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閉鎖された巨大集落にある刑務所で  作者: こうた


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第26話「外へ出る条件」



鉄扉の向こうから、車の音が聞こえていた。


ヘッドライトが壁を照らす。


一瞬だけ。


それは、ゆうさくにとって夢のような光だった。


外の世界。


道路。


車。


人間が普通に暮らしている場所。


「……行け」


黒田が言った。


「今なら、行ける」


ゆうさくは鉄扉に手を掛けた。


だが――


動かなかった。


錆びついているわけではない。


鍵が掛かっている。


「……開かない」


黒田が答えた。


「そうだ」


「鍵は?」


「持っていない」


ゆうさくは振り返った。


「じゃあ、なんで行けって言ったんだよ」


黒田は答えなかった。


その横で、美月が小さく言った。


「鍵を持っているのは、御堂家だけです」


ゆうさくの背中に嫌な汗が流れた。


「……つまり」


「そう」


美月は頷いた。


「外へ出ること自体が、許可制なんです」


「脱走じゃない」


黒田が言った。


「帰還だ」


ゆうさくは理解した。


この村から出ることは、逃げることではない。


誰かに、


出してもらうこと。


それが、この場所の「外」だった。


そのとき。


背後から足音がした。


一人。


二人。


三人。


美月が振り返る。


「来た」


暗闇から、仮面をつけた男たちが現れた。


その中央に――


御堂源一。


村長だった。


「ゆうさく」


低い声。


「帰るか?」


ゆうさくは答えなかった。


御堂は微笑んだ。


「望んでいたのだろう?」


外。


家族。


普通の生活。


すべてを失った場所から――


もう一度、人生を始めること。


「……どうやって?」


「簡単だ」


御堂が一枚の紙を差し出した。


外部帰還許可証


そこには、ゆうさくの名前。


生年月日。


そして――


身元再登録予定


という文字。


ゆうさくの手が震えた。


「……これ、本物なのか?」


「本物だ」


「外に出た後は?」


「別人として生きればいい」


ゆうさくは顔を上げた。


「別人?」


「お前には、外に戻っても帰る場所がない」


その言葉が痛かった。


「だから、新しい名前を与える」


御堂は淡々と続ける。


「新しい住所」


「新しい仕事」


「新しい身分」


「犯罪歴も、借金も、ここでの記録も消す」


ゆうさくの呼吸が速くなる。


「……家族には?」


「会いたければ会えばいい」


「本当に?」


「ただし――」


御堂が一歩近づいた。


「条件がある」


ゆうさくは黙った。


「美月を置いていけ」


時間が止まった。


「……何?」


「第七番が帰還するなら、第八番が必要だ」


御堂は美月を見る。


「次は、彼女だ」


美月は何も言わない。


ゆうさくの中で、何かが壊れた。


「ふざけるな」


御堂の表情は変わらない。


「なら残れ」


「……」


「お前が残れば、美月はしばらく選ばれない」


ゆうさくは息を呑んだ。


「しばらく?」


「次の周期までは」


「それだけ?」


「そうだ」


御堂は微笑んだ。


「ここでは、それを十分な猶予と呼ぶ」


ゆうさくは拳を握った。


その横で、美月が言った。


「ゆうさくさん」


「……」


「行ってください」


「何言ってるんだ」


「私は大丈夫です」


「大丈夫なわけないだろ!」


声が響いた。


村人たちが一斉にゆうさくを見る。


美月は悲しそうに笑った。


「あなたは外に出るべきです」


「嫌だ」


「どうして?」


「……」


「あなたは、ずっと外へ行きたかったんでしょう?」


ゆうさくは答えられなかった。


確かにそうだった。


借金を返したかった。


ギャンブルをやめたかった。


彼女が欲しかった。


結婚したかった。


子どもが欲しかった。


普通の家に住みたかった。


そして――


あの事件を起こす前に戻りたかった。


もちろん、そんなことはできない。


だからこそ。


「新しい人生」という言葉が、悪魔のように魅力的だった。


御堂が言う。


「選べ」


ゆうさくは目を閉じた。


頭の中に、家族の顔が浮かんだ。


母。


父。


妹。


弟。


そして――


自分が殺した家族。


逃げたい。


全部から。


罪から。


記憶から。


この村から。


そして――


美月からも。


その瞬間。


ゆうさくは自分自身が怖くなった。


「……俺は」


言葉が出ない。


「俺は……」


美月が待っている。


御堂も待っている。


黒田は黙って見ている。


やがて、ゆうさくは言った。


「外へ出たい」


美月の目が揺れた。


「……そうですよね」


「でも」


ゆうさくは続けた。


「美月を置いていくとは言ってない」


御堂の笑顔が消えた。


「では、残るか?」


「違う」


ゆうさくは顔を上げた。


「別の方法を探す」


「別の方法?」


「美月も連れて行く」


村人たちの空気が変わった。


ざわっ。


一人の男が仮面を外しかけた。


「……またか」


低い声。


怒り。


恐怖。


その二つが混ざっている。


御堂が手を上げる。


村人たちが止まった。


「ゆうさく」


「何だ」


「お前は、本当に彼女を連れて出るつもりか?」


「そうだ」


御堂はしばらく黙った。


そして――


笑った。


「ならば、見せてやろう」


御堂が指を鳴らした。


別の男が、一枚の写真を持ってきた。


ゆうさくが見る。


古い写真だった。


そこには――


若い頃の御堂。


その隣に、若い黒田。


そして――


一人の女性。


「……誰だ?」


ゆうさくが尋ねる。


美月が写真を見た。


その瞬間。


顔色が変わった。


「……お母さん」


「え?」


美月の母親だった。


まだ若い。


その腕には――


赤ん坊。


「美月……?」


御堂が言った。


「そうだ」


ゆうさくは写真を凝視した。


しかし、違和感があった。


美月の母親が抱いている赤ん坊。


その横に、手書きの文字がある。


第八番候補


ゆうさくの目が止まった。


「……美月は、生まれた時から?」


御堂は答えない。


代わりに写真を裏返した。


そこには一行。


第七番が帰還する場合、八番は血縁から選定する。


ゆうさくは美月を見る。


美月は震えていた。


「私……」


彼女の声が消える。


「私は、最初から……」


そのとき。


村の中心から――


鐘が鳴った。


一度。


二度。


三度。


村人たちが一斉に地面へ膝をついた。


御堂も。


黒田だけは、立ったままだった。


そして遠くの神社から――


何かが鳴いた。


人間の声ではない。


動物の声でもない。


低く。


長く。


地面そのものを震わせるような音。


美月が耳を塞ぐ。


「……始まる」


「何が?」


黒田が答えた。


「選定だ」


ゆうさくは御堂を睨んだ。


「誰を選ぶ?」


御堂は答えなかった。


その代わり――


村の掲示板に、一枚の紙が貼られた。


村人たちが道を開ける。


ゆうさくが近づく。


そこに書かれていた名前。


一人。


二人。


三人。


四人。


五人。


六人。


そして――


七人目。


最後の名前を見た瞬間。


ゆうさくの呼吸が止まった。


第七番 ゆうさく


その下。


新しく書き加えられている。


第八番 白石美月


さらに、その下に――


第九番 未定


ゆうさくは紙から目を離せなかった。


八人目が美月なら。


九人目は誰なのか。


黒田が低く呟いた。


「……そういうことか」


「何が?」


黒田は答えなかった。


ただ、ゆうさくの肩を掴んだ。


「お前は、外へ出ることだけを考えるな」


「……」


「この村は、七人で終わらない」


遠くで、また鐘が鳴った。


今度は――


八回。


そして九回目の鐘が鳴る直前。


黒田が言った。


「第九番は――」


そこで、鐘が止まった。


静寂。


黒田の視線が、ゆうさくではなく――


刑務所の方角へ向いた。


「……もう、来ている」

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