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閉鎖された巨大集落にある刑務所で  作者: こうた


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第25話「第七番の理由」



「……美月」


ゆうさくは、地下室に置かれた古い帳面を見つめていた。


そこには、確かに書かれている。


白石美月 次回供給候補


その下に、小さく数字があった。



美月は何も言わなかった。


ただ、蝋燭の火を見つめていた。


「……どういうことだ」


ゆうさくの声が震えた。


「お前が……次なのか?」


「わからない」


「わからないって……」


「この村では、書かれた名前が、そのまま運命になるわけじゃない」


美月は帳面を閉じた。


「でも……書かれた名前が消えることは、ほとんどない」


ゆうさくは息を呑んだ。


「じゃあ、俺は?」


美月は答えなかった。


ゆうさくは自分で帳面を開いた。


何度も見た名前。


第七番 ゆうさく


その文字の横には、古い日付が記されている。


自分がこの村へ来るより、はるか前。


まだ罪を犯していない頃。


まだ、借金に追われていた頃でさえない。


もっと前。


「……俺は、いつ選ばれた?」


美月が小さく答えた。


「あなたがここへ来る前」


「じゃあ、誰が俺を選んだ?」


沈黙。


地下室の奥から、水滴の音だけが聞こえた。


ぽた。


ぽた。


ぽた。


「……御堂家」


美月が言った。


ゆうさくの顔から血の気が引いた。


「俺が犯罪をすることも?」


「それは違う」


美月は即座に否定した。


「そこまでは、決められない」


「でも、俺の名前はあった」


「ええ」


「借金を作ることも?」


「知らない」


「友達に騙されることも?」


「知らない」


「俺が……あの家に火をつけることも?」


美月は目を伏せた。


「それは、あなたが選んだこと」


その言葉だけは、はっきりしていた。


ゆうさくは何も言えなかった。


胸の奥に、重いものが落ちた。


自分は被害者ではない。


あの夜、自分の手で人を殺した。


誰かに背中を押されたとしても。


借金があったとしても。


友人に利用されたとしても。


ナイフを持ったのは、自分だった。


火をつけたのも。


逃げたのも。


殺したのも。


自分だった。


「……じゃあ、なんで俺なんだ」


美月は古い資料を一枚取り出した。


そこには、村の外から送られたらしい人物調査票があった。


住所。


勤務先。


家族構成。


借金。


交友関係。


そして――


社会的支援網:弱


失踪後の追跡可能性:低


ゆうさくの指が止まった。


「……これ」


「あなたの資料」


「いつのだ?」


「古い」


「何年前だ?」


「あなたが、ここへ来る前」


ゆうさくは紙を握り潰しそうになった。


その下に、さらに一枚あった。


そこには、短い文章だけが記されていた。


第七番候補


その横に、赤い判子。


適格


「ふざけるな……」


ゆうさくは呟いた。


「俺の人生を……最初から見てたのか?」


美月は答えなかった。


「借金を抱えたことも?」


「……」


「仕事がうまくいかなかったことも?」


「……」


「家族と疎遠になっていったことも?」


「……」


「全部?」


美月は、ゆっくり首を横に振った。


「全部じゃない」


「じゃあ何だ」


「あなたが、誰にも助けを求めなくなっていったこと」


その言葉が、胸に刺さった。


ゆうさくは何も返せなかった。


資料には続きがあった。


孤立した人物ほど、外部への影響が少ない。


その一文。


それだけだった。


ゆうさくは紙から目を離した。


「……俺を、人間として見てなかったんだな」


美月が答えた。


「この村では……そういう人間を探している」


「だから俺を?」


「たぶん」


「たぶんって……」


そのときだった。


地下室の上から――


音がした。


コン。


二人は同時に顔を上げた。


コン。


もう一度。


誰かが、床を叩いている。


美月の顔が強張った。


「誰かいるのか?」


ゆうさくが声を出そうとすると、美月が口元に指を当てた。


「声を出さないで」


コン。


コン。


コン。


三回。


美月は壁際へ移動した。


そこには、小さな覗き穴があった。


美月が確認する。


そして、顔色を変えた。


「……御堂さん」


「村長?」


「違う」


美月は首を振った。


「御堂家の人間」


ゆうさくの背中に冷たい汗が流れた。


「ここがバレた?」


「たぶん」


「どうする?」


美月は、棚の奥から別の鍵を取り出した。


「逃げる」


「どこへ?」


「地下水路」


二人は暗い通路へ入った。


その直後――


地下室の扉が開いた。


「美月」


男の声。


「そこにいるのは、わかっている」


ゆうさくは息を殺した。


美月の手が震えている。


初めて見る表情だった。


怯えている。


村人を恐れている。


神を恐れている。


そんな美月を見て、ゆうさくは思った。


この女も――


この村から逃げられない。


水路を進んだ。


膝まで水に浸かる。


暗闇の中、美月が前を歩く。


しばらくして、彼女が振り返った。


「ゆうさくさん」


「何?」


「もし、外へ出られるなら……」


「出る」


即答だった。


「俺は出る」


美月は悲しそうに笑った。


「そうですよね」


「でも……」


ゆうさくは言葉を止めた。


美月の名前が頭から離れない。


次回供給候補


「美月を置いていけば……」


美月が振り返った。


「何ですか?」


ゆうさくは言えなかった。


代わりに、別の質問をした。


「俺が外へ出たら、お前はどうなる?」


美月は答えなかった。


ただ、水路の壁に手を触れた。


そこには、古い文字が刻まれていた。


第七番が帰還するとき、八番を差し出せ。


ゆうさくの目が見開かれる。


「……これ」


美月は目を閉じた。


「だから、あなたは外へ出てはいけない」


「……俺が出たら」


「私が選ばれる」


「でも、それなら……」


ゆうさくは言葉を失った。


自分が外へ出る。


その代わり、美月が死ぬ。


自分が残る。


その代わり、自分が死ぬ。


単純な二択ではない。


そのとき。


水路の奥から声がした。


「ゆうさく」


女の声だった。


美月の声。


「ゆうさくさん」


すぐ隣にいる美月が、顔を青ざめさせる。


「……私じゃない」


声がもう一度響いた。


「ゆうさく」


今度は――


母親の声だった。


「帰っておいで」


ゆうさくの足が止まった。


「……母さん」


美月が腕を掴んだ。


「聞かないで!」


「でも……」


「それは、本物じゃない!」


声が変わった。


今度は父親。


「ゆうさく」


その次は妹。


そして――


あの夜、殺した子どもの声。


「助けて」


ゆうさくは膝から崩れそうになった。


耳を塞ぐ。


「やめろ……」


「助けて」


「やめろ!」


「ゆうさく」


声が重なっていく。


母。


父。


妹。


友人。


上司。


そして、知らない誰か。


無数の声。


そのすべてが、自分の名前を呼んでいる。


美月がゆうさくを抱えるようにして引きずった。


「走って!」


二人は水路を走った。


背後から声が追ってくる。


「ゆうさく」


「第七番」


「ゆうさく」


「第七番」


「帰っておいで」


「第七番」


ようやく出口が見えた。


地上へ出る。


そこは――


村の外れだった。


目の前には巨大な壁。


そして壁の下に、小さな鉄扉があった。


美月が鍵を差し込む。


カチッ。


開いた。


向こう側には――


外の道路が見えた。


本当に外へ続いている。


ゆうさくの心臓が跳ねた。


「……外だ」


何年ぶりだろう。


普通の道路。


電柱。


遠くの街灯。


そして――


夜空。


「美月……」


彼女は答えなかった。


ゆうさくは一歩、前へ出た。


その瞬間。


背後から、低い声がした。


「行け」


二人が振り返る。


そこにいたのは――


黒田だった。


いつからいたのかわからない。


老人は、壁にもたれていた。


「黒田さん……」


「行け、ゆうさく」


「でも、美月が――」


「行け!」


初めて聞くほど強い声だった。


黒田は美月を見る。


「お前は残れ」


美月は黙って頷いた。


ゆうさくは理解した。


黒田は知っている。


この先に何があるのか。


「黒田さん」


「なんだ」


「俺が外に出たら……美月は?」


黒田は答えなかった。


代わりに、古い紙を一枚投げた。


ゆうさくが拾う。


それは、外部帰還記録だった。


そこには――


第七番 帰還許可


と書かれている。


その下。


小さな文字。


帰還後、八番を供給すること。


さらにその下。


黒田の名前があった。


前回第七番 黒田玄蔵


ゆうさくの呼吸が止まる。


黒田は静かに言った。


「俺も、昔ここから出ようとした」


「……出たの?」


「出ていない」


「なんで?」


黒田は壁の向こうを見た。


「俺は、八人目を連れて帰ることを拒んだ」


そして、ゆっくりとゆうさくを見る。


「だから俺自身が、八人目になった」


ゆうさくは凍りついた。


黒田は笑わなかった。


「お前も同じだ」


「……俺が美月を連れて行かなかったら?」


「お前が第八番になる」


「じゃあ、美月を連れて行ったら?」


黒田は答えなかった。


ただ一言。


「それが、ここで言う『外へ行く』ってことだ」


ゆうさくは紙を握り締めた。


目の前には外の世界。


背後には、美月。


どちらを選んでも――


誰かが消える。


そのとき、壁の向こうから車のライトが近づいてきた。


普通の車だった。


外の世界の車。


ゆうさくは、震える手で鉄扉に触れた。


そして初めて気づいた。


鉄扉の内側に、文字が刻まれている。


古い文字。


何度も書き直されたような跡。


第七番は、帰るために選ばれるのではない。


その下に、さらに一行。


次の八番を連れて帰るために選ばれる。


ゆうさくは、美月を見た。


美月もまた、ゆうさくを見ていた。


二人とも――


もう、何も言えなかった。

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