第45話 七つの町で拾った物語
脚本審査会へ、〈青い天幕〉は木箱を一つ運び込んだ。
「提出物は、制作記録一式と伺っています」
審査員が、床へ置かれた箱を見る。
「一式です」
リヴィアは答えた。
「少し多いですが」
向かいの机には、王立劇場の十四頁が置かれている。
茶色い表紙。
王冠の保管印。
六年前の日付。
ベルモンド支配人も、王立劇場側の責任者として出席していた。
「争点を確認します」
三人の審査員の中央に座る老脚本家が言った。
「第一に、王立劇場が旧稿の第一上演権を持つか。第二に、百二十頁の完成稿が旧稿と同一、または無断の脚色と認められるか。この二点です」
最初に調べられたのは、六年前の応募票だった。
保留作品について、王立劇場が第一上演権を持つ。
ノアの署名もある。
「ただし、この下に続きがあります」
審査員が次の行を指した。
保留を決定した場合、応募者へ三十日以内に書面で通知し、規定の保留金を支払う。
通知と支払いの両方をもって、第一上演権が発生する。
「通知の控えは?」
ベルモンドが事務員へ目を向ける。
「ありません」
「保留金の支払い記録は?」
「ありません」
あるのは、審査用の保管印だけだった。
正式な保留決定印ではない。
「保管庫では、保留作品として分類されていました」
ベルモンドが言う。
「分類と契約の成立は別です」
老脚本家が答えた。
「作者へ知らせず、対価も払わず、無期限に上演権だけを得ることはできません」
第一の争点は、王立劇場の主張を認めない。
その場で結論が記録された。
だが、盗用の申立てが消えたわけではない。
旧稿と完成稿が同じ作品なら、百幕祭へ新作として登録できない可能性が残る。
「制作記録を」
求められ、リヴィアは木箱を開けた。
最初に出したのは、六年前の十四頁と同じ時期に、ノアが書いた小さな手帳だった。
王都。
鍵を渡されない門番。
内側と外側、どちらを選ぶか決められないまま、物語は途切れている。
「これは、旧稿と同じです」
リヴィアは認めた。
「私たちは、この十四頁までがノアの旧作であることを隠しません」
ノアが旧稿の作者。
王立劇場は保管者。
そこを曖昧にはしない。
「ですが、完成稿の次の場面は、六年前には存在しませんでした」
二冊目を出す。
グラーデンの稽古帳。
つるはしを持つ英雄ではなく、坑道の外で帰りを待った者たちを主役にした記録。
石切り職人の手形と、最初の満員印の写しが残っている。
完成稿では、閉じた門の前へ最初に来る石工たちになった。
三冊目は、フィオラ。
トワが描いた、声を使わずに物語を渡す手。
風の中で掲げられた百人分の静かな拍手。
完成稿の門番は、門の外にいる者の声が聞こえない。だから、手と影で問いを受け取る。
「この絵は、私が描きました」
トワが署名した紙を、リヴィアが読み上げる。
第四の記録は、グレンツ。
ダガンが書いた舞台の安全図と、濡れた靴を乾かす順番。
英雄が剣を振るう物語ではなく、帰るために靴を乾かし、仲間の数を確かめた人々の芝居。
「完成稿の門番が最初に開けるのは、勝者のための門ではありません」
ダガンが言う。
「全員が帰ったか数えるための、小さな通用口だ」
第五は、レナート。
運河の荷札。
五本の波を渡る舟の舞台図。
役紋も仕事も違う者たちが、一隻の舟を運んだ夜。
完成稿では、鍵のない門を動かすため、五人が別々の綱を引く場面になった。
第六は、ミレナ。
百二十件の支払い台帳。
労働、布、保存食、後払い。
そして、ファナの襟に縫われた青いボタン。
「これは、レオが切符の代わりにくれました」
ファナが、ボタンへ触れる。
「完成稿の子どもが、鍵の代わりに差し出すものです。王立劇場の旧稿には、子どももボタンもいません」
第七は、カーデル。
三つの選択札と、ユリクが作った何も描かれていない札。
『三つの扉』第四結末の公式記録。
百五十二人が、使わなかった選択肢で新しい扉を作った。
完成稿の最後。
門番は、内と外のどちらを選ぶのでもない。
両側の人々へ、門そのものを作り直そうと呼びかける。
〈創演〉の役紋が生まれたあとにしか、書けなかった結末だった。
「七つではなく、六つの町では?」
審査員の一人が尋ねた。
「最初は王都です」
リヴィアは、洗濯屋で書き直した担当表を出した。
エナ。
カイ。
ヨシュ。
ミレイ。
役者と裏方を分けず、自分の仕事へ自分の名を書いた四人。
「旧稿の門番には、名前がありませんでした。今の門番は、門を動かすすべての者へ名前を尋ねます。この場面は、王都へ戻ってから完成しました」
王都から始まり、六つの町を巡り、王都へ戻る。
七つの場所で、同じ問いへ違う答えを拾った。
木箱の中には、それぞれの日付がある。
役所の印。
公演の切符。
稽古で書き直した跡。
一つの完成稿を、あとから七つに分けて見せかけることはできない記録だった。
「完成稿のうち、旧稿と文章が一致する箇所は?」
「冒頭の三行のみです」
ノアが答える。
「題名と三行は残したかった。あの門番が、六年前の私自身だったからです」
「残りの百六頁は?」
「旅のあとに書きました」
「百二十頁から十四頁を引けば、百六頁ですね」
「旧稿十四頁のうち、今の稿に残っている文章は三行だけです。場面として受け継いだ部分を含めても、最初の一場です」
数字を飾らない。
同じものは同じと認める。
違うものは、いつ、誰と生まれたか示す。
審査員たちは二冊を分担し、場面ごとに照合した。
長い沈黙のあと、老脚本家が眼鏡を外す。
「旧稿は、問いを置いて終わっています」
十四頁目には、閉じた門しかない。
「完成稿は、その問いに七つの場所で得た答えを積み重ねたものです。題名と原案者は同じ。しかし、別の制作過程を持つ新作と認めます」
盗用の申立ては棄却。
第一上演権は、ノア・ヴァイスと〈青い天幕〉にある。
百幕祭の新作登録を再開する。
三つの決定が記録された。
ベルモンドは、机に並ぶ品々を見ていた。
「王立劇場なら、一か月で同じ規模の脚本を仕上げられる」
負け惜しみではなく、事実だろう。
多くの役者。
大きな舞台。
専門の職人。
王国中から集まる脚本。
「ですが、この台本にはならないでしょう」
リヴィアが答えた。
「なぜだ」
「王立劇場の中だけでは、青いボタンを切符にした子どもにも、三つとも選ばなかった客にも会えないからです」
設備が作る物語ではない。
有名な役者一人が所有する物語でもない。
旅をし、失敗し、名前を聞いた順番そのものが台本になっている。
ベルモンドは反論せず、古い十四頁を閉じた。
「保管分類の誤りは訂正する。申立ても撤回しよう」
謝罪ではなかった。
それでも、自分たちの誤りを記録から消さずに認めた。
審査員が、完成稿の表紙へ新作受理印を押す。
作者、ノア・ヴァイス。
共同制作、〈青い天幕〉。
取材協力、七つの町で出会った人々。
すべての名前を書ききることはできない。
だから、巻末には、残せる限りの名と仕事を載せることになった。
「契約の返事を聞いていない」
退室する前、ベルモンドがリヴィアへ言った。
期限は今日。
白い契約書は、鞄の中に入っている。
「まだ、今日が終わるまで時間があります」
「何を迷っている。お前が望んだ条件は、すべて与えた」
「はい」
だからこそ、給金や肩書ではなく、自分がどこで何を作りたいかで選ばなければならない。
「今日が終わるまでに、私の言葉で返事をします」
リヴィアは、新作受理印の乾く表紙を抱えた。
百幕祭まで、あと九日。
今度こそ、『まだ鍵を持たない門番』の稽古が始まる。




