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閉鎖された巨大集落にある刑務所で  作者: こうた


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第9話 外へ続く道



その夜。


ゆうさくは眠れなかった。


目を閉じると、


巨大な壁が浮かぶ。


仮面をつけた村人。


美月。


そして――


消えた片桐。


「……逃げたんじゃない」


高橋の言葉が頭に残っている。


だが。


本当にそうなのだろうか。


ゆうさくは布団から起き上がった。


部屋の扉を開ける。


鍵はない。


廊下にも誰もいない。


静かだった。


あまりにも静かだった。


ゆうさくは、


そっと廊下を歩いた。


刑務所の建物から外へ出る。


夜空には、


驚くほど多くの星が見えていた。


外の世界にいた頃なら、


気にも留めなかっただろう。


だが今は――


その星さえ、


「外」を思い出させた。


「……日本の空も、同じなんだな」


そう呟いた。


その時。


「眠れないのか?」


後ろから声がした。


ゆうさくが振り返る。


西村拓也だった。


「西村さん……」


「お前も外が恋しいか」


「……はい」


西村は笑った。


「みんなそうだ」


二人はしばらく、


何も言わずに空を見上げた。


「西村さん」


「ん?」


「本当に、誰も外に出られないんですか?」


西村は答えなかった。


「片桐さんは?」


「……」


「消えたんじゃなくて、どこかから外に出た可能性は?」


西村は、


しばらく考えてから言った。


「可能性だけなら、ある」


ゆうさくは振り向いた。


「本当ですか?」


「ただし――」


西村は指を一本立てた。


「誰も証明できない」


「どういうこと?」


「この集落の中には、地図がほとんどない」


「……」


「壁の位置も、正確な長さも分からない」


「そんな……」


「村人が管理してる」


西村は続けた。


「俺たちが知ってるのは、刑務所と村と森だけだ」


「じゃあ、壁の向こうには?」


「知らない」


「外へ出る門は?」


「ある」


ゆうさくの目が大きくなる。


「あるんですか?」


「ああ」


「どこに?」


西村は答えなかった。


その代わり、


人差し指を口元に当てた。


「声を落とせ」


ゆうさくも声を潜める。


「どこなんですか?」


「東側」


「東……」


「山の向こうに、もう一つ門があるらしい」


ゆうさくの心臓が高鳴った。


「本当に?」


「見た奴がいる」


「誰?」


「相馬」


「相馬さん?」


西村が頷く。


「元自衛隊だ」


ゆうさくも知っている。


刑務所の中でも、


特に身体能力が高い男だった。


「相馬さんが見たんですか?」


「そう聞いてる」


「じゃあ……」


ゆうさくの声が震える。


「外に出られる?」


西村は、


すぐには答えなかった。


「……かもしれない」


その四文字だけで、


ゆうさくの胸に何かが灯った。


希望。


ここへ来て初めて感じた、


小さな希望だった。


「いつ行くんですか?」


「俺が?」


「はい」


西村は苦笑した。


「そんな簡単じゃない」


「でも門があるなら――」


「村人がいる」


「……」


「刀も銃も持ってる」


ゆうさくは黙った。


「しかも東側は、森の奥だ」


「熊が……?」


「熊だけじゃない」


西村は森を見る。


「何がいるか分からない」


「じゃあ……」


「だから誰も行かない」


ゆうさくは俯いた。


せっかく生まれた希望が、


また消えそうになる。


その時だった。


森の方向から、


何かが動いた。


ガサッ。


二人が振り向く。


「……何?」


木々が揺れている。


西村がゆうさくの腕を掴んだ。


「動くな」


「……」


「音を立てるな」


ガサッ。


ガサガサッ。


森の奥から、


何かが近づいてくる。


ゆうさくの心臓が跳ねた。


そして――


黒い影が木々の間から現れた。


「……熊?」


ゆうさくが息を呑む。


だが、


それは熊ではなかった。


人間だった。


一人の男が、


森から出てきた。


服は泥だらけ。


顔には傷。


裸足。


ふらふらと歩いている。


「……誰だ?」


西村が呟く。


男はこちらを見る。


「……助けて」


ゆうさくは立ち上がった。


「大丈夫ですか!」


西村が止める。


「待て!」


だが遅かった。


男が、


ゆうさくに近づいてきた。


「……刑務所……?」


「はい」


「ここ……刑務所か……?」


「そうです」


男は、


震える手でゆうさくの腕を掴んだ。


「逃げてきた」


「え?」


「俺は……」


男は何度も息を吸った。


「逃げてきたんだ」


ゆうさくの顔が強張る。


「どこから?」


男は森を指差した。


「向こうだ」


「東側?」


男が頷く。


「門がある」


西村が男を見る。


「本当に?」


「ある……」


「村人は?」


「……いた」


「どうやって抜けた?」


男は答えなかった。


その代わり、


何かに怯えるように後ろを振り返った。


「追ってくる」


「誰が?」


男の唇が震えた。


「……村人じゃない」


西村の顔が変わった。


「何?」


男は、


神社の方向を見た。


そして、


震える声で言った。


「……あれが来る」


「何が?」


男は答えなかった。


その場に、


嫌な沈黙が落ちた。


やがて男が、


ゆうさくを見る。


「お前……」


「はい?」


「新入りか?」


「……はい」


男の顔が、


突然引きつった。


「だったら――」


その時。


森の奥から、


銃声が響いた。


パンッ!


男の身体が跳ねる。


「……!」


ゆうさくが叫ぶ。


「大丈夫ですか!」


男は膝から崩れ落ちた。


西村がすぐに男を支える。


「村人だ!」


遠くから、


仮面をつけた村人たちが走ってくる。


三人。


五人。


十人。


その手には、


刀と銃。


「逃げろ!」


西村が叫んだ。


だが――


男は、


ゆうさくの服を掴んだ。


「……門は……」


「何?」


「門は……」


男は最後の力で言った。


「外に出るためじゃない……」


ゆうさくの背筋が凍った。


「じゃあ、何のために……?」


男は答えなかった。


そのまま、


意識を失った。


村人たちが迫ってくる。


「戻れ!」


「そこから離れろ!」


怒鳴り声。


ゆうさくと西村は後退した。


だが――


村人たちは、


倒れた男を見ても、


誰も助けようとしなかった。


一人の村人が、


男の身体を引きずった。


まるで、


荷物を運ぶように。


「待って!」


ゆうさくが叫ぶ。


村人が振り返る。


「そいつは……」


ゆうさくが続けようとした瞬間。


村人の仮面の奥から、


冷たい声が返ってきた。


「これは村のものだ」


「……!」


「お前たちには関係ない」


男は、


そのまま森の方向へ連れていかれた。


ゆうさくは呆然と見送った。


「……村のもの?」


西村は何も言わなかった。


その夜。


刑務所に戻ると、


騒ぎになっていた。


「誰か来たらしいぞ」


「森から?」


「ああ」


「逃亡者か?」


「いや……」


囚人たちは口々に話していた。


ゆうさくは黒田を探した。


ようやく、


食堂の隅にいる黒田を見つけた。


「黒田さん!」


「……見た」


「さっきの男!」


「ああ」


「外から逃げてきたって……」


黒田は黙っている。


「東側に門があるって」


「……」


「本当なんですか?」


黒田は、


ゆうさくを見た。


「ある」


「……!」


「東の山に門はある」


ゆうさくの胸が高鳴る。


「じゃあ――」


「だが」


黒田が遮った。


「門の向こうに外の世界があるとは限らない」


「どういうこと?」


黒田は答えない。


代わりに、


一枚の古い紙を机に置いた。


地図だった。


粗い手書き。


刑務所。


村。


神社。


森。


そして、


東の山。


その先に、


大きな四角が描かれている。


ゆうさくが指差した。


「これは?」


黒田が言った。


「門だ」


「じゃあ、その向こうは?」


黒田は、


長い間黙っていた。


そして、


低い声で言った。


「……俺は行ったことがある」


ゆうさくの目が見開かれた。


「外へ?」


「違う」


黒田は地図を折り畳んだ。


「門までだ」


「その先は?」


「開けたことがない」


「なぜ?」


黒田は、


ゆうさくの目を見る。


「怖かったからだ」


その言葉を聞いて、


ゆうさくは言葉を失った。


三十年間、


この場所で生きてきた男。


何人もの人間を見てきた男。


村人にも怯えない男。


そんな黒田が――


「怖かった」


と言った。


その時だった。


刑務所の外から、


太鼓の音が聞こえてきた。


ドン。


ドン。


ドン。


村では、


祭りの準備が始まっている。


そして、


一人の村人が、


刑務所の門の前に立った。


その手には、


長い木札。


そこには、


囚人たちの名前が書かれていた。


村人は、


一人ずつ名前を読み上げていく。


「大杉徹」


「……」


「宮本浩二」


「……」


「村上雅人」


囚人たちの顔が、


少しずつ強張っていく。


そして――


村人は、


最後の一枚を見た。


ゆうさくの胸が嫌な予感で締め付けられる。


村人の口が開く。


「――ゆうさく」


空気が凍った。


ゆうさくは、


自分の名前を聞いた瞬間、


立ち上がれなくなった。


村人は、


ただ一言だけ告げた。


「祭りの準備に参加しろ」


そして、


仮面の奥で――


何かが笑ったように見えた。

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