第17話 浅葱色の帰り道
夕暮れの東の街道。長く伸びた二つの影が、一つに重なってゆっくりと揺れていた。
「……ん」
一定のリズムで響く雪駄の音と、背中の心地よい揺れで、ニーナは微かに意識を取り戻した。どうやら自分は、宗一におぶられているらしい。魔力枯渇と疲労で完全に気を失っていたが、鼻先を掠める少し埃っぽい布の匂いで、自分が安全な場所にいることだけは理解できた。
「お、起きたか」
気の抜けた声が聞こえた。
「……宗さん」
「羽織によだれを垂らすなよ。ただでさえ血生臭いんだから」
「垂らしてないわよ……。魔獣の素材は……?」
「安心しろ。豚と狼、それと鬼の討伐部位は全部袋に詰めて左手が持っている。右手のルミナ草と合わせて、なかなかの重量労働だ。今夜の飯には相当期待しているぞ」
「……ふふっ、任せなさい」
ニーナは宗一の背中に頬を預けたまま、小さく笑った。体の節々が痛むが、頭の中の銀貨の皮算用だけはしっかり機能しているらしい。これでまた、当分の生活費は安泰だ。
ぼんやりとそんなことを考えながら、ニーナはふと、倒れ込む直前の光景を思い出した。音もなく崩れ落ちていく魔獣の群れ。ゼクスを見下ろしていた宗一の横顔。底冷えするような声で放った言葉。
『――ギルドでちょっかいをかけてくるぐらいはいい。小物同士の小競り合いと笑って見過ごせる』
意識が遠のく中で、確かに聞こえた気がした。
「……ねえ、宗さん」
「ん?」
「さっき、ゼクスに向かって言ってたこと」
「どうかしたか?」
「『小物同士の小競り合い』って」
ニーナは、宗一の背中でジト目を作った。
「誰が小物よ」
「はて……記憶にないが……」
「絶対に許さん……」
そう言うと、ニーナは宗一の肩に顔を埋め、再び深い眠りへと落ちていった。静かな街道に、雪駄の音だけがのんびりと響いた。
「待ってくれ、そこの二人!」
背後から慌ただしい足音が近づいてきた。宗一が面倒くさそうに振り返ると、息を切らした若い男が走ってくる。胸元には、見覚えのある黄金の獅子のエンブレム。
「黄金の獅子団のフィンと申します、Cランク支援術師です! お怪我は!?」
「見ての通り、ピンピンしているが」
男は宗一の無事を確認すると、深く息をついた。それから真剣な顔になった。
「依頼の帰りで、遠くからあの騒動を見ていました。……同じ冒険者として恥ずかしい。ゼクスという男の所業、ギルドに全て報告します」
「それは助かる」
ギルドでの面倒な説明の手間が省ける。宗一にとってこれ以上ない朗報だった。
しかし男の用件はそれだけではなかった。ゴクリと唾を飲み込み、宗一の顔を食い入るように見た。
「それよりも……あれは一体なんですか。あなたがただ歩いただけで、Dランクの群れはおろかCランクのオーガまで……あんなの、見たことないですよ!」
未知の領域を目撃した興奮が、男の目に血走っていた。このままでは面倒なことになる。宗一は表情を変えずに、平然と嘘をついた。
「ああ、あれか。あれは私じゃない。背中で寝ている彼女の術だ」
「なにっ!?」
「『物理法則ハック』というらしくてな。私はただ、彼女が対象を認識しやすいように間近を歩いていただけだ。彼女が魔獣の首の繋ぎ目の数値を……ええと、マイナスに? したらしい」
男は目を見開き、雷に打たれたように固まった。
「物理、法則、ハック……! 対象の結合数値を直接マイナスに書き換え、自重で切断させたというのか!? Cランク術師の私でも重力を少し軽くするのが限界だというのに……なんて恐ろしい演算能力! なんという高度な術式なんだ!!」
勝手に解釈を補完し、一人で戦慄と感動に打ち震えている。
宗一は心の中で(チョロいな)と思った。
「まあ、そういうわけだ。見ての通り彼女は大技で魔力が枯渇してしまってな。術の詳しい話はまた今度にしてやってくれないか」
「あ……! すみません、配慮に欠けてました!」
男は深く頭を下げた。
「では一足先に街へ戻り、ゼクスの件をギルドに報告しておきます! 彼女にはゆっくり休むようお伝えください!」
興奮冷めやらぬ様子で何度も振り返りながら、男はものすごい勢いで走り去った。宗一はその後ろ姿を見送り、小さく息をついた。
「……やれやれ。困ったものだな」
背中でスースーと寝息を立てているニーナに小さく語りかけ、どこか可笑しそうに目を細めて、のんびりと歩き出した。街の灯が、遠くに見え始めていた。




