↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
閉鎖された巨大集落にある刑務所で  作者: こうた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/30

第19話「名前を呼ぶもの」



「……ゆうさく」


もう一度。


暗闇の奥から、声がした。


今度は、はっきり聞こえた。


ゆうさくは動けなかった。


自分の名前。


間違いない。


けれど、その声は人間のものに聞こえなかった。


男とも女とも分からない。


老人にも、子供にも聞こえる。


ただ――


自分の記憶の中にある誰かの声に似ていた。


「ゆうさく」


今度は母親の声に聞こえた。


その瞬間、ゆうさくの胸が締めつけられた。


「母さん……?」


口から出そうになった。


だが。


田中が必死に口を塞いだ。


「言うな!」


「……!」


田中の手が震えている。


「返事するな」


その目は、本気だった。


三浦も宮本も、完全に固まっていた。


黒崎が低い声で言う。


「全員、下を向け」


村人たちも同じだった。


頭を下げている。


まるで――


何かを恐れているように。


ゆうさくは気づいた。


村人たちは、刑務所の囚人を恐れていない。


銃を持っている。


刀も持っている。


誰よりも大きい。


囚人が何十人集まっても、勝てない。


なのに。


今だけは違った。


村人たちの肩が震えていた。


「……あいつらも怖いのか?」


ゆうさくが小声で言った。


田中が答える。


「当たり前だ」


「何が?」


「神様が」


その言葉が出た瞬間。


黒崎が振り返った。


「口にするな」


怒鳴ってはいない。


それなのに、その声には尋常ではない恐怖があった。


「ここでは……名前も口にするな」


ゆうさくは暗闇を見る。


八つ目の仮面は、まだそこにある。


目はない。


なのに。


こちらを見ている。


そんな気がした。


そして。


仮面の口が動いた。


「……ゆうさく」


今度は、子供の声だった。


ゆうさくの記憶にある声。


あの夜。


燃える家の中から聞こえた声。


――助けて。


ゆうさくは息を呑んだ。


「……やめろ」


声が漏れた。


田中が振り返る。


「今、何て言った?」


「……何でもない」


だが。


もう遅かった。


暗闇の中で、仮面が笑った。


そして――


宮本の名前を呼んだ。


「……浩二」


宮本が震えた。


「……俺?」


誰も答えない。


「俺の名前……」


宮本が一歩前へ出る。


「誰だよ」


「来るな!」


ゆうさくが叫んだ。


だが宮本は止まらない。


「誰だ!」


暗闇へ向かって叫んだ。


その瞬間。


すべての音が消えた。


風も。


鳥も。


木々のざわめきも。


何も聞こえない。


宮本が立ち尽くす。


「……あれ?」


次の瞬間。


宮本の背後に、村人が立っていた。


森田だった。


「宮本」


「……何だ?」


「名前を呼ばれたら」


森田は刀を抜いた。


「答えるな」


宮本の顔から血の気が引いた。


「でも……」


「もう遅い」


森田が宮本の腕を掴んだ。


宮本が暴れる。


「離せ!」


「離せ!」


「俺はまだ死にたくない!」


その声が森の中に響いた。


ゆうさくは動けなかった。


助けなければ。


そう思った。


だが。


足が動かない。


頭の中に御堂の言葉が浮かぶ。


――七人を運べば、お前は外へ行ける。


宮本が連れていかれる。


その先に何があるのか。


分かっている。


それでも。


ゆうさくは動かなかった。


宮本が振り返った。


目が合った。


「ゆうさく……」


その顔は、泣いていた。


「お前……俺を助けないのか?」


胸を刺された。


何も言えない。


「……お前も、同じなんだな」


宮本は笑った。


悲しい笑いだった。


「自分が助かるなら……他人なんてどうでもいいんだな」


「違う」


「じゃあ助けろよ!」


ゆうさくは一歩踏み出した。


その瞬間。


森田が刀を向けた。


「近づくな」


「……」


「お前は運ぶ者だ」


その言葉で、足が止まった。


運ぶ者。


さっきの札。


供給者。


その意味が、少しずつ分かってきた。


自分は囚人ではない。


少なくとも今は。


自分は――


人を運ぶための人間だ。


宮本が連れていかれる。


建物の中へ。


扉が閉まった。


ガタン。


それだけ。


叫び声は聞こえなかった。


何も起こらなかったように静かだった。


それが逆に怖かった。


しばらくして。


黒崎が言った。


「次」


ゆうさくは振り返った。


「……次?」


「三浦」


三浦が後ずさった。


「ふざけるな」


黒崎が近づく。


「行け」


「嫌だ」


「行け」


「俺は行かない!」


三浦が走った。


森の中へ。


村人たちが追わない。


誰も追わない。


ただ見ている。


三浦は必死に走った。


十メートル。


二十メートル。


三十メートル。


そして――


止まった。


何かを見たようだった。


「……何だ、これ」


ゆうさくにも見えた。


木の間。


地面に、古い札が大量に刺さっている。


名前。


名前。


名前。


知らない囚人たちの名前。


何十人。


何百人。


三浦が一枚を拾う。


「……これ」


そこには、


片桐修


と書かれていた。


消えた囚人。


その下に、別の名前。


さらに別の名前。


そして一番新しい札には――


宮本浩二


三浦が震えた。


「……嘘だろ」


その瞬間。


背後から声がした。


「三浦修司」


三浦が振り返る。


誰もいない。


「……誰だ?」


ゆうさくが叫んだ。


「答えるな!」


しかし。


三浦はもう答えてしまった。


「俺だ!」


森がざわめいた。


仮面が――


一斉にこちらを向いた。


そして。


三浦の足元に、


新しい札が一本、


ゆっくりと立った。


そこには――


三浦修司


と書かれていた。


ゆうさくは理解した。


選ばれたから、名前が書かれるんじゃない。


違う。


名前を呼ばれたから、選ばれる。


そして。


暗闇の奥から、


最後にもう一度だけ声がした。


「……ゆうさく」


今度は。


亡くなった父親の声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。