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日本の変化に想う  作者: 逢場学
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12/20

第12回|父は帰ってこなかった

【連載】

あの時、日本はどう動き、どう変わったのか?

― 自衛隊の軍隊化と国家転換への歩み ―

『皐月事変』以後の日本社会を語る時、我々はしばしば制度や統計の言葉を使う。だが実際には、その変化はもっと小さな場所から始まっていた。家庭である。


2027年当時、既に自衛隊は事実上の


「判断代行組織」


と化していた。


港湾の荷役指示地域への物資配分決定電力配給の優先順位付け


それらは本来、民間組織や自治体の運用で処理されるはずの仕事だった。しかし通信が途絶え、確認手段が消えた結果、それを「引き受けられる組織」として自衛隊が機能し始めた。


その結果、多くの隊員達は任務の長期化に見舞われ、当然、帰宅できなくなる。

後年、「接続維持初期運用期」と呼ばれる時代である。


だが当時、それはまだ"非常時対応"として扱われていた。皆、いずれ終わると思っていたのである。


私は2028年秋、神戸港近郊で、隊員の家族に取材している。

そこでは、子供達が「父の仕事」を正確には理解していなかった。


父は何処にいるのか父は何をしているのか


判らない。


『皐月事変』直後は、帰宅できていた隊員も少なくなかった。

しかし燃料節約と即応体制の維持から、次第に基地宿舎で生活する者が増えていく。

大人達は、その事情を理解していた。

だが子供達には、その理由は分からない。

ただ、父が家へ帰ってこなくなった。

それだけが、子供達にとっての現実だった。


本紙取材メモには、当時七歳の少女の言葉が残っている。


「お父さんは、みんなに安心してもらう事をしてるんだって。」


その短い言葉を、私は今でも忘れられない。


重要なのは、この時代の隊員達が担っていた仕事は、至って平凡だった点である。

彼らが担っていたのは、現在のような危険な任務とは程遠い、もっと地味で、しかし社会にとって不可欠な仕事だった。


現在のように海上で武力衝突が続いていた訳でもない。

戦死者が日常的に報じられる時代でもない。


少なくとも、人々はまだそれを戦争とは思っていなかった。

しかし実際には、彼らの判断で港の荷物が動き、水が流れ、街の生活が続いていた。

彼らが担っていたのは、


社会を止めないための接続


だったのである。


「この倉庫の荷物を、どこへ優先するか」の伝達「この地区への配水を今日始めてよいか」の確認


本来は役所や企業の管理部門がやるべき判断を、確認手段がないという現実に直面し、彼らがそのまま引き受けていた。


だからこそ、社会はその長期化を受け入れてしまった。

当時の感覚であれば、もし起こっている事象が明確な紛争だったのなら、もっと強い拒絶も生まれていただろう。

だが2028年当時、人々は彼らの行動を「生活の決定を代わりにやってもらっている」としてしか見ていなかった。

ここに、後の接続維持軍成立の複雑さが存在する。


彼らは家族を守るために家を空けた。

そして残された家族もまた、「仕方がない」と言い聞かせながら、その役割を受け入れていった。

家庭もまた、社会を支える一部になっていたのである。


現在、一部研究者達は2027年以後の日本を「判断の依存構造」と表現する。

この言葉は、単に社会現象だけを意味しない。

家庭そのものが、「判断と安心を届ける者を送り出す」装置として、社会システムに組み込まれていったのである。


今振り返って本紙生活面の記録を読み返すと、2029年掲載の短い記事が残っている。

港湾地域の小学校で行われた作文展示会についての記事だった。

作文そのものは、ごく普通の入選作品として紹介されていた。

教師も保護者も、その文章を静かに見守っていた。

私だけが、その一文の重さに立ち止まってしまった。その中に、ある児童の文章が引用されている。


「お父さんは、みんなが困っている時に助けてあげる仕事をしています。早く帰ってきてほしいけど、みんなのためだから、しかたないと思います」


当時の私は、その文章を読んで強い違和感を覚えた。子供が「しかたない」を覚え始めていた。


それは本当に、健全な社会だったのだろうか。


その問いは、今でも私の中に残っている。


本稿執筆にあたり、本紙旧生活面保存資料、神戸港仮設住宅地域聞き取り記録、2028〜2029年地域作文保存紙面の提供を受けた。

ここに感謝を記したい。



【次回掲載予定】

第13回「軍隊は戦争だけを意味しなくなった」

武器を持った組織が、荷物の行き先を決める社会。

これは戦闘ではない。だが軍の行動様式だった。

平時との境界はどこで引けるのか。


HG首都新聞にて先行公開中

https://holygrace.jp/hgcn/

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