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王立劇場で十二年間、名無しの代役でしたが、外れ役紋【空白】で旅一座を始めます~訳あり役者の舞台は今日も満員です~  作者: やまご


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第48話 世界でいちばん大きな小劇場

「三百席を、六つに分けます」


 リヴィアは地面へ引かれた円の中に、六つの小さな扇形を描いた。


 一つの客席は五十席。


 客席と客席の間には、人が二人並んで通れる道を六本取る。規定より二本多い避難路になる。


 百二十枚の板は、大きな四角い舞台にはしない。


 六つの客席を囲む細い輪と、中心へ延びる三本の道に分ける。役者は客席の前だけでなく、横と後ろも通る。


「舞台袖はどこですか」


 ファナが図をのぞき込む。


「ありません」


「着替えは?」


「外周に六か所、小さな待機幕を作ります。次の場面に一番近い場所を使ってください」


「逃げ込める袖がないのですね」


「私にもありません」


 どの席からも、役者の背中が見える。


 正面を一つに決めず、向きを変えながら台詞を渡さなければならない。


「元の演出は、ほとんど使えません」


 ノアは第三十七舞台の配置図へ、横線を引いた。


 リヴィアは、完成稿まで書き換えるのかと身構えた。


「台詞は残します」


 ノアが言う。


「変えるのは私が指定した立ち位置です。台本に書いたからといって、守る価値があるとは限りません」


 六年前の十四頁を残すことと、昨日決めた立ち位置へ固執することは違う。


 彼は白紙へ六つの客席を書き直した。


「門番は、どこから登場したいですか」


 以前なら、脚本家が決めてくださいと答えていた。


 リヴィアは、円の中央ではなく、入口から最も遠い三脚を指した。


 〈青い天幕〉が最初から持っていた椅子だ。


「客席から始めたいです」


「理由は?」


「門の内側にも外側にも、まだ立てない人だからです」


 ノアは、その答えを新しい配置図へ書き入れた。


 ――門番リヴィア、三百番席の横から登場。


 役名の隣に、彼女の名があった。


 作業が始まった。


 まず、ダガンが広場の高低を測る。


 水の残る低い場所へ椅子を置かず、外周に浅い排水溝を掘る。祭りが終われば埋め戻す条件で、管理官の許可も取った。


 六つの客席区画には番号別の色縄を張る。


 石工の長椅子は、脚の下へ平石を入れ、四人分の印が消えない向きで固定した。高さのある赤い劇場椅子は後列へ、低い腰掛けは前列へ置く。


 平らな入口に近い四席は、段差を越えにくい観客のために空けた。


「通路へ脚が出ています」


 カイが一脚を止める。


「少しくらいなら通れる」


 運んだ男が押し込もうとする。


 ダガンは自分の義足を、その椅子の脚へ当てた。


「俺は引っかかる」


 一脚を減らすのではなく、同じ区画の後列を詰め直した。


 五十分かけて、三百席すべてが六本の道から離れた。


 舞台板は地面へ直接置かない。


 短い角材を並べ、その上に板を渡す。継ぎ目には白い線を引き、役者が暗くなっても段差を見分けられるようにする。


 五本の綱は板の下を通し、出口と交差しない五か所へ出した。


 門を動かす力は一つの場所からではなく、円の各所から届く。


 床がつながると、五人だけで動きを確かめた。


 リヴィアが一つ目の客席へ台詞を渡している間に、ファナは反対側から歌いながら次の場面へ移る。


 二人は南の通路で正面からぶつかった。


「本番なら、どちらが避けますか」


 リヴィアが尋ねる。


「主演を避けます」


「役ではなく、進行方向で決めましょう」


 輪の舞台は、原則として右回り。


 逆へ動く必要がある者は、白い印のある三か所で待ち、相手が通り過ぎてから横切る。小道具を持つ者と影絵を運ぶ者にも、同じ決まりを適用した。


 ノアは客席の区画を一つずつ移り、台詞が届くかを確かめる。


「二番区画、最後の言葉が聞こえません」


 大勢へ叫ぼうとすると声が詰まるため、停止の指示は白板に書き、ヨシュが反対側へ掲げた。


 リヴィアは声を大きくせず、歩みを二歩遅らせる。身体を二番区画へ開き、言葉の終わりまで顔を動かさない。


 今度は届いた。


 正面を六つ作るのではない。


 一つの台詞を受け取った客席が、次の客席へ視線を渡せる間を作る。


 ノアは完成稿の台詞を削らず、余白へ歩数と向きだけを書き加えた。


 門番。


 歌い手。


 影を運ぶ者。


 綱を引く者。


 どの仕事にも、客席から見えなくなる瞬間はなかった。


 ダガンが砂袋を載せ、一本ずつ床を検査した。


 三十二枚目で、乾いた音がした。


「止めろ」


 板の裏に、表から見えない亀裂が走っていた。


 使える板は百十九枚になる。


 予備は、まだ届いていない。


「中央の台をなくします」


 リヴィアは配置図にあった四枚分の四角を指した。


 終幕で、門番が一人だけ高い場所へ立つための台だった。


「そこは主演を見せる場所です」


 エナが言う。


「主演だけを高くする必要がありません」


 四枚を外せば、壊れた一枚を替えても三枚残る。


 ノアは中央の台へ線を引いた。


「門番は、最後まで皆と同じ高さに」


「はい」


 空いた中心には、舞台を置かなかった。


 泥の上へ、鍵を持たない門の枠だけを立てる。八本の支柱を外周の重しへ固定し、そこから細い布を中心の門へ伸ばした。


 トワの影は、一枚の大きな幕には映さない。


 六つの白布へ順番に映し、石工、伝令、兵士、舟乗り、子どもたちの姿が、客席の周りを一周する。


 朝日が当たる東側は自然の光を使う。陰になる三面だけ角灯を影箱へ入れ、布から三歩以上離す。


 残りの灯りは、出入口と足元を示すために使った。


 灯りの横には消火砂と水桶。


 トワは、鐘が聞こえない自分にも中止が分かるよう、六つの待機幕へ赤い布を置いた。


 鐘が三回、または赤い布が上がれば、台詞の途中でも止まる。


「観客への合図は、これです」


 トワが青、白、赤の札を掲げる。


 青は、両手を開く。


 白は、ファナの短い旋律を繰り返す。


 赤は、参加を止めて出口を見る。


 さらに、札を上げる前には必ずトワが胸へ手を置く。


 それが「次に合図が来る」という予告になる。


 視線を別の場所へ向けていた観客も、隣の者の動きから気づけるよう、同じ予告を六つの区画の案内係が繰り返す。


 声を出せない者、歌いたくない者は、何もしなくてよい。


 案内にも、その一行を必ず入れた。


「お客さんに稽古をさせるのですか」


 ファナが尋ねる。


「開演前に一度だけ。三十秒で終わる形にします」


「三百人が違う音で歌ったら?」


「あなたが合わせるのではなく、次の区画へ渡してください」


 正しく歌わせるのが目的ではない。


 六つの客席で違って聞こえた旋律が、最後に一つの門へ届けばよい。


 ファナは輪の舞台を走り、区画ごとに歌い出す位置を試した。


 トワは反対側から札を上げる。


 二人の合図が一度ずれた。


 もう一度試し、今度はノアが中央から見て、どちらの合図も隠れる席を見つけた。


 トワの札を二組に増やし、ヨシュが反対側で同じ動きをする。


 見えない場所を一つずつ減らした。


 臨時検査まで、一時間。


 五十二人の作業者が観客役として席へ座る。


「火災。東側二番出口は使用不能」


 管理官が予告になかった条件を出した。


 鐘が三度鳴り、同時に赤い布が六か所で上がる。


 作業者たちは近い出口へ殺到しかけた。


「走らない! 青の区画は北へ、白は南へ!」


 エナとミレイが色縄ごとに進路を分ける。


 カイは空いた出口へ人を詰め込まず、次の通路へ送った。


 全員が円の外へ出るまで、三分四十一秒。


 基準の四分以内だった。


 だが、管理官は許可証を閉じたままだ。


「三百人なら、同じ時間では出られません」


「もう一度お願いします」


 今度は作業者が一人六席を担当し、各席に置いた砂袋を持ち上げてから移動する。実際の人数より正確ではないが、通路が詰まる場所は分かる。


 石工の長椅子の角で、二つの区画から来た者がぶつかった。


 椅子を半歩ずらし、誘導係を一人増やす。


 二度目は、三分二十八秒。


 床の荷重。


 支柱の揺れ。


 灯りと布の距離。


 切符確認所から六つの区画までの動線。


 最後に、ダガンが五本の綱を同時に引かせた。


 中央の門は、途中で一度止まり、それからゆっくり開いた。


「装置は使える」


 管理官が風見旗を見る。


 夜明けの風は、基準より弱い。


「開場時に再測定すること。立ち見は入れないこと。条件つきで、臨時舞台として許可します」


 百幕祭第三十七舞台の代替会場。


 円形広場、定員三百。


 許可印が押された。


 開場まで、あと二十分。


 五人は衣装へ着替えた。


 泥のついた裾だけを払い、完全にきれいにする時間はない。


 外には、すでに六つの列ができていた。


 元の指定席は使えないため、全員へ新しい番号札を渡す。屋外への変更を望まない者には、入場前なら全額を返すと告げた。


 返金を選んだ客もいた。


 空いた席は、受付に並んでいた当日客へ同じ値段で売られた。


 共同席の作業者も、台帳と腕の印を照合して中へ入る。


 三百番目の札が渡る。


 六本の入口が閉じた。


 三百席は、すべて埋まっていた。


 幕はない。


 開幕の鐘も、円の中央にはない。


 ノアがリヴィアへ、門番の古い鍵束を渡した。


「どちらを向けばよいでしょう」


 リヴィアが尋ねる。


「あなたが、最初に言葉を渡したい相手へ」


 三百番席の横には、レオがいる。


 その向こうにエッダとゴード。


 別の区画にはサナ、ローデン、ユリクがいる。


 名前を知らない観客も、同じ円を作っている。


 リヴィアは一つの正面を選ばなかった。


 客席の間へ立ち、ゆっくり一周してから、鍵束を掲げた。


「私は、この門を守る者です」


 声は、屋根のない空へ逃げなかった。


 六つの客席が、次の言葉を待っている。


「けれど、この中に、門を開ける鍵は一本もありません」


 トワが青い札を上げた。


 三百人が、教えられたとおり両手を開く。


 朝日の中で、六枚の白布へ無数の手の影が重なった。


 最初の細い光が、リヴィアの〈創演〉から走る。


 光は中央の門へ向かわず、輪になった舞台を一周した。


 世界でいちばん大きな小劇場の幕が、今、上がった。

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