第4話 豪華な夜
「乾杯!」
グラスがぶつかる音が響いた。
大きな客船のレストラン。
窓の向こうには、夜の海が広がっている。
照明は明るく、テーブルには何種類もの料理が並んでいた。
ステーキ。
魚料理。
色鮮やかな前菜。
デザート。
高そうなワインまである。
「やっぱ最高だな!」
健太が笑った。
向かいには、可愛い女性たちが座っている。
今日は合コンだった。
しかも、料金は――無料。
「本当にタダなんですか?」
女性の一人が驚く。
「そうそう」
健太は得意そうに答えた。
「キャンペーンで当たったんだよ」
実際には、仲間の一人がキャンペーンで当てた豪華客船の招待券だった。
食事付き。
船内施設も利用できる。
しかも、追加料金はほとんどかからない。
「すごーい!」
女性たちが歓声を上げる。
健太たちは笑った。
「今日は朝まで遊ぶぞ!」
「最高!」
誰も知らない。
同じ時間。
ゆうさくが一人で、人生を壊していることを。
***
「ゆうさく、まだ来てないの?」
女性の一人が聞いた。
健太は一瞬だけスマートフォンを見る。
画面には、ゆうさくからの着信履歴。
何件も残っていた。
しかし、健太は電話をかけ直さなかった。
「仕事が忙しいんじゃない?」
「そっか」
女性は、それ以上聞かなかった。
健太は笑って、グラスを持ち上げる。
「そんなことより、今日は楽しもうぜ!」
「乾杯!」
再びグラスがぶつかった。
その頃。
ゆうさくは――
警察に取り押さえられていた。
***
「お前ら……」
ゆうさくは、留置所の中で何度も仲間の名前を口にした。
健太。
翔太。
直樹。
大輔。
一緒に麻雀をした。
一緒に酒を飲んだ。
一緒に笑った。
金を借りた。
そして――
強盗を持ちかけた。
「……なんで」
ゆうさくは鉄格子を握った。
「なんで俺一人なんだよ……」
翌日。
取り調べが始まった。
刑事が写真を机の上に置く。
「被害者とは面識があったのか?」
ゆうさくは黙った。
「会社の上司だったんだな?」
「……はい」
「強盗を計画した仲間は?」
ゆうさくは顔を上げた。
「仲間が……」
名前を口にしようとする。
だが、刑事は続けた。
「お前以外の人間からは、そんな計画を聞いていない」
「……え?」
「お前と一緒に犯行を計画したという証拠がない」
ゆうさくの顔が固まった。
「そんな……」
「それどころか」
刑事は資料をめくった。
「犯行時刻、彼らは別の場所にいた」
「……どこに?」
「客船」
ゆうさくは意味が分からなかった。
「客船?」
「キャンペーンの招待券を使って、合コンをしていたそうだ」
沈黙。
ゆうさくの耳鳴りが始まった。
「……嘘だ」
「何?」
「そんなわけない」
ゆうさくは笑った。
乾いた笑いだった。
「だって、俺は……」
言葉が続かなかった。
犯行前。
健太から電話があった。
――先に始めてくれ。
――あとから行く。
あれは嘘だった。
最初から来るつもりなどなかった。
いや。
もっと恐ろしいことに――
最初から、ゆうさく一人にやらせるつもりだったのかもしれない。
「……俺を」
声が震える。
「俺を嵌めたのか?」
刑事は答えなかった。
***
一方、客船では。
「次、何食べる?」
「デザート行こうよ!」
「写真撮ろう!」
笑い声が響いていた。
健太は女性の隣で楽しそうに笑っている。
「ゆうさくって、普段どんな奴なんですか?」
女性が尋ねた。
健太は少し考えてから答えた。
「まあ……真面目な奴だよ」
「へえ」
「ちょっと付き合い悪いけどな」
仲間たちは笑った。
そのとき。
健太のスマートフォンに通知が入った。
ニュース速報。
――住宅火災。
――家族が死亡。
健太は画面を一瞬見た。
そして、すぐに閉じた。
「どうしたの?」
女性が聞く。
「いや、何でもない」
健太は笑った。
そしてグラスを持ち上げる。
「ほら、飲もうぜ」
「乾杯!」
船はゆっくり夜の海を進んでいた。
***
数日後。
ゆうさくは拘置所の独房で、壁にもたれていた。
取り調べは続いている。
会社からは懲戒解雇。
借金は残った。
仲間たちは何も知らない顔をしている。
いや――
知っているのかもしれない。
それでも、誰も助けに来ない。
ゆうさくは目を閉じた。
すると、あの夜の光景が蘇る。
炎。
煙。
泣き声。
そして、
> 「お前を信じてたんだぞ」
という上司の声。
「……ごめんなさい」
誰もいない部屋で呟いた。
その瞬間。
廊下から看守の声がした。
「ゆうさく」
「……はい」
「移送が決まった」
「どこへ?」
看守は少し間を置いて言った。
> 「刑務所だ」
ゆうさくは知らなかった。
そこが――
日本でありながら、日本の法律が届かない場所だということを。
そして、その刑務所から出ることが、
二度とできないということも。




