第24話 「井戸の底」
夜。
刑務所の灯りが消えた。
ゆうさくは布団の中で目を閉じていた。
眠っているふりをしている。
古い井戸へ行く。
美月に言われた言葉が、頭から離れなかった。
――あなたが知りたがっている「外」のことを話す。
外。
その言葉だけで、胸が苦しくなる。
妹からの手紙。
家族のこと。
友人たちのこと。
自分の事件。
壁の外では、すべてが続いている。
自分だけが、
そこから切り離されている。
午前一時。
ゆうさくは静かに起き上がった。
廊下を歩く。
誰も止めない。
だが、刑務所の奥。
黒田が起きていた。
「どこへ行く」
ゆうさくは答えなかった。
黒田はそれ以上、聞かなかった。
「……戻ってこいよ」
その一言だけだった。
外へ出る。
夜の村は静かだった。
月明かり。
古い家。
誰もいない道。
そして、
あの井戸。
美月が立っていた。
「来たんだね」
「ああ」
「誰かに見られた?」
「たぶん、大丈夫」
美月は井戸の縁に手を置いた。
「ここは、昔の井戸」
「何がある?」
「見て」
美月が井戸の中を覗く。
ゆうさくも覗いた。
暗い。
水面が月を映している。
ただの井戸にしか見えない。
「ここから?」
「違う」
美月は横の石を動かした。
その下に、
古い鉄の蓋があった。
「……こんなものが」
蓋を開ける。
地下へ続く階段。
ゆうさくは息を呑んだ。
「この村に、こんな場所が?」
「昔からある」
美月が先に降りる。
ゆうさくも続いた。
湿った空気。
土の匂い。
しばらく進むと、
小さな部屋に出た。
そこには、
大量の箱が積まれていた。
新聞。
写真。
書類。
そして、
外から持ち込まれたと思われる物。
「これ……全部、外の情報?」
「そう」
美月が一枚の新聞を取り出す。
古い新聞だった。
年代は、
三十年前。
ゆうさくは目を疑った。
一面に、
巨大な壁の写真。
そして、
小さな見出し。
「山間部の集落、政府との協定締結」
「……政府?」
「この村は、昔から外と完全に切り離されていたわけじゃない」
美月は言った。
「外の人間は、この村を知ってる」
「じゃあ、助けに来ないのか?」
「来られない」
「何で?」
美月は次の資料を見せた。
そこには、
村と外の間で交わされた古い協定について書かれていた。
詳細は黒く塗りつぶされている。
ただ、一つだけ読める。
「集落内の自治権を認める」
そして、
その下。
「集落外への無断移動を禁止する」
ゆうさくは呟いた。
「……俺たちは、閉じ込められてる」
「そう」
「国も知ってるのか?」
美月は頷いた。
「少なくとも、知っている人たちはいる」
「じゃあ、何で俺をここへ送った?」
「あなたが犯罪者だったから」
ゆうさくの胸が痛んだ。
「……そうだよな」
美月は首を振る。
「それだけじゃない」
「?」
美月が一枚の古い書類を取り出した。
名前の一覧。
その中に、
ゆうさく
の名前があった。
「……何で?」
「あなたは、ここへ来る前から選ばれていた」
「何を言ってる?」
「分からない」
美月は首を振った。
「でも、記録にはあなたの名前がある」
ゆうさくは紙を奪うように取った。
日付は、
自分が逮捕されるより前。
事件より前。
さらに、
その横には奇妙な記号。
第七番
「俺が……最初から?」
「たぶん」
「誰が決めた?」
美月は答えない。
代わりに、
別の写真を見せた。
そこには、
三十年前の村長。
その隣に、
若い頃の御堂。
そして、
さらにその後ろに――
現在の黒田。
ゆうさくは凍りついた。
「黒田さん?」
「三十年前から、この村にいた」
「知ってる」
「違う」
美月は写真を指差した。
「この写真は、刑務所ができる前のもの」
ゆうさくは写真を見つめた。
そこには、
今と同じ仮面。
今と同じ村。
そして、
何十人もの人間。
だが、
その中央に。
一人だけ、
仮面をつけていない男が立っていた。
黒田だった。
「……黒田さんは囚人じゃなかった?」
「分からない」
美月が呟く。
「でも、ここに記録がある」
箱の中から、
さらに一枚。
古い名簿。
そこには、
祭り供給係
という文字。
その下に、
黒田玄蔵。
ゆうさくは言葉を失った。
「じゃあ……黒田さんも」
「昔は、あなたと同じ仕事をしていたのかもしれない」
「人を運んでいた?」
美月は頷いた。
「そして、途中で拒否した」
ゆうさくは目を閉じた。
黒田が言っていた。
三十年前。
七人を運んだ。
八人目を拒否した。
だから自分が選ばれた。
全部、
つながっていた。
そのとき。
地下室の奥から、
音がした。
カサ。
二人が振り返る。
誰もいない。
「美月……」
「静かに」
もう一度。
カサ。
紙を踏む音。
ゆうさくが後退する。
「誰かいる」
美月が口元に指を当てる。
二人で奥へ進む。
棚の向こう。
古い机がある。
その上に、
一冊の帳簿。
開かれている。
最新のページ。
そこには、
今日の日付。
そして――
第七番 ゆうさく
その下に、
次の行。
「外部帰還許可」
ゆうさくの目が見開かれる。
「……外に帰れる?」
美月が帳簿を見る。
「待って」
その文字の下に、
小さな注記があった。
「ただし、帰還後の身元・生活は保障しない」
「それでもいい」
ゆうさくは即答した。
「帰れるなら」
美月がゆうさくを見る。
「本当に?」
「家族に会えるなら……」
その瞬間。
地下室の奥で、
何かが落ちた。
二人が振り返る。
棚から、
一枚の写真が落ちている。
美月が拾う。
写真の裏には、
日付。
そして、
短い文章。
「第七番は、外へ返すな」
美月の顔が青ざめる。
「……ゆうさく」
「何?」
「この記録……」
美月が震える手で写真を差し出した。
写真の表には、
ゆうさくの知らない男が写っている。
その男の顔には、
黒い線が何本も引かれていた。
そして、
写真の下には、
こう書かれていた。
「第七番を外へ出した場合、村に八人目を要求する」
ゆうさくは息を止めた。
外へ出る。
その代わり、
誰かが死ぬ。
そしてその「誰か」が、
すでに決まっているように――
帳簿の最後のページに、
新しい名前が浮かび上がっていた。
白石美月
ゆうさくは、
声を失った。




