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第18話 悪くない夜

 街の門が見えてきた頃には、空はすっかり夜の闇に包まれ、通りには等間隔に魔石の街灯が灯っていた。


 門をくぐろうとした宗一は、ふと足を止めた。入り口の少し先、街灯の下に立っている女性がいた。ギルドの受付、エレナだった。

「エレナさん。こんな夜風の冷たいところでどうした」

「さっき、黄金の獅子団のフィンから急ぎの報告を受けたの。今日はこのまま宿に帰って、依頼の報告は明日でいいからと伝えに来たのよ」


 エレナは宗一の背中でスースーと寝息を立てているニーナを見て、少しだけ声を落として続けた。

「ゼクスの件も聞いたわ。ギルドとして重く受け止めている。彼らには相応の処罰が下るはずよ」

「そうか。まあ、仕方のないことだな」

「ニーナを無事に連れ帰ってくれて、本当にありがとう」

 エレナが深く頭を下げると、宗一は「私は横を歩いていただけだがな」と肩をすくめた。エレナはふっと優しく微笑んで、道を開けた。

「今日はもう真っ直ぐ帰って、ニーナをゆっくり休ませてあげて」

「お言葉に甘えさせてもらおう」

 宗一は軽く手を上げて応え、そのまま宿へと向かった。




 宿屋の部屋に戻ると、宗一は背中のニーナをベッドに下ろし、毛布を掛けた。よほど疲労していたのか、彼女は一度も目を覚ますことなく、規則正しい寝息を立てている。


 宗一は部屋の隅に討伐部位の入ったずっしりと重い袋を置いた。それから少し考えて、ふと思い至った。これだけ魔力を絞り尽くしたのだ。目を覚ました時に食べるものがなければ、あの調子では落ち着かないだろう。


「……やれやれ。手のかかる雇い主だ」

 宗一は小さくあくびをして、一人で夜の街へと出た。


 時刻は夕飯時を少し過ぎた頃。通りを歩いていると、すれ違う街の人々が次々と宗一に声をかけてきた。


「おや、宗さんじゃないか。こんばんわ」

「ああ、こんばんわ」


「宗さん、今日は一人かい?小さなボスはどうしたんだい?」

「今日は少し疲れて、先に休んでいるよ」

「そいつは大変だったね!お大事に!」


 すれ違う八百屋の親父や、露店の女将。彼らは皆、宗一が着ている異質な浅葱色の羽織や、腰に差した刀を気にすることなく、ごく自然に「この街の住人」として笑いかけてくる。


 それが、宗一にはひどく心地よかった。

(……京の町では、こうはいかなかったな)

 夜の町を歩けば、すれ違う者は皆、新選組の羽織を見て顔を伏せるか、怯えて道を譲るのが普通だった。


 目的の『かどの店』に入ると、恰幅の良い店主がすぐに顔を上げた。


「いらっしゃい!……おう、宗さん!なんだ、今日は例のスープかい?」

「いや、今日は持ち帰りで頼みたい。ハムと野菜をたっぷり挟んだパンを一つ。それと、日持ちのする干し肉も少し見繕ってくれないか」

「お安い御用だ!ニーナちゃんの夜食かい?」

「まあな」


 店主は「わかった」と豪快に笑いながら、手際よくパンに具材を挟んで紙で包んでくれた。

「ほらよ、少し肉をオマケしといたぜ」

「恩に着るよ。次はまた、あのスープを飲みに来よう」


 店主はそれを聞いて、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに鼻の下を擦った。

「ははは!宗さん以外は誰も頼まねえけどな!あれは俺のひい爺さんの代から続く、この店の開店当時のレシピでな。伝統だから意地でメニューに残しちゃいるが……正直、今の時代の口に合う味じゃねえんだよ」

「そうか。ならなおさら、飲まねばな」

 短く、素っ気なく。それだけだった。


 店主の豪快な笑い声を背に受けながら、宗一は店を出た。夜風が少しだけ冷たいが、手の中にある紙包みはほかほかと温かい。


 宿に戻ると、ニーナはまだベッドで丸くなって眠っていた。宗一は机の上に買ってきたサンドイッチと干し肉を静かに置くと、部屋の隅の椅子に深く腰掛け、目を閉じた。


 遠くから聞こえる街の喧騒。笑い声、売り声、荷車の音。

 雨の音も、血の匂いも、ない。


「……悪くない夜だ」


 誰に言うでもなく、呟いた。

 宗一はそのまま、静かに眠りについた。

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