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閉鎖された巨大集落にある刑務所で  作者: こうた


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第17話 神に選ばれた村



「逃げて!」


美月の声が、


暗闇の中に響いた。


ゆうさくは動けなかった。


逃げる。


どこへ。


この村から出ることなんてできない。


巨大な壁。


東門。


北の山。


どこへ行っても、


その先には何もない。


「美月!」


ゆうさくが駆け寄ろうとした。


その瞬間――


「止まれ!」


村人の怒鳴り声。


四方から、


刀を抜く音が聞こえた。


カチャ。


カチャ。


カチャ。


美月が振り返る。


「……来ないで」


その声は、


さっきとは違っていた。


怯えている。


「でも、お前が逃げろって――」


「違う」


美月は首を振った。


「あなたじゃない」


「……え?」


美月は、


神社の方を見た。


「逃げるのは、


私たち」


その言葉の意味を、


ゆうさくは理解できなかった。


---


神社。


そこには八つの仮面が並んでいた。


七つは、


人間の顔。


老人。


男。


女。


若者。


そして、


最後の一つ。


それだけが、


人間の形をしていなかった。


角のような突起。


異様に長い口。


そして、


黒い穴のような目。


誰が作ったのか。


何を意味するのか。


分からない。


ただ、


それを見た瞬間。


村人たちが一斉に頭を下げた。


ゆうさくも、


反射的に身を低くした。


「……何なんだ」


誰も答えない。


御堂源一が現れた。


いつもの堂々とした姿ではない。


肩が震えている。


「全員、家へ戻れ」


村人たちが動く。


「今夜は外へ出るな」


誰も逆らわない。


子供まで、


泣きながら家へ走っていく。


ゆうさくは源一を見る。


「村長」


「帰れ」


「八つ目は何ですか?」


源一が、


ゆうさくを睨んだ。


「帰れと言った」


「でも――」


「お前には関係ない!」


怒鳴った。


だが、


その声には怒りよりも恐怖があった。


源一は、


神社を見た。


そして、


小さく呟いた。


「……今年は早すぎる」


---


その夜。


誰も眠らなかった。


刑務所の囚人たちも、


部屋から出ようとしない。


ゆうさくは窓の外を見ていた。


村は真っ暗。


神社だけが、


ぼんやりと明るい。


「なあ」


高橋が言った。


「何?」


「お前、美月に何て言われた?」


「逃げろって」


「……そうか」


高橋は黙った。


「何か知ってる?」


「俺には分からない」


「でも、あの子は何か知ってる」


高橋は、


ゆうさくを見る。


「だから、


あんまり近づくな」


「どうして?」


「お前が死ぬから」


ゆうさくは苦笑した。


「もう何回も聞いた」


「違う」


高橋の顔は真剣だった。


「今度は、


美月のほうが危ない」


ゆうさくは、


窓の外を見た。


神社。


八つの仮面。


その中に、


美月の姿はなかった。


---


翌朝。


村は何事もなかったように動き始めた。


畑。


水路。


鍛冶場。


食料庫。


いつも通り。


だが、


一つだけ違っていた。


村人たちが、


全員、


二枚目の仮面を持っている。


普段の仮面。


そして、


黒い仮面。


ゆうさくが畑を通ると、


村人たちは一斉に道を開けた。


怖がっている。


自分を?


違う。


自分の背後を見ている。


ゆうさくは振り返った。


誰もいない。


---


御堂家へ行くと、


源一が待っていた。


「今日から、


お前の仕事が変わる」


「何をするんですか?」


「人を運べ」


「人?」


「囚人だ」


ゆうさくの顔が強張る。


「どこへ?」


源一は答えなかった。


机の上に、


名簿を置く。


そこには七人の名前。


森川。


宮本。


三浦。


田中。


そして、


知らない名前が三つ。


「この七人を、


指定された場所へ運ぶ」


「……どこへ?」


「祭りの場所だ」


ゆうさくは、


紙を見つめた。


「俺が?」


「ああ」


「なぜ?」


源一は、


静かに言った。


「お前なら、


囚人たちが警戒しない」


その言葉に、


ゆうさくは凍りついた。


自分が、


囚人だったから。


同じ立場だったから。


同じ人間だと思わせられるから。


「……俺に、


連れていかせるんですか?」


「そうだ」


「生贄にするために?」


源一は答えなかった。


だが、


その沈黙が、


答えだった。


「嫌です」


初めて、


ゆうさくは言った。


源一は、


静かに顔を上げた。


「なら、


お前も七人の中に入れる」


ゆうさくの喉が鳴った。


「……」


「選ぶのは私ではない」


源一は言った。


「だが、


私が推薦することはできる」


ゆうさくは、


何も言えなかった。


それは、


脅迫だった。


そして、


ゆうさくには選択肢がなかった。


「……分かりました」


源一が頷く。


「賢い」


その一言が、


何より気持ち悪かった。


---


昼。


刑務所へ戻ると、


囚人たちが待っていた。


ゆうさくは、


七人の名簿を見せなかった。


言えなかった。


自分が、


彼らを運ぶ役目になったなど。


だが、


黒田だけは気づいた。


「御堂家から何を言われた?」


ゆうさくは黙った。


黒田がため息をつく。


「そうか」


「……何が?」


「その顔だ」


黒田は、


ゆうさくを見る。


「お前は、


もう一段下へ落ちた」


「……」


「犬は、


命令されて動く」


「知ってる」


「だがな」


黒田は低い声で言った。


「人間を檻から連れ出す犬は、


ただの犬じゃない」


ゆうさくは、


何も言えなかった。


---


夕方。


美月が現れた。


だが、


今日は遠くに立っている。


「ゆうさく」


「美月……」


「昨日のこと、


忘れて」


「できない」


「お願い」


「何を知ってる?」


美月は答えない。


「八つ目の仮面は何?」


美月の顔が青ざめる。


「見たの?」


「見た」


「……そう」


「教えてくれ」


美月は、


しばらく黙った。


そして、


小さな声で言った。


「あれは、


神様じゃない」


ゆうさくは目を見開いた。


「じゃあ何だ?」


「分からない」


「分からない?」


「昔から、


あれを神様って呼んでるだけ」


「じゃあ、


本当に神がいるかどうかも――」


「誰にも分からない」


美月は続けた。


「でも、


あれが現れると、


必ず誰かが消える」


「囚人が?」


「……最初は違った」


ゆうさくは息を止めた。


「最初?」


美月が目を伏せる。


「昔は、


村人だった」


---


その瞬間。


背後から、


銃声が響いた。


パンッ!


美月が振り返る。


村人が一人、


銃を持って立っている。


だが、


撃ったのは美月ではなかった。


空へ向けていた。


「会話をやめろ」


美月の顔が強張る。


村人は、


ゆうさくを睨んだ。


「お前は、


美月に近づくな」


「なぜ?」


「……」


「なぜ俺だけなんだ!」


村人の手が震えた。


「お前だからだ」


「理由を言え!」


村人は答えなかった。


その代わり、


美月の腕を掴んだ。


「戻れ」


「嫌」


美月が抵抗する。


「私は――」


「戻れ!」


村人の声が震える。


美月は、


ゆうさくを見た。


そして、


ほんの一瞬だけ、


口元を動かした。


声にはならなかった。


だが、


ゆうさくには分かった。


「七人を連れて行かないで」


その言葉だけが、


はっきり伝わった。


---


夜。


ゆうさくは一人、


自分の布団に座っていた。


机の上には、


御堂家から渡された名簿。


七人。


明日から、


一人ずつ迎えに行く。


そして、


祭りへ連れていく。


それが、


自分に与えられた仕事。


「……嫌だ」


初めて、


犬でいることが苦しくなった。


だが、


そのとき。


名簿の裏側に、


小さな文字があることに気づいた。


誰かが書いたものだった。


ゆうさくは紙を裏返す。


そこには、


こう書かれていた。


『七人を運べば、お前は外へ行ける』


ゆうさくは、


息を止めた。


外。


その二文字だけで、


胸が苦しくなる。


母親。


妹。


弟。


父親。


祖父。


日本の街。


コンビニ。


電車。


仕事。


普通の家。


そして、


何でもない毎日。


ゆうさくは、


その紙を握りしめた。


そのときはまだ、


知らなかった。


それが――


この村で最も残酷な嘘の始まりだった。

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