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王立劇場で十二年間、名無しの代役でしたが、外れ役紋【空白】で旅一座を始めます~訳あり役者の舞台は今日も満員です~  作者: やまご


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第22話 三つ目の満員印

 拍手が収まったあと、ローデンはノアへ閉幕の挨拶を求めた。


 ノアは舞台袖に立ったまま、口を開こうとする。


 だが、声は出なかった。


 開演前の二行で、今夜出せる言葉を使い果たしたらしい。


 彼は無理に壇上へ戻らず、首を横へ振った。


 代わりにトワが、最後の絵札を掲げる。


 ――ありがとうございました。


 リヴィア、ノア、トワ、ダガン。


 四人で客席へ頭を下げた。


 誰も、話せなかったノアの代わりに美しい演説を始めなかった。


 必要な言葉は、もう舞台の上にあった。


 祭典役所の職員が、半券を数える。


 町が買い上げた六十席も、実際に兵士と家族が座ったことを一人ずつ確認した。


 途中で帰った者はいない。


 有料入場者、百二十名。


 満員印に必要な人数も、百二十名。


 ぴたりと規定へ届いていた。


 退役兵会の代表が、上演確認書へ署名する。


 前日に反対していた老人だった。


「剣を曲げるところは、今でも好かん」


 彼は正直に言った。


「だが、戻った者を一人で帰した芝居ではなかった。確認済みとする」


 全員が同じ感想になる必要はない。


 最後まで見て、自分の言葉で認めてくれた。それで十分だった。


 ローデンが巡業札を開く。


 一つ目は、交差するつるはし。


 二つ目は、風の中に開いた手。


 三つ目の円へ、グレンツの印章が押された。


 開いた砦門と、その下を通る車輪。


 三つ目の満員印だった。


「町の依頼とは、ずいぶん違う英雄劇になりました」


 ローデンは乾ききっていない印を見下ろした。


「申し訳ありません」


「謝罪を求めたわけではありません。来年、同じ芝居を頼めるか考えていただけです」


 リヴィアが顔を上げる。


「祭りに残すのですか」


「退役兵会と相談します。少なくとも、明日の行進では鎧を着るかどうか、本人に選んでもらうことにしました」


 九年続いた祭りが、一晩ですべて変わるわけではない。


 英雄の旗も、戦勝の鐘も、明日になればまた町に並ぶ。


 それでもパン屋の女は、胸当てを工房へ置いたまま行進へ出られる。


 肩を痛めた門番も、古い鎧ではなく記章だけをつけられる。


 脱ぐことを選べるなら、鎧はもう命令ではなかった。


 翌朝の行進では、古い鎧を誇らしげに着る者と、仕事着に記章だけをつける者が同じ列を歩いた。


 パン屋の女は白い前掛け姿で、兵士ではなく焼きたてのパンを運ぶ係として参加した。


 前日に芝居へ反対した老人は、磨いた甲冑を最後まで脱がなかった。


 どちらも止められない。


 鎧を着ることも、脱ぐことも、ようやく本人のものになった。


 期限まで、残り六十二日。


 必要な印は、あと四つ。


 巡業札の半分近くが、ようやく埋まった。


 観客が帰ったあと、ノアは一人で北門へ向かった。


 リヴィアは追いかけなかった。


 話したいなら、戻ってから話すだろう。


 夜半を過ぎたころ、ノアは舞台馬車へ戻ってきた。


「声は出ましたか」


「誰もいなかったので」


 彼は答える。


「二十三人の名前を、最初から最後まで読んできました」


「そうですか」


 それで過去が消えるとは、リヴィアもノアも言わなかった。


「開演前、代わりに出てこなかったのですね」


「助けてほしいという合図がありませんでしたから」


「あの沈黙は、かなり長かったと思います」


「待つ芝居を、あなたも見たでしょう」


 フィオラで、トワが教えた。


 空白は、慌てて埋めなくてもよい。


「次に合図を出したら?」


「そのときは、すぐに代わります」


 代わらないことも、代わることも、相手の意思を見て選ぶ。


 王立劇場で命じられた代役とは違う。


 ノアは小さくうなずいた。


「では次も、逃げ道だけ用意しておいてください」


「承知しました」


 翌朝、ダガンとの仮契約を清算した。


 材料費は町の修繕分と一座の舞台道具分を分ける。


 作業日数。


 設計料。


 安全確認の追加分。


 ノアが提示した帳簿を、ダガンは最初から最後まで確かめた。


「一日分、多い」


「公演中の立ち会いです」


「荷車を見ていただけだ」


「安全責任者は、事故が起きなければ働いていないことになるのですか」


 ダガンは黙り、正規の報酬を受け取った。


 契約は、そこで終わるはずだった。


 ところが彼は帰らず、〈青い天幕〉の舞台馬車の下へ潜り込んだ。


 右の車輪を叩く。


 左の車輪を回す。


 荷台の下から、低い声が響く。


「誰が、こんな積み方をした」


「私です」


 リヴィアが答えた。


「重い角灯が右へ寄りすぎだ。トワの道具箱を載せてから、さらに傾いている」


 ダガンが車体の下から出てくる。


「左の車軸にも亀裂がある。このまま石道を二日走れば、次は舞台の上ではなく本物の車輪が飛ぶ」


「修理費は?」


 ノアが真っ先に尋ねた。


 ダガンは必要な部材と工賃を答えた。


 今朝受け取った報酬より高い。


「人の金を受け取った直後に、よくその額を言えますね」


「安く言えば車軸が直るのか」


「直りません」


 フィオラでサナが言ったとおり、車輪の人格には深刻な問題があった。


 いや、人格ではない。


 整備する者がいなかっただけだ。


「次の町まで、もちますか」


「荷物を半分捨てればな」


「捨てられる物はありません」


「なら、直せ」


 当然の結論だった。


 リヴィアは、ダガンが書いた仮契約書を机へ戻した。


「期間を延長しませんか」


「車軸の修理が終わるまでか」


「七つの印を集めるまで。その後は、改めて相談します」


 ダガンが目を細める。


「また片脚の帰還兵が必要になったか」


「いいえ」


 リヴィアは即答した。


「舞台馬車の荷重を確かめ、腐った床を剥がし、危険なら公演を止められる人が必要です」


「町の大工でもできる」


「町が変わるたび、同じ権限を一から渡すのですか」


 今後、舞台はさらに大きくなる。


 トワの影絵も、道具も増える。


 役者が増えれば、安全な動線を作る者が必要になる。


「あなたには、毎回頼む仕事があります」


 哀れだから連れていくのではない。


 戦争を知っているからでもない。


 一座に足りない役割を、ダガンだけが担えるから頼む。


 ダガンはノアへ手を出した。


「帳簿を全部見せろ」


「後悔しますよ」


「見ずに契約するほうが後悔する」


 四十三銀貨から始まった負債。


 残り六十二日の期限。


 印を集められなければ失う舞台馬車。


 ノアは一つも隠さなかった。


 ダガンは読み終えると、眉間を強く押さえた。


「車軸より、座長の金勘定を先に直すべきかもしれん」


「それはリヴィアさんにも言われています」


「二人がかりでも直っていないのか」


「座長の人格にも問題がありまして」


「車輪と一緒にするな」


 ダガンは深く息を吐いた。


 それから、新しい契約条件を書き始める。


 舞台と移動中の安全に関して、停止命令を出せること。


 材料費と報酬を分けて記録すること。


 本人の許可なく、義足や従軍歴を宣伝へ使わないこと。


 辞める場合は、次の町へ着く前に告げること。


 役職――舞台機構・安全責任者。


 氏名――ダガン。


「祭りの芝居が気に入ったのですか」


 トワが紙で尋ねる。


 ダガンは少し考えた。


 ――荷車は、うまく動いた。


 そう書いてから、一行だけ加える。


 ――客も、悪くなかった。


 契約書へ署名した。


 トワがその隣へ、小さな車輪の絵を描く。


 〈青い天幕〉の四人目の団員が決まった。


 出発は、車軸の修理が終わる二日後。


 工具箱と滑車、折り畳みの作業台が、新しい荷物として加わる。


 重くなったはずなのに、ダガンが積み直した舞台馬車は以前より傾かなかった。


 三つの満員印を載せ、四人になった〈青い天幕〉は、次の町へ向かう準備を始めた。


 次の巡業地は、五本の運河が交わる水運都市レナート。


 大きな商業劇場と、荷揚げ広場の二つを持つ町だった。


 ノアが会場募集の紙を広げると、同封された催事予定表から一枚の広告が落ちた。


 金の縁取りがされた、王立劇場の巡業ポスター。


 主演女優の名を見た瞬間、リヴィアの指が止まる。


 ――王立劇場特別巡業『月冠の姫』。


 ――主演、セリア・ローネ。


 公演日は、〈青い天幕〉がレナートで希望していた日と同じだった。

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