第13話 七人目
朝。
ゆうさくは、枕元の紙を何度も見返していた。
『今年の七人目は、お前だ』
紙を裏返す。
何もない。
名前もない。
筆跡から誰が書いたのかも分からない。
ただ一つ。
紙には、御堂家の印が押されていた。
ゆうさくはそれを握り潰した。
「……俺が七人目?」
昨夜、黒田は言った。
今年の生贄は七人。
そして森川は、
「一人目」
と書かれた仮面を残して消えた。
なら、
あと六人。
その中に、
自分がいる。
そう考えると、
腹の中が冷たくなった。
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「ゆうさく」
廊下から声がした。
御堂家の使いだった。
「来い」
「どこへ?」
「聞くな」
もう慣れた。
ゆうさくは黙って後をついていった。
向かったのは、
村の中心部。
普段は入ることを許されない建物だった。
「ここに置け」
木箱を渡された。
ゆうさくは箱を持ち上げる。
異様に重い。
中で何かが動いた。
「……何が入ってる?」
使いの男が止まった。
ゆうさくを見る。
「開けたいのか?」
「いや」
「なら運べ」
それ以上は聞かなかった。
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建物の中は、
異様に静かだった。
畳。
古い柱。
壁には無数の仮面。
白。
黒。
赤。
人間の顔を模したもの。
老人。
女。
子供。
笑っているもの。
泣いているもの。
怒っているもの。
そして、
どれも目の部分だけが黒く塗り潰されていた。
ゆうさくは箱を置いた。
その瞬間、
奥から声が聞こえた。
「今年は七人」
御堂源一だった。
「はい」
答えたのは神主の榊原。
「去年より一人多い」
「神のお告げです」
「……本当にそう思うか?」
ゆうさくの足が止まった。
村長が、
神を疑っている。
初めて聞いた。
榊原が低い声で答える。
「疑ってはいけません」
「疑っているのは私ではない」
御堂の声が震えていた。
「私たち全員だ」
沈黙。
ゆうさくは息を殺した。
「今年は……」
御堂が続ける。
「多すぎる」
榊原が答えた。
「逆らえば、村が消えます」
「分かっている」
「だから従うしかない」
「……分かっている」
その会話は、
ゆうさくが知っていた村人の姿とは違っていた。
普段の村人は、
囚人を恐れない。
銃も刀も、
当たり前のように持っている。
人を殺すことにも躊躇しない。
なのに。
神の話になると、
声が震える。
まるで、
自分たちも何かに脅されている。
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「おい」
突然、背後から声がした。
ゆうさくは振り返った。
御堂が立っていた。
「聞いたか?」
「……何をですか?」
「余計なことを聞くな」
ゆうさくは頭を下げた。
「はい」
御堂はしばらくゆうさくを見ていた。
「お前」
「はい」
「昨日、白石美月と話したな」
心臓が跳ねた。
「……はい」
「近づくな」
「理由は?」
御堂の目が変わった。
「それを知る必要があるか?」
「ありません」
「なら覚えておけ」
御堂は一歩近づいた。
「美月に近づくと、お前を守れない」
「……村長でも?」
御堂は答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
村長でさえ、
美月に関しては自由にできない。
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建物を出たところで、
美月が立っていた。
「ゆうさく」
「美月……」
彼女は周囲を確認した。
「今、何をしてたの?」
「荷物を運んでた」
「そう」
美月は安心したように息を吐いた。
「なら、いい」
「なあ」
「何?」
「祭りって……何なんだ?」
美月の顔が曇る。
「知らないほうがいい」
「でも、森川が消えた」
「……」
「今年は七人だって」
美月は黙った。
「俺も選ばれるかもしれない」
その言葉に、
美月の指が震えた。
「……誰から聞いたの?」
「黒田さん」
美月は首を振った。
「違う」
「何が?」
「黒田さんが言ったのは、人数だけ」
ゆうさくは黙った。
「七人目がお前だなんて、誰にも分からない」
「じゃあ、この紙は?」
ゆうさくが紙を見せる。
美月の表情が、
一瞬で変わった。
「……それ」
「知ってるのか?」
美月は紙を掴んだ。
そして、
震える手で裏返した。
「この印……」
「御堂家の印だろ?」
「違う」
美月が顔を上げた。
「これは御堂家の印じゃない」
「じゃあ何だ?」
美月は答えなかった。
ただ、
紙を破った。
細かく。
何度も。
「美月?」
「捨てて」
「何で?」
「お願い」
彼女の目には、
明らかな恐怖があった。
ゆうさくは初めて見た。
村人ではない。
美月自身が、
何かを恐れている。
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その日の夜。
食堂では、
囚人たちがざわついていた。
「また来たらしいぞ」
「誰が?」
「新入り」
ゆうさくは玄関を見る。
昼間の男。
田中誠。
まだ何も知らない。
何も分かっていない。
その顔を見て、
ゆうさくは自分がここへ来た日のことを思い出した。
「なあ」
ゆうさくは声をかけた。
「何歳?」
「……32です」
「罪は?」
田中は少し黙った。
「強盗です」
三浦が笑った。
「よかったな」
「え?」
「ここじゃ、強盗なんて普通だ」
田中が戸惑う。
「じゃあ、ここって……」
誰かが言った。
「お前、まだ何も知らないんだな」
田中がゆうさくを見る。
「ここから出られるんですか?」
ゆうさくは答えられなかった。
その質問は、
自分も何度も考えた。
東の門。
山。
壁。
外の世界。
母親。
妹。
弟。
父親。
祖父。
そして、
普通の生活。
もし、
ここから出られるなら。
もし、
やり直せるなら。
そんな考えが、
一瞬だけ頭をよぎる。
だが、
それを考えた直後。
外から、
銃声が響いた。
パンッ。
全員が黙る。
もう一発。
パンッ。
誰も窓に近づかない。
田中だけが立ち上がった。
「何ですか?」
誰も答えない。
やがて、
外から村人の声が聞こえた。
「一人、選ばれた!」
その声が、
夜の村に響く。
「一人目が決まった!」
田中が震える。
「何の……一人目?」
黒田が静かに言った。
「座れ」
「でも……」
「座れ」
田中は座った。
しばらくして、
外が静かになる。
そして、
刑務所の玄関が開いた。
仮面をつけた村人が二人入ってくる。
その手には、
木札があった。
「選定結果を伝える」
全員が息を止める。
村人が木札を読み上げる。
「第一番――」
一瞬の沈黙。
「宮本浩二」
宮本の顔から血の気が引いた。
「……俺?」
村人は頷いた。
「明日の朝、迎えに来る」
「待て」
宮本が立ち上がる。
「俺は御堂家に協力してる」
「関係ない」
「俺は……!」
村人が刀に手を置いた。
宮本は言葉を失った。
その瞬間。
ゆうさくは気づいた。
御堂家の犬になれば、
自分は守られると思っていた。
食事が増えた。
村を歩けるようになった。
祭りから外された。
命令に従えば、
生き残れる。
そう思っていた。
だが――
宮本も、
かつては村に協力していた。
それでも、
選ばれた。
宮本が膝をつく。
「……嫌だ」
誰も助けない。
「頼む……」
誰も動かない。
「俺は死にたくない」
村人は、
何の感情も見せずに立っている。
ゆうさくは思った。
自分も、
ああなるのか。
そのとき。
村人が木札をもう一枚取り出した。
「第二番――」
ゆうさくの心臓が、
大きく跳ねた。
村人の視線が、
ゆっくりとこちらへ向く。
そして――
木札に書かれた名前を、
読み上げた。
「――三浦修司」
三浦の顔から、
怒りが消えた。
初めて見せる、
本物の恐怖だった。




