↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
閉鎖された巨大集落にある刑務所で  作者: こうた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/30

第16話 八つ目の仮面



朝。


村は静かだった。


昨日まで聞こえていた祭りの準備の音もない。


鍛冶場から聞こえる金属音も。


木を削る音も。


人の話し声さえ。


まるで村全体が、


何かを待っている。


ゆうさくは刑務所の窓から外を見た。


御堂家の屋根。


そこに、


昨日見た八つ目の仮面がある。


白い仮面だった。


他の仮面とは違う。


目の部分が、


黒く塗られていない。


ただ、


真っ白な穴になっている。


「……あれ、何なんだ?」


高橋が隣に立った。


「知らない」


「昨日までなかったよな」


「なかった」


二人とも、


それ以上言わなかった。


---


朝食の時間。


田中の席が空いている。


宮本。


三浦。


森川。


そして、


田中。


四つの空席。


なのに、


新しい囚人が来たことで、


人数は減っていない。


ゆうさくは気づいた。


ここでは、


人が消えても、


刑務所が空になることはない。


必ず、


誰かが補充される。


「なあ」


ゆうさくが黒田に聞いた。


「新しい囚人って、誰が送ってくる?」


「外」


「国?」


黒田は答えなかった。


「じゃあ、誰?」


「それを調べると死ぬ」


「……」


黒田は味噌汁を飲んだ。


「ここに来る奴は、


ここへ送られる理由を知らない」


「俺もそうだった」


「だから便利なんだ」


「何が?」


黒田が箸を置いた。


「何も知らない人間は、


何でも信じる」


---


食後。


御堂家の使いが来た。


「ゆうさく」


「はい」


「来い」


いつものことだった。


だが、


今日は違った。


使いは二人。


その後ろに、


御堂源一本人が立っていた。


「今日は私が命じる」


ゆうさくは頭を下げた。


「はい」


「北の山へ行け」


「何を?」


「荷物を届ける」


「誰に?」


「聞くな」


また、


同じ言葉。


だが、


今日は源一の声が妙に硬かった。


「それと――」


源一は一枚の紙を渡した。


「これを持っていけ」


紙には、


村の地図が描かれている。


北の山。


そこに赤い丸がついていた。


「この場所に置いてこい」


「分かりました」


「絶対に開けるな」


ゆうさくは箱を受け取った。


ずしりと重い。


「もし開けたら?」


源一は、


しばらくゆうさくを見た。


「お前が死ぬ」


冗談ではない。


その目を見れば分かった。


---


北の山。


道は細かった。


人の手が入っていない。


木々が生い茂り、


昼間なのに暗い。


ゆうさくは何度も振り返った。


誰もいない。


ただ、


箱だけが重い。


やがて、


地図に印された場所へ着いた。


そこには、


古い石造りの建物があった。


小さな倉庫。


扉には鍵がかかっている。


ゆうさくは箱を置いた。


そして、


帰ろうとした。


そのとき。


中から音がした。


――カタン。


ゆうさくは止まった。


もう一度。


――カタン。


何かが動いた。


「……誰かいるのか?」


返事はない。


ゆうさくは耳を扉に当てた。


中から、


かすかな呼吸音。


人がいる。


「おい!」


返事はない。


だが、


壁の下から、


何かが出てきた。


紙。


誰かが中から押し出したらしい。


ゆうさくは拾った。


そこには、


名前が書かれていた。


森川圭


「……!」


ゆうさくは息を呑んだ。


森川。


消えたはずの囚人。


紙の下には、


さらに名前が並んでいた。


宮本浩二


三浦修司


田中誠


そして、


もっと古い名前。


片桐修。


他にも、


知らない名前が数十人。


全員、


この刑務所から消えた人間だった。


ゆうさくの手が震える。


「……ここにいるのか?」


中から、


小さな音。


コン。


一回。


コン。


二回。


コン。


三回。


誰かが叩いている。


「開けるぞ!」


ゆうさくが鍵に手をかけた。


その瞬間。


背後から、


銃声が響いた。


パンッ!


ゆうさくの手が止まる。


振り返る。


そこに、


村人が立っていた。


銃を構えている。


「開けるな」


「でも……中に人がいる」


「開けるな」


「森川たちが――」


「開けるな!」


村人の声が、


初めて震えていた。


ゆうさくは気づいた。


この村人は、


怒っているのではない。


怖がっている。


「……何がいる?」


村人は答えなかった。


「何で怖いんだ?」


「……」


「中に何がいる?」


村人は、


銃を下ろした。


そして、


小さな声で言った。


「人間だ」


「じゃあ、助ければいい」


「違う」


「何が違う?」


「もう、


人間として数えられていない」


ゆうさくの背中に、


寒気が走った。


---


帰り道。


村人は一言も喋らなかった。


山を下りる途中、


ゆうさくは尋ねた。


「森川は死んでるのか?」


「分からない」


「宮本は?」


「分からない」


「三浦は?」


「分からない」


「田中は?」


そこで、


村人が止まった。


「……まだ生きている」


ゆうさくは振り返った。


「じゃあ、助けられるだろ」


村人は、


首を横に振った。


「助けたら、


この村が終わる」


「神が?」


村人は答えなかった。


ただ、


小さく呟いた。


「神は、


村人も許さない」


---


夕方。


御堂家に戻ると、


源一が待っていた。


「見たか?」


「……はい」


「何を?」


ゆうさくは答えなかった。


源一は、


ゆうさくの目を見る。


「中を開けたか?」


「開けてません」


「ならいい」


ゆうさくは一歩近づいた。


「村長」


「なんだ」


「森川たちは……生きてます」


源一の顔が、


一瞬だけ歪んだ。


「それがどうした」


「助けないんですか?」


「助けられない」


「なぜ?」


「決まっているからだ」


「誰に?」


源一は黙った。


ゆうさくは続けた。


「神ですか?」


源一の指が、


わずかに震えた。


「二度とその言葉を、


私の前で口にするな」


それだけ言うと、


源一は背を向けた。


だが、


ゆうさくは見た。


源一の右手。


そこには、


爪が食い込むほど強く握られた拳。


震えていた。


---


その夜。


刑務所へ戻ったゆうさくは、


黒田にすべて話した。


森川。


宮本。


三浦。


田中。


片桐。


古い囚人たち。


山の倉庫。


「……生きていた」


黒田は目を閉じた。


「そうか」


「どうして助けない?」


「助けられないからだ」


「村長も同じことを言った」


黒田は、


しばらく黙っていた。


「なら、


お前も分かっただろう」


「何を?」


黒田が窓を見る。


その向こうに、


八つ目の仮面。


「この村の人間は、


囚人を殺すことを恐れているんじゃない」


「……」


「殺さないことを恐れている」


ゆうさくは言葉を失った。


黒田は続けた。


「祭りの日、


生贄を出さなければならない」


「出さなかったら?」


「村人が死ぬ」


「神に?」


「そうだ」


「だったら……」


ゆうさくは拳を握った。


「神なんて信じなければいい」


黒田がゆっくり首を振った。


「それができた村人は、


もういない」


そのとき。


刑務所の外から、


鐘が鳴った。


ゴォン。


一回。


ゴォン。


二回。


ゴォン。


三回。


そして、


今まで聞いたことのない音が続いた。


四回。


五回。


六回。


七回。


八回。


ゆうさくは窓を見る。


村のすべての家から、


人が出てきていた。


老人も。


女も。


子供も。


全員、


空を見上げている。


誰一人、


動かない。


そして――


神社の方から、


一人の少女が走ってきた。


白い服。


白い仮面。


美月だった。


彼女は刑務所の前で立ち止まる。


息を切らしながら、


ゆうさくを見た。


そして、


震える声で叫んだ。


「ゆうさく!」


「美月?」


「逃げて!」


その瞬間。


村中の灯りが、


一斉に消えた。


完全な闇。


そして闇の中から、


何千人もの声のような音が、


重なって聞こえた。


――ゴメンナサイ。


――ゴメンナサイ。


――ゴメンナサイ。


ゆうさくは、


その声を聞いた。


村人たちが、


神に謝っている。


何かを恐れながら。


何かを待ちながら。


そして、


暗闇の中で、


一つだけ明かりがついた。


神社。


その鳥居の前に、


八つの仮面が並んでいた。


七つは、


人間の顔。


最後の一つだけが――


人間ではない何かの顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。