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閉鎖された巨大集落にある刑務所で  作者: こうた


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第11話 消える人数



朝。


ゆうさくは、目を覚ます前から自分がどこにいるのか分かっていた。


湿った布団。


古い木の匂い。


遠くから聞こえる、村の鐘。


そして――


腹の奥に残る、昨日の米の感触。


いつもの食事より、明らかに多かった。


御堂家の命令を受けるようになってから、食事だけは少し変わった。


薄い粥が、少し濃くなった。


米粒が増えた。


魚が一切れつく日もある。


たったそれだけだった。


けれど、以前のゆうさくにとっては、それが「自由」の代わりになっていた。


「起きろ」


廊下から声がした。


ゆうさくは身体を起こした。


扉を開けると、仮面をつけた男が立っている。


黒崎だった。


祭りの責任者。


そして、御堂家の命令を実際に伝える男。


「今日は倉庫」


「何をすれば?」


黒崎は答えなかった。


ただ、一枚の紙を差し出した。


そこには数字が並んでいた。


米。


野菜。


魚。


薪。


そして――


人。


ゆうさくの目が止まった。


「これは……」


「お前には関係ない」


紙を取り上げられた。


黒崎は背を向けた。


「ついてこい」


ゆうさくは黙って歩いた。


最近、分かってきたことがある。


この村では、


質問すること自体が罪ではない。


答えを求めることが罪なのだ。


――知ろうとするな。


それが、この場所の暗黙のルールだった。


---


倉庫は、村の外れにあった。


巨大な木造建築。


中には大量の食料が積まれている。


ゆうさくは驚いた。


刑務所に届く食料の量とは比べものにならない。


米袋。


乾物。


缶詰。


肉。


魚。


野菜。


それだけではない。


薬まであった。


「これ……全部、刑務所に来たものじゃないのか?」


思わず口に出した。


黒崎が振り返る。


「来たものだ」


「じゃあ、なんで……」


「村に必要だからだ」


それだけだった。


ゆうさくは言葉を失った。


刑務所の囚人たちが痩せている理由を、改めて理解した。


食料がないわけではない。


ある。


ただ、


自分たちのところに来ないだけだ。


「運べ」


黒崎が指差した。


ゆうさくは米袋を担いだ。


重い。


それでも、以前より身体は動く。


食事が少し増えただけなのに。


人間の身体は、こんなにも簡単に変わる。


そのことが、妙に恐ろしかった。


---


昼過ぎ。


倉庫の裏で、ゆうさくは美月を見つけた。


彼女は一人でいた。


白い仮面を胸元に抱えている。


ゆうさくを見ると、少しだけ笑った。


「……仕事?」


「ああ」


「大変そう」


「慣れてきた」


美月はゆうさくの手を見る。


擦り傷があった。


「怪我してる」


「これくらい」


「見せて」


美月が近づいた。


ゆうさくは反射的に手を差し出した。


その瞬間だった。


――ガンッ。


遠くで何かが倒れた。


振り返る。


村人が一人、こちらを見ていた。


仮面の奥から、明らかな殺意が向けられている。


一人。


二人。


三人。


いつの間にか、数人の村人が集まっていた。


美月の表情が変わった。


「……離れて」


「え?」


「今すぐ」


美月が小さく後退する。


ゆうさくも一歩下がった。


すると、村人たちの視線が少しだけ緩んだ。


三浦たち囚人に向けられるものとは違う。


ただの嫌悪ではない。


憎悪。


まるで、


触れてはいけないものに触れた人間を見る目だった。


ゆうさくは美月を見る。


「俺が近づくと……なんで?」


美月は答えなかった。


ただ、


「あなたは、私に近づかないほうがいい」


そう言った。


「俺が危ないのか?」


美月は首を横に振った。


「違う」


そして、


村人たちを見た。


「この村が、あなたを殺す」


---


その日の夕方。


刑務所へ戻ると、空気がおかしかった。


囚人たちが妙に静かだった。


三浦が壁にもたれている。


「何かあった?」


ゆうさくが聞く。


三浦は答えない。


代わりに、高橋が小さな声で言った。


「また一人、消えた」


ゆうさくの足が止まった。


「誰?」


「森川」


26歳。


刑務所で一番若かった囚人。


昨日までいた。


今朝も見た。


「どこへ?」


高橋は笑わなかった。


「分からない」


「逃げたんじゃ……」


「違う」


低い声だった。


黒田が言った。


「逃げたなら、騒ぎになる」


全員が黙った。


「ここでは、逃げた人間を追いかける奴はいない」


黒田はゆっくり立ち上がった。


「なぜなら――」


その先を言わなかった。


ゆうさくは、以前聞いた言葉を思い出した。


――逃げたんじゃない。


――消えたんだ。


「黒田さん」


「なんだ」


「消えた人間は……どこへ行く?」


黒田はゆうさくを見た。


長い沈黙。


そして、


「今夜、鐘が鳴る」


「鐘?」


「三回だ」


黒田はそれ以上言わなかった。


---


夜。


刑務所の窓から、村を見る。


暗闇の中に、無数の灯りが浮かんでいる。


村人たちが歩いていた。


全員、仮面。


全員、無言。


やがて――


ゴォン。


鐘が鳴った。


一回。


囚人たちの動きが止まる。


ゴォン。


二回。


誰も喋らない。


そして――


ゴォン。


三回。


その瞬間。


村のすべての明かりが、


一斉に消えた。


完全な闇。


ゆうさくは窓に張り付いた。


何も見えない。


その直後だった。


遠くから、


何かを引きずる音が聞こえた。


ズ……


ズ……


ズ……


そして、


小さな声。


「……助けて」


ゆうさくの身体が強張る。


聞き間違いではない。


確かに聞こえた。


「助けて……」


隣にいた黒田が、ゆうさくの肩を掴んだ。


「見るな」


「でも……」


「見るな!」


珍しく、黒田が声を荒らげた。


ゆうさくは振り返った。


黒田の顔は青ざめていた。


「何なんだよ……」


黒田は答えない。


その代わり、


刑務所の奥を指差した。


そこに、


一つの扉があった。


普段は誰も近づかない扉。


ゆうさくは初めて気づいた。


扉には、


古い木札が掛かっている。


そこには、こう書かれていた。


「祭具」


ゆうさくの背中に、冷たいものが走った。


そのとき。


扉の向こうから、


コン。


コン。


と、


三回。


誰かが叩いた。


黒田は目を閉じた。


「……今年も始まった」


「何が?」


黒田は答えなかった。


ただ、


震える声で言った。


「人数を数えるんだ」


「え?」


「祭りの前には、必ず数える」


黒田がゆうさくを見る。


「村人の数じゃない」


一拍。


「囚人の数だ」


その瞬間。


廊下の奥から、


別の音が聞こえた。


扉が開く音。


ギィィィ……


誰も触れていないはずの「祭具」の扉が、


ゆっくりと開いていく。


暗闇の向こうから、


何かが転がってきた。


コロ……


コロ……


ゆうさくの足元で止まる。


それは――


森川の仮面だった。


しかし、


仮面の裏側には、


赤い文字が一つだけ書かれていた。


「一人目」


ゆうさくは息を呑んだ。


そして、その瞬間。


刑務所の外から、


村長・御堂源一の声が響いた。


「次は――」


静かな声だった。


けれど、


刑務所全体に届いた。


「誰にする?」


ゆうさくは理解した。


ここでは、


囚人が消えることは事故ではない。


偶然でもない。


誰かが、


選んでいる。


そして――


次に消える人間を決めるのは、


村人たちだった。

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