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第21話 竜、降臨

 平原に、街の持てる全てが並んでいた。


 最前線にアルカードと黄金の獅子団。中衛にBランク・Cランクの冒険者たち。防壁の上にDランク以下と衛兵団。

 教科書通りの陣形だった。それが何の役に立つかは、まだ誰も知らなかった。


「……はぁ、はぁ……」

 防壁の上から遠くの森を見つめ、ニーナは荒い息を吐いた。左手には算盤が強く握りしめられている。指先が白くなっていた。

「緊張しているのか」

「当然でしょ。これだけの人数が動員されてるのよ。いったい何が出てくるっていうの……」


 横を見ると、宗一が防壁に肘をついて、のんびりと欠伸を噛み殺していた。

「まあ、いざとなれば担いで逃げてやるさ」

「冗談言ってる場合じゃないわよ……っ」


 その時だった。

 ピタリと、風が止んだ。

 鳥の声が消えた。葉擦れの音が消えた。虫の声も消えた。森の中から、あらゆる音が不自然なほど完全に消え失せた。


 数千人が息を呑んで森を見つめる中、薄暗い奥からガサッと草を揺らす音が響いた。


 姿を現したのは、フォレストウルフが数頭。

 しかし、様子がおかしかった。牙を剥くどころか、尻尾を股の間に巻き込み、怯えきった様子で森から逃げ出してきたのだ。

「……狼?」

 ニーナが首を傾げた、次の瞬間。


 ズドドドドドドドドッ――!!

 大地が爆発した。


 森の境界線の大樹が次々とへし折れ、土煙が舞い上がる。薄暗い奥から、視界を塗りつぶすほどの魔獣の群れが、狂ったような咆哮とともに雪崩れ込んできた。

 アーマードホッグの群れをオーガが踏み潰して進む。そのオーガの横をキメラが追い抜いていく。生態系も縄張りも関係ない。ただ背後の何かから逃げるための、狂乱のパニックだった。


「ヒッ……! 嘘、あんな数……っ!」

「総員、構えろォォォッ!!」

 パニックに陥りかける平原へ、アルカードの大音声が響き渡った。

「一歩も退くな! 波を、この街へ入れるなァァッ!」

 大剣が一閃し、先頭の魔獣を両断する。

 防衛戦の火蓋が、切って落とされた。




 太陽が西の山へ沈みかける頃には、平原は魔獣の死骸と血の匂いに包まれていた。


「はぁっ……はぁっ……!」

 アルカードは刃こぼれした大剣を地面に突き立て、激しく肩で息をしていた。鎧は泥と血で汚れ、ところどころがひしゃげている。周囲の冒険者たちも同様だった。誰もが気力だけで立っている状態だ。


「まだ来るわ……っ!」

 ミラが絶望的な声を上げた。

 森の奥からは、いまだに咆哮が絶え間なく響いてくる。倒しても倒しても終わらない。陣形は崩壊寸前だった。


 防壁の上も、同じだった。

「……っ、対象の……摩擦係数、を……」

 ニーナはガクンと膝をついた。算盤を弾く指が痙攣している。前線を漏れ出た魔獣を処理し続けた結果、魔力は一滴残らず絞り尽くされていた。視界がぐらぐらと揺れる。


(もう、無理……。みんな、限界だ……)

 その時だった。

 ピタリと、森の音が消えた。

 魔獣の咆哮も、冒険者たちの怒号も、風の音すらも。世界から全ての音が切り取られたような、不自然な静寂。


 直後。肌をチリチリと焼くような熱波が、森の奥から吹き抜けた。

「……なっ!?」


 アルカードが信じられない光景を目にした。死に物狂いで向かってきていた魔獣たちが、突如としてパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めたのだ。

「何が……何が起きている……!」


 額の汗を拭い、森の奥へ視線を向けようとした瞬間。

 周囲が、ふっと暗くなった。

 夕暮れの空が、巨大な何かによって覆い隠されたのだ。空気が陽炎のように激しく歪む。上空の雲が、異常な熱によって赤熱し、蒸発していく。

 数千の人間が、一斉に上空を見上げた。


『――グルォォォォォォォ……ッ』

 空気が沸騰するような、低い唸り声。

 夕日を背に、空から歩く火山が舞い降りてきた。

 ドスゥゥゥゥゥゥンッ――!!!

 大地が、爆発した。


 平原の中央に巨躯が降り立った瞬間、クレーターが穿たれ、凄まじい衝撃波と熱風が周囲の冒険者たちを木の葉のように吹き飛ばす。

 岩石と溶岩で構成された強固な外殻。その隙間からドロドロに煮えたぎるマグマを滴らせる巨竜。


 Sランクの厄災、溶岩竜。

「あ……あぁ……」

 アルカードの握る大剣が、カタカタと震えていた。これまでの冒険者人生で一度も感じたことのない、絶対的な死の気配。ただそこに存在するだけで、人間の知恵も勇気も全て無に帰す、理不尽な天災。


「終わりだ……」

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