第13回|軍隊は戦争だけを意味しなくなった
【連載】
あの時、日本はどう動き、どう変わったのか?
― 自衛隊の軍隊化と国家転換への歩み ―
『皐月事変』以前、日本社会において「軍隊」という言葉は、単純だった。
戦争のための組織。
あるいは、
戦争を抑止するための組織。
確かに、それまでの実際の活動は災害対処や海外のPKO活動などが殆どで、戦闘行為が頻発していたわけではない。
しかし、少なくとも、軍隊という組織の本質について、多くの人々はそう理解していたはずだった。
だが『皐月事変』以後、日本社会は別の形で軍を経験することになる。
「荷物の行き先を決める軍」
である。
これは比喩ではない。文字通りの話だ。
2028年頃、神戸港では自衛隊員が配送優先順位の決定に関与していた。
理由は単純だった。それを決められる組織が他になかったからである。
港には荷物がある
配送先の候補もある
トラックも燃料もある
しかし物流会社は「客先に確認が取れない」と言う。
受注した企業は「発送処理システムにアクセスできない」と言う。
行政は「管轄外の判断はできない」と言う。
岸壁には荷物が積み上がっていた。
クレーンも動く。
フォークリフトも待機している。
トラックも並んでいた。
動けない理由は設備ではない。
「この荷物を先に出してよい」と決める者がいなかったのである。
現場には判断を待つ人だけが増え、判断する人だけが存在しなかった。
誰も決めない。
荷物は岸壁に積み上がる。
そこへ自衛隊員が入ってくる。
状況を確認し、優先順位をつけ、動かし始める。
今日届いた燃料を病院へ回すのか。
発電所へ送るのか。
避難所へ優先するのか。
港へ残すのか。
一つの判断で、その日の地域全体の動きが変わる。
それは行政判断にも見えた。
物流管理にも見えた。
だが現実には、迷彩服を着た隊員達が、その決定を引き受けていた。
これは戦闘ではない。だが軍の行動様式だった。
そしてその行動の正当性は、「やらなければ社会が止まる」という事実だけに拠っていた。
後年、一部論者は2028年以後の接続維持軍を「巨大インフラ公社」のように説明した。
だが私は、その表現には強い違和感を持っている。
なぜなら、現場で見た彼らは、やはり軍だったからである。
命令系統で動く
武装している
拒否できない権限を持つ
そして何より、その場で判断し、動ける組織だった
本紙写真資料には、2028年頃の記録が大量に残っている。
燃料ドラムを運ぶ隊員
配送リストを確認する車列
給水の優先地区を割り付ける担当者
それらの作業は、いかにも民生的に見える。
写真だけを見れば、それは災害復旧の記録にも見える。
隊員達は住民へ水を配り、荷物を積み替え、配送表へ印を付けている。
だが、その一枚一枚を注意深く見ると、必ず小銃を携行した警備員が写っている。
判断には、常に武力による裏付けが伴っていた。
そこに私は、災害対応とも行政とも違う、「軍」という組織の本質を見たのである。
これは災害ボランティアではない。
軍である。
本紙論壇欄資料には、2029年掲載の興味深い投稿が残っている。
地方大学教員による短い寄稿だった。
「我々は知らぬ間に、軍に"何を誰に渡すか"を決めてもらう社会を作ってしまった。」
「これは平和の問題でも戦争の問題でもない。」
「社会の意思決定をどこに置くか、という根本の問題である」
当時、この文章は大きな反響を呼んだ。
なぜなら、多くの人々が既にその感覚を共有し始めていたからである。
問題は、人々がその状況を受け入れてしまったことだ。
理由は単純だった。
実際に動いていたからである。
荷物は届いた
水は出た
電気は配分された
軍が判断を引き受けている間、社会は回っていた。
そしてその「回っている」という事実が、問いを沈黙させていった。
2028年以後の軍隊化とは、「軍ではなくなった」のではない。
「軍が担う範囲が、戦闘から意思決定へ広がった」のである。
私は後年になってようやく気付いた。
当時、人々が受け入れたのは軍隊ではない。
「決めてくれる誰か」だったのである。
その役割を偶然、自衛隊が担った。
もし同じ能力を持つ別の組織が存在したなら、社会はその組織へ同じ役割を求めていただろう。
つまり問題は、軍隊だった事だけではない。
判断を引き受けられる組織が、そこしか残っていなかった事だったのである。
2040年現在、若い世代の中には「軍が物流や配分を担うこと」へ違和感を持たない人間も増えている。
だが私は、あの頃を知る人間として、やはり考えてしまう。
その境界線は、どこで引けるのか。
そして我々は本当に、あの時別の選択ができなかったのだろうか。
【次回掲載予定】
第14回「海は静かに戦場と化した」
陸の問題は海上へも波及した。
「港は開いていた。船も来ていた。しかし機能しなかった」
そして海の上では、その判断の空白を埋める実力者が必要になった。
HG首都新聞にて先行公開中
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