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閉鎖された巨大集落にある刑務所で  作者: こうた


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第3話 火の向こう側

家の前に立った瞬間、ゆうさくは足を止めた。


静かな住宅街だった。


街灯が道路を照らしている。


遠くを走る車の音。


風に揺れる木の葉。


それ以外には、何も聞こえない。


目の前には、一軒の家。


二階建ての普通の家だった。


「……本当に、ここなのか」


スマートフォンに送られてきた住所を見る。


間違いない。


ゆうさくは何度も深呼吸した。


手には火炎瓶。


ポケットには刃物。


自分がこれから何をしようとしているのか、考えれば考えるほど怖くなった。


それでも、帰ることができなかった。


頭の中に借金の金額が浮かぶ。


一千万円。


正確には、それ以上。


その大半は麻雀だった。


地元の仲間たちと朝まで打った麻雀。


負けても、


「もう一回やれば取り返せる」


と言われた。


また負けた。


それでも、


「今日は俺が勝たせてもらっただけ」


「次はお前が勝つって」


そう笑われた。


気がつけば、借金は膨れ上がっていた。


パチンコで作ったものが一割。


そしてもう一割は――


「男気あるなら奢れよ」


そんな言葉に乗せられて払った金だった。


飲み代。


食事代。


遊び代。


女のいる店の料金。


「俺だけ払うの?」


そう言ったこともある。


そのたびに、


「男だろ?」


「細かいな」


「友達だろ?」


そう言われた。


結局、ゆうさくが払った。


仲間たちは借金などしていない。


みんな正社員だった。


家庭を持っている奴もいる。


車を買い、家を買い、休日には家族と出かけている。


そして自分だけが――


35歳になっても契約社員だった。


そのことを考えると、胸が苦しくなった。


「……俺だって」


小さく呟く。


「俺だって、普通に生きたかった」


スマートフォンが震えた。


健太からだった。


――まだ?


ゆうさくは返信した。


――怖い。


すぐに返事が来た。


――ビビりすぎw


そしてもう一通。


――早くやれよ。金欲しいんだろ?


ゆうさくは画面を見つめた。


金。


そうだ。


自分には金が必要だった。


借金を返さなければならない。


そして、もう二度と仲間と麻雀をしたくなかった。


この生活から抜け出したかった。


「……これで最後」


そう呟く。


「これが終わったら、全部やめる」


ゆうさくは火炎瓶を握った。


そして――


家に向かって投げた。


ガシャン!


窓ガラスが砕ける。


一瞬だった。


炎が広がった。


カーテンに燃え移る。


家の中が赤く染まる。


「……!」


ゆうさくは後ずさった。


想像していたよりも、ずっと激しい炎だった。


そして――


家の中から悲鳴が聞こえた。


「助けて!」


「あなた!」


「誰か!」


ゆうさくの身体が固まった。


人がいる。


当たり前だった。


家なのだから。


誰かが住んでいる。


それを分かっていたはずなのに、実際に悲鳴を聞くと足が動かなくなった。


「逃げてくれ……」


ゆうさくは小さく呟いた。


「早く逃げて……」


しかし、玄関が開いた。


一人の男が飛び出してきた。


その後ろから女性。


そして――


子供。


一人。


二人。


三人。


泣きながら外へ出てくる。


ゆうさくは刃物を握った。


「止まれ!」


自分でも驚くほど大きな声が出た。


家族が止まる。


父親がゆうさくを見る。


「何なんだ、お前は!」


「金を……」


声が震えた。


「金を出せ!」


父親は怯えた表情を浮かべた。


「金なら……家の中にある!」


「出せ!」


「子供がいるんだ!」


子供たちは泣いていた。


ゆうさくは目を逸らした。


「早く!」


父親が叫ぶ。


「子供だけでも助けてくれ!」


その声を聞いた瞬間。


ゆうさくは父親の顔を見た。


「……え?」


知っている。


この顔。


何度も見た。


会社で。


仕事を教えてもらった。


失敗したときに助けてもらった。


金を借りたときも、


「無理するなよ」


と言ってくれた。


ゆうさくの顔から血の気が引いた。


「……嘘だ」


父親もゆうさくを見ていた。


そして目を見開く。


「……ゆうさく?」


その一言で、世界が止まった。


「お前……」


上司だった。


自分が何度も嘘をつき、金を借りた相手。


自分を助けてくれた人。


その家族だった。


「なんで……」


上司の声が震える。


「どうしてお前が……」


ゆうさくの手が震え始めた。


刃物が揺れる。


「違う……」


「ゆうさく……?」


「違う!」


頭の中が真っ白になる。


炎。


煙。


泣き声。


上司の顔。


そして――


子供たち。


「助けて……」


一番小さな子供が泣いていた。


ゆうさくは一歩後ろへ下がった。


刃物を落とそうとした。


しかし、指が動かなかった。


「俺は……」


何をしようとしている?


何をしてしまった?


「違う……違うんだ……」


その瞬間。


大きな音がした。


ゆうさくはパニックになった。


叫び声。


炎。


煙。


泣き声。


頭の中で何かが切れた。


そして――


ゆうさくは、取り返しのつかない一線を越えた。


***


どれくらい走ったのか分からない。


ゆうさくは道路を走っていた。


息が苦しい。


足が動かない。


それでも走った。


後ろから誰かが追ってくる。


「待て!」


聞き覚えのある声。


上司だった。


ゆうさくは振り返った。


上司は怒りと悲しみが入り混じった顔で走ってくる。


「待て!」


ゆうさくは逃げた。


しかし――


すぐに捕まった。


「離せ!」


「お前……!」


上司はゆうさくを地面に押さえつけた。


「なんでだ!」


その声は、怒鳴り声というより泣き声に近かった。


「俺は……」


ゆうさくは何も言えなかった。


「お前を信じてたんだぞ!」


その言葉が胸に突き刺さった。


遠くからサイレンが聞こえてきた。


パトカーの赤い光が近づいてくる。


ゆうさくは空を見上げた。


そして初めて思った。


もう、戻れない。


しかし、まだ知らなかった。


この事件の裏で――


自分を強盗に向かわせた仲間たちは、その頃何をしていたのか。


そして彼らが、この夜をどんな気持ちで過ごしていたのかを。

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