↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王立劇場で十二年間、名無しの代役でしたが、外れ役紋【空白】で旅一座を始めます~訳あり役者の舞台は今日も満員です~  作者: やまご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/50

第44話 盗作と呼ばれた新作

「それは、私が書いたものです」


 ノアは、王立劇場の事務員を見た。


「でしたら、なおさら確認が必要です」


 男は百幕祭の受付係へ、差止申立書を差し出した。


 作品名、『まだ鍵を持たない門番』。


 権利保有者、王立劇場。


 申立ての理由は、保有脚本の無断使用。


 短く言えば、盗作だった。


「同じ作者が、自分の作品を盗作するのですか」


 リヴィアが尋ねる。


「作者と上演権の所有者は、同じとは限りません」


 受付係は受理印を箱へ戻した。


「申立てが出た以上、審査が終わるまで新作登録を保留します。双方、こちらへ」


 二人は受付所の奥にある閲覧室へ通された。


 王立劇場の事務員は、持っていた革鞄から薄い台本を取り出す。


 茶色く変色した表紙。


 王冠の保管印。


 その下に、若いころのノアの筆跡で題名が書かれていた。


 『まだ鍵を持たない門番』。


「六年前です」


 ノアが言った。


「従軍記録官を辞めたあと、王立劇場の新人脚本公募へ出しました」


「聞いていません」


「落選した十四頁です。話すほどのものではないと思っていました」


 リヴィアは、責める言葉を一度のみ込んだ。


「返却は?」


「希望しました。返事も台本も届きませんでした」


 古い稿を開く。


 城門を任された若い門番がいる。


 しかし、王は彼へ鍵を渡さなかった。


 門の内側には飢えた町。


 外側には帰る場所をなくした人々。


 門番は、どちらを通すこともできず、閉じた門の前で夜を明かす。


 そこまでで、脚本は終わっていた。


 登場人物は、門番と王の使者の二人。


 舞台となる町に名前はない。


 最後の頁には、結末を書けないまま何本もの線が引かれている。


「今の台本とは違います」


 リヴィアは二冊を並べた。


 〈青い天幕〉の完成稿は百二十頁。


 門の前へ来るのは、石を切る者、風を読む者、靴を乾かす帰還者、荷札のない舟を引く者、椅子を持たない子ども、四つ目の扉を作る観客。


 王は登場しない。


 鍵も、最後まで誰かから与えられない。


「題名と、鍵を持たない門番という設定は一致します」


 事務員が言う。


「冒頭の三行も同じです」


 ――門は閉じている。


 ――鍵はない。


 ――それでも、私はここにいる。


 それは確かに、ノアが六年前に書き、今の稿にも残した言葉だった。


「盗んだのではありません」


 ノアが言う。


「私が書いたから使いました」


「公募規約へ署名しています」


 事務員は、古い応募票の写しを出した。


 応募された脚本は審査のため王立劇場が保管できる。


 保留作品については、王立劇場が第一上演権を持つ。


 ほかの劇場で上演する場合、事前に書面の許可を得ること。


 最下部には、ノア・ヴァイスの署名がある。


「落選ではなかったのですか」


 リヴィアが聞く。


「劇場の記録では、保留です」


「六年間、一度も連絡せず?」


「保留期間の定めはありません」


 返さない。


 上演もしない。


 けれど、ほかで形にすることも許さない。


 作品を舞台に上げず、棚の中へ閉じ込めるための権利だった。


「私の確認不足です」


 ノアが応募票を見つめる。


「保管と、上演権の移転を同じだと考えませんでした」


「分かりやすい規約ではありませんね」


 受付係が言った。


「ですが、ここで有効か無効かを即断はできません」


 百幕祭の規則では、権利争いのある新作を本登録できない。


 三日後に脚本審査会を開く。


 王立劇場は、保有を示す原稿と応募規約を提出する。


 〈青い天幕〉は、現在稿が独立した新作であることを示す制作記録を提出する。


 審査が終わるまで、登録は停止。


「推薦された『みんなで開ける扉』へ戻すこともできます」


 受付係が説明する。


「そちらはカーデルの正式な認可演目です。ただし、新作舞台として確保した三百席の会場は返していただきます。空いている小舞台へ再配置します」


 三百席を失えば、最後の満員印を得られる保証はない。


 それ以上に、盗作の申立てを残したままでは、今後ノアが書く脚本にも疑いがつく。


「王立劇場は、争いたいわけではありません」


 事務員が一通の書面を出した。


 共同上演契約。


 王立劇場が『まだ鍵を持たない門番』の原案所有者。


 ノアは脚色者として名を載せる。


 初演は百幕祭の王立劇場舞台。


 リヴィアが主演し、〈青い天幕〉の四人は協力者として参加できる。


「これへ署名すれば、差止めを取り下げます」


「なぜ、私の契約まで添付されているのですか」


 共同上演契約の下には、首席女優兼上演監督の契約案が重ねられていた。


「あなたの復帰第一作として上演するためです」


「断れば、盗作として争う?」


「別の契約です。ですが、同時に解決する方法を提示しています」


 言葉の上では、脅しではない。


 王立劇場にも、棚で眠らせていた脚本を上演する権利を主張する理由はある。


 百幕祭の大舞台、王立の役者と設備、ノアの名も脚色者として残る。


 条件だけ見れば、悪くはない。


 ただし、完成稿を作った五人と六つの町は、王立劇場が保有する原案へ協力した者になる。


「返事は、審査会まで待ちます」


 リヴィアが言った。


「復帰契約の期限は明日です」


「分かっています」


 事務員は二通の契約書を置き、閲覧室を出ていった。


 扉が閉まると、ノアが古い原稿を見た。


「題名を変えます」


「それで済みますか」


「冒頭も書き直します。門番ではない役にすれば、争われる理由は減る」


「今の物語ではなくなります」


「最後の印を失うよりはよい」


「あなたは、それでよいのですか」


 ノアは答えなかった。


 六年前、結末を書けずに閉じた十四頁。


 旅に出て、ようやく続きを得た百二十頁。


 題名を捨てれば、上演はできるかもしれない。


 けれど、王立劇場が主張しているのは題名だけではない。


 鍵を持たない門番という役。


 閉じた門。


 内と外にいる人々。


 物語の中心そのものだった。


「一つ、聞いてもよいですか」


 リヴィアが言った。


「なぜ、六年前は結末を書けなかったのですか」


「誰を門の中へ入れるべきか、私には決められなかった」


 従軍記録官だったノアは、名簿に載せる者と載せない者を選ぶ仕事をしていた。


 帰還者。


 行方不明者。


 戦死者。


 境目を決める言葉を書くことに疲れ、軍を辞めた。


「門番に、正しい答えを与えられませんでした」


「今は?」


「今も、私一人では書けません」


 だから、六つの町で拾った。


 英雄ではなく、帰る者を待った人々。


 声ではなく、手と影で伝えた人々。


 切符を銅貨以外で支払った人々。


 三つから選ばず、四つ目を作った客席。


「今の結末は、古い原稿の中にありません」


 リヴィアは完成稿を抱えた。


「題名と三行を、あなたは持っていた。でも、その先は私たちが旅をしなければ生まれませんでした」


「それを、どう証明しますか」


 受付係から渡された提出項目には、制作日、原案、改稿履歴、第三者の証言とある。


 〈青い天幕〉には、大きな劇場の所有印も、専属の法律家もいない。


 代わりに、舞台馬車へ積み続けてきたものがある。


 七つの町で書いた稽古帳。


 公演台帳。


 切符。


 影絵。


 観客から受け取った手紙。


 六つの満員印。


「証明できます」


 リヴィアは、まだ受理されていない完成稿を机へ戻した。


「この物語を、私たちだけで作ったのではないことなら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。