」

「でも絶対思ったでしょ」

「思ってない」

 ニーナは鼻をすすり、ジョッキのビールを一口飲んだ。それから、ふうと長く息を吐いた。


「……ねえ、宗さん」

「ん」

「私さ、ずっと借金のことしか考えてなかったのよ。返して、返して、また返して。それ以外のこと、ぜんぜん考えてなかった」


 宗一はスープの匙を置き、特に何も言わなかった。

「だから今、何を考えればいいのか、ちょっとわからなくなってる」

 正直な声だった。強がりも計算もない、素のニーナの声。


 宗一はしばらく黙って、ジョッキを傾けた。それから、どうでもよさそうに言った。

「そのうち出てくるだろう」

「……え?」

「考えることなんて、探して見つかるもんじゃない。歩いてたら勝手に目の前に転がってくる」


 ニーナは少し間を置いて、宗一の顔を見た。

「……宗さんにしては、真面目なこと言うじゃない」

「そうか? ただの経験談だが」

 ニーナはもう一口ビールを飲んだ。しばらく黙って、テーブルの木目を眺めていた。


「……王都、行ってみたい」

 ぽつりと言った。

「この国で一番大きくて賑やかな街を、見てみたいわ。何があるかは、行ってから考える」


「やれやれ」

 宗一は立ち上がり、羽織の裾を払った。

「じゃあ、行こうか」

 雪駄がペタと鳴った。

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