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王立劇場で十二年間、名無しの代役でしたが、外れ役紋【空白】で旅一座を始めます~訳あり役者の舞台は今日も満員です~  作者: やまご


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第34話 五つ目の印

「最初に、安全と給金を取ります」


 ダガンが白紙の一番上へ、太い線を引いた。


 ミレナを出る前の夜。


 五人は集会場の机を囲み、今後の料金規定を作っていた。


「安全費は、残ったら利益に戻すのですか?」


 ファナが尋ねる。


「戻さない。次の修理へ積み立てる」


「使わなかったお金なのに?」


「壊れてから集めたのでは遅い」


 車軸の亀裂。


 水を吸った床板。


 解けかけた固定綱。


 事故が起きなかったから不要だったのではない。使わずに済んだこと自体が、安全確認の結果だった。


 第一の規則。


 会場費、安全費、契約報酬、次の町までの食費と飼料を、公演前に必要経費として計算する。


 満員になった場合ではなく、客席の七割しか売れなかった場合でも払える切符代を決める。


「七割なのは、なぜですか」


 リヴィアが聞く。


「これまで満員印を取ってきたからこそ、満員を前提にしないためです」


 ノアが答えた。


「雨、病気、道の封鎖。理由がなくても、客が来ない日はあります」


「五割では?」


「切符が高くなりすぎます」


「八割なら?」


「また満員を当てにします」


「では、七割を試し、三公演ごとに見直しましょう」


 リヴィアが規則へ書き加える。


 絶対に正しい数字ではない。


 だから、失敗しても変えられる期限を先に決めた。


 第二の規則。


 収入を、銅貨だけで数えない。


 ただし、すべてを同じ欄にも入れない。


 現金。


 持ち運べる品。


 公演地で使い終える品や仕事。


 後払い。


 四つを分けて記録する。


「集会場の床を直した仕事は、価値がなかったわけではありません」


 トワが見えるように書きながら、リヴィアが確認する。


「もちろんです」


 ノアは答えた。


「あれがなければ公演できなかった。ただ、次の町へ持っていけない。価値と旅費を、同じ数字にしたのが間違いでした」


 帳簿上では足りている。


 財布の中では足りない。


 二つを混ぜなければ、公演前に気づけたはずだった。


 第三の規則。


 現物交換の席は、原則として全体の四分の一まで。


 必要な品を先に掲示し、量と価値の目安も示す。


 後払いは、全体の一割まで。


 災害や特別な事情で増やす場合は、五人全員が帳簿と不足額を確認して決める。


「一割では、今回のような町で見られない人が増えます」


 ファナが言った。


「増えます」


 ノアは否定しなかった。


「では、無料席を作りませんか」


「誰が払いますか」


「前の町で多く払いたい人がいたら、その分を次の人の席にする」


 レオの母親が、笑った分だと言って布を増やした。


 パン屋の女も、自分で十二個と決めた。


 その余分をすべて一座の利益にするのではなく、誰かの席へ回す方法はある。


 トワが、椅子の背に小さな青い丸を描いた。


 その椅子に座る子どもと、後ろから支える大人の手を加える。


「共同席」


 リヴィアが名づけた。


 誰かが基準額より多く支払ったとき、本人の同意がある分だけ、次の公演の共同席へ積み立てる。


 使われなければ、次の町へ繰り越す。


 一座の赤字を隠すためには使わない。


 共同席がなくても、無料公演を選ぶことはできる。


 ただしその場合は、満員印と収入を得ない公演だと明記し、団員の報酬と移動費をどう確保するか先に決める。


「これなら、無料公演を禁止する規則にはなりませんね」


 リヴィアが言う。


「禁止したかったわけではありません」


 ノアが返す。


「分かっています」


 第四の規則。


 受け取らない物を、今後も明記する。


 本人の物ではない品。


 生活や仕事に欠かせない最後の一つ。


 家族の三日分を下回る食料。


 安全を確認できない作業。


 子どもへ求める修繕や運搬。


 断ることも、取引の一部として記録する。


 第五の規則。


 公演後、予算と実際の収支を五人で確認する。


 成功と赤字を別々に評価する。


 責任を一人へ押しつけず、反対意見も議事録に残す。


 トワが、最後の一行の横へ逃げる座長を描こうとする。


 ノアが先に紙を押さえた。


「絵は不要です」


 トワは反対側へ、財布を抱えて逃げる座長を描いた。


「場所の問題ではありません」


 ファナが笑い、ダガンも口元を緩めた。


 五人が署名する。


 〈青い天幕〉の最初の料金規定ができた。


 夜が更けると、トワ、ファナ、ダガンは先に休んだ。


 リヴィアとノアだけが机へ残り、百二十件の記録を新しい四分類へ書き直した。


 現金は少ない。


 現地で消費した価値は大きい。


 後払いは四件残っている。


 分類すると、なぜ赤字になったのかが、昨日よりはっきり見えた。


「あなたが正しかったです」


 リヴィアが言う。


 ノアのペンが止まる。


「撤退すべきだという判断です。あの時点の帳簿だけを見れば、一座を守るには正しかった」


「では、明日撤退しますか」


「もう公演は終わりました」


「残念です。正しかった時間が短い」


「ですが、町に残ると主張した私も、間違いだけではありません」


「ええ」


 ノアは新しく得た布と通行券を見た。


「私には、銅貨以外の価値が見えていなかった。あなたが押さなければ、青いボタンも、百二十人の客席もありませんでした」


「二人とも、半分ずつ正しく、半分ずつ間違えたのですね」


「合わせれば一人分です」


「あまり頼もしくありません」


「次は、五人分あります」


 リヴィアは笑った。


 言い争った夜、ノアはリヴィアを従わせようとはしなかった。


 失敗が数字になったあとも、彼女一人の責任にはしなかった。


 それが座長として正しいから信頼している。


 これまでは、そう思っていた。


 だが今、向かいに彼がいることへ感じる安堵は、仕事の説明だけでは少し足りない気がした。


 ノアが同じ帳簿へ手を伸ばす。


 二人の指先が、紙の上で触れた。


 ほんの一瞬だった。


 リヴィアは手を引き、必要もないのに帳簿の端をそろえた。


「すみません」


「こちらこそ」


 ノアも、もう一本あるペンを取ればよいのに、しばらく同じ紙を見ていた。


「一つ、規定へ加えてもよいですか」


「何を?」


「意見が割れたとき、一晩置くことです。期限が許す場合だけですが」


「今回のように?」


「はい。あなたと争ったまま結論を出すのは、思ったより疲れました」


「私もです」


「次も、あなたと意見が割れる気はします」


「それは避けられないでしょう」


「その次も?」


「おそらく」


 ノアは、なぜか安心したように笑った。


「では、そのたびに続きを話しましょう」


 次の公演。


 その次の町。


 さらに先の意見の違いまで、二人でいることを前提にした言葉だった。


 リヴィアは、胸の奥がわずかに熱くなるのを感じた。


 役紋は光っていない。


 拍手もない。


 これは舞台の魔法ではなかった。


「はい」


 短く答え、二人は夜明けまでに帳簿を仕上げた。


 翌朝、五人はミレナの役所を訪れた。


 職員は料金規定と支払い台帳を読み、最後の四件が正式な債権として残っていることを確認した。


「有料入場者、百二十名。上演完了。支払い記録に不備なし」


 巡業札が開かれる。


 一つ目は、交差するつるはし。


 二つ目は、風の中に開いた手。


 三つ目は、開いた砦門と車輪。


 四つ目は、五本の波を渡る舟。


 五つ目の円へ、ミレナの印章が押された。


 継ぎ跡のある椅子と、その下を流れる一本の川。


 五つ目の満員印だった。


 期限まで、残り四十二日。


 必要な印は、あと二つ。


 役所を出ると、レオが通りの向こうから走ってきた。


 ファナの襟に青いボタンが残っていることを確かめ、満足そうに手を振る。


 五人も手を振り返した。


 舞台馬車には、食料、飼料、補修布、予備の輪縁。


 机の引き出しには、新しい料金規定。


 次の目的地は、北の劇場都市カーデル。


 古い演目と伝統の役紋を守ることで知られる町だった。


 五つの名前を載せた〈青い天幕〉は、二つの空いた印を残し、次の町へ向けて走り出した。

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