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王立劇場で十二年間、名無しの代役でしたが、外れ役紋【空白】で旅一座を始めます~訳あり役者の舞台は今日も満員です~  作者: やまご


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第14話 無許可の影絵

「これは芝居ではない。少なくとも、許可を受けた芝居ではない」


 王立役紋局の監督官は、静かな声でそう言った。


 声を張らないのは、ここがフィオラだからだ。


 言葉が穏やかでも、配役表の上に置かれた上演停止命令は消えない。


 リヴィアは紙を取り上げ、赤字の下に記された条文を読んだ。


 巡業興行規則、第十八条。


 有料で上演される演劇は、演じられるすべての役を登録し、その役を担う者の役紋を届け出なければならない。


「トワは役者としてではなく、影絵師として届け出ています」


「肩書きの問題ではない」


 監督官は白い幕に残された鳥の切り絵を指した。


「この鳥は自ら動き、物語の中で水を飲む。旅人の影も、一人の人物として舞台を横切る。客が役だと認識するものを操るなら、この娘も役を演じている」


「操り人形は許可されていると聞きました」


「役紋を登録した人形遣いが演じる場合はな。影絵も同じだ」


 興行担当のミナが、一歩前へ出た。


「無言劇は認められると、私が説明しました。形式に決まりはないと」


「町の会場使用規則にはない。だが巡業免許の満員印を求めるなら、王立規則が優先される」


 風除け広場を使うことはできる。


 影絵を見世物として無料で披露することもできる。


 しかし切符を売り、〈青い天幕〉の正式な芝居として上演すれば、無許可興行になる。たとえ八十人を集めても、満員印は押されない。


 監督官は規則書を閉じた。


「役紋は、役者を選別するためだけにあるのではない。喝采が生む力を、誰が受け止めるか明らかにするためのものだ」


 観客が一つの役を信じ、心を重ねると、役紋がその力を受け止める。


 英雄の剣が一夜だけ本物の光を帯びる。


 姫君の歌が、舞台の花を咲かせる。


 小さな奇跡であっても、行き先のない喝采は事故につながるという。まして声の魔力だけで風が起きる町だ。役紋局が慎重になる理由は分かった。


 理由が分かることと、納得することは別だった。


「許可を得る方法を教えてください」


 リヴィアが求めると、監督官は配役表へ指を置いた。


「影を背景として扱い、役を演じさせないことだ。太陽や家、道を映すだけなら舞台美術と認められる」


「鳥と旅人は」


「役紋を持つあなたが演じればよい。〈空白〉なら、一夜だけ複数の型へ合わせられるのだろう」


 それが簡単ではないことを、監督官は知らない。


 一晩に役を替えられても、一場面の中で次々と役紋を切り替えれば、リヴィアの身体がもたない。


「トワの仕事は、何と記録されますか」


「美術補助だ。配役表からは外してもらう」


 胸の奥が、冷たくなった。


 代役に名前は要らない。


 お前の代わりもいる。


 王立劇場を去った夜の言葉が、監督官の声へ重なる。


 トワは話の内容を知るため、ミナが紙へ書いた説明を読んでいた。


 役紋がない。


 役を演じてはいけない。


 配役表から名前を外す。


 短い文章を読み終えると、トワは自分の名が書かれた欄を見た。


 絵・影絵――トワ。


 しばらく考え、白墨を手に取る。


 自分の名前へ、一本の線を引いた。


「トワ」


 呼びかけても届かない。


 リヴィアは正面へ回った。


 トワは帳面へ書く。


 ――名前を消してください。


 続けて、もう一行。


 ――公演ができるなら、それでいいです。


 少し迷ってから、さらに書き足す。


 ――私は美術補助ではありません。影絵師でない名前なら、残さなくていいです。


「できません」


 リヴィアは手話でも「しない」と伝えた。


 トワの眉が寄る。


 ――私の名前です。私が決めます。


 その通りだった。


 名前を残したいはずだと決めつけ、本人の選択を奪うなら、守ることにはならない。


 リヴィアはすぐにうなずいた。


 ――あなたには、消すと決める権利があります。


 そう書いてから、配役表を自分の前へ引いた。


 ――でも私にも、共同で作った人の仕事を偽って上演しないと決める権利があります。


 トワの名を消したまま舞台へ立てば、許可は下りるかもしれない。


 だが、影は誰が作ったのか。


 旅人を歩かせ、鳥へ水を飲ませ、動かない時間の意味を教えたのは誰なのか。


 客に見えない場所で働いた者の名前を、都合よく記録から外す。


 それを認める一座なら、リヴィアが王立劇場を辞めた意味までなくなる。


 ノアが仮契約書を開いた。


「こちらには、絵・影絵をトワの仕事として記録するとあります。変更には三人の同意が必要です」


 トワがノアを見る。


 彼は自分の名の横を指した。


「私は同意しません」


 監督官は三人のやり取りを待ってから口を開いた。


「では、現状の演目には許可を出せない。異議申し立てもできるが、審査には十日以上かかる」


 十日。


 七つの町を巡る彼らには長すぎる。


「内容を直した場合は」


「改めて確認する。公開稽古も客寄せと見なされる場合がある。それまでは幕を下ろしておくように」


 監督官はミナを伴い、広場を去った。


 白い幕だけが、風のない広場に残された。


 その中央に、上演停止の赤い紙が貼られている。


 サナと工房の職人たちも、すでに帰っていた。


 客席は空だ。


 グラーデンを出たとき、残りは七十九日だった。フィオラまでの旅と準備で、また何日も減っている。


 一つの町に十日を費やせば、残る五つの印が遠ざかる。


「無料の影絵として上演し、次の町へ向かう方法もあります」


 ノアが言った。


「トワとの約束は果たせます。ただし、満員印も切符代も得られません」


「次の町まで、車輪と馬がもちますか」


「馬は頑張ると思います。車輪は人格が悪いので、期待できません」


 前の町で得た金は、天幕の修理と旅費で減っていた。


 二つ目の印なしに進めば、次の町で舞台馬車を直せなくなるかもしれない。


 トワは上演停止の紙を剥がした。


 破るのかと思ったが、裏返して床へ置く。


 そこへ、客席の絵を描いた。


 何列もの観客。


 白い幕。


 舞台に立つリヴィア。


 そして、客席の一人ひとりの手から伸びる影。


 ――見る人には、役紋が必要ですか。


 トワの問いに、ノアが規則書をめくる。


「観客に?」


 彼は第十八条を読み直し、次の頁、その次の頁へ進んだ。


 やがて、細かな字で書かれた但し書きに指を止める。


「祭礼や民衆劇では、観客が一時的に役へ加わることがある。その場合、報酬を受けず、主催者と個別の出演契約を結んでいない参加者には、役紋の登録を求めない」


「観客なら、役を演じてもよいのですか」


「あらかじめ特定の人物へ配役しなければ。客席全体に簡単な動作を求める程度なら、昔から行われています」


 リヴィアは紙の上に並ぶ手を見た。


 トワが役の影を動かせないなら、観客自身に影を作ってもらう。


 風になる手。


 道になる光。


 帰りを待つ者へ、新しい朝を運ぶ無数の影。


 トワは役を演じるのではない。


 影の形と動きを作り、客席へ教える演出家になる。名前も、仕事も、そのまま記録に残せる。


 ノアは但し書きの続きを追った。


「参加を強制しないこと。特定の客だけに役を割り振らないこと。危険な道具を持たせないこと。客席の参加方法を、開演前に全員へ説明すること」


 トワはさっそく、手のひらを開く絵と、指を波のように動かす絵を描いた。


 難しい手話を一日で覚えてもらう必要はない。札の絵と同じ動きをするだけなら、子どもにもできる。


 サナの工房には、看板を切ったあとの半透明の色板がある。客席後方へ囲い付きの角灯を置き、頭上へかざせば、青や金の光を白い幕へ送れるはずだった。


「問題が一つあります」


 ノアが空の客席を見回した。


「規定人数は八十人です。八十人の素人を、開演してから稽古させることになります」


 昨日まで、リヴィアも声のない舞台では素人だった。


 見えない合図を使い、線を踏み越え、動きすぎて意味をなくした。


 それでも、トワの「もう一度」で芝居になった。


「なら、客席にも覚えてもらいましょう」


 トワが九枚の合図札を持ち上げる。


 その顔には、もう先生の表情が戻っていた。


 リヴィアは白い幕を見上げた。


「八十人を客として座らせるだけではありません」


 赤い上演停止命令の裏側に、トワが百本目の手を描き加える。


「客席ごと、舞台にします」

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