011 鬼となる最後の時
「よし、いくか」
響楽の姿が見えなくなったところで茜は動き出そうとする。
「茜、いかせないよ」
気配が全然感じられなかった。
後ろから突然、納柴枝が抱き着いてきた。
「納柴枝どうしたんだ? お前、なんでこんなところに……」
「暇つぶしって言ったよね。なんで村を出ようとするの?」
「それは……」
「私から離れるな。茜」
「それはお前の気持ちか?」
茜は抱きしめられている温もりを感じた。
「なあ、納柴枝このまま、お前を連れて行きたいけれど、お前にはここでの暮らしがあるだろう。決して貧しくない豊かな暮らしが。あたしの旅にお前を巻き込めないよ」
「いいよ。別にそんな君がいない裕福さなんて、全く楽しくもない。私は君が大切なんだ」
「納柴枝、私もだよ。私も納柴枝が……」
茜は一瞬だが気配を感じた。
だからその大切な言葉を伝えきれずに黙ってしまったのだ。
その気配の先から声が漏れる。
「見つけたぞ、茜」
納柴枝を払いのけた茜、納柴枝の背後には刃物を持った黒装束の女がいた。
振るわれた刃物は一直線に納柴枝にも向けられ、このままだと彼がまずいと思った茜は前にのり出す。
「茜!」
納柴枝は瞬時に叫んだ。
それと同時に、茜の腹には刃物が突き刺さる。
「うぐぁ!」
身動きが取れなくなった茜。
納柴枝はすでに動き出していた。
周りには五人ばかりの黒装束の女たちが刃物を見せていた。
納柴枝は自身の力で敵の女たちを軽くあしらった。
そして、その後で首を狙ってうち下す。
残酷にも、血が舞い上がる。
一人目、二人目、三人目と四人目と殺していく。
最後の一人になったところで、その女は言った。
「どうか助けてください。殺さないで、お願い!」
その声を聞き、茜は聞き覚えがあった。
「鈴! 鈴なのかい?」
周りの者は恐ろしそうにその光景を陰ながら見守っていた。
「納柴枝、やめて。もうみんな見てるから。裁き人のお前が人を殺してどうする」
「この人たちは〈刹鬼〉だよね。なら、私はそんな殺し屋をさばいているのと同じだ。それに、茜を刺したんだよ。絶対に許されないよね」
納柴枝は今怒っているのか?
茜は思った。
こんな感情を表す納柴枝は初めて見た。
「姉さん、ごめんなさい。ごめんなさい。本当はあなたを殺したくないのに私はそれでも〈刹鬼〉だから殺さないといけない。どうすればいいの? もう分からないよ!」
それは本心からの気持ちだと分かる。
そんな鈴を茜も殺したくはなかった。
「納柴枝、この子だけは見逃して、今回だけだから。お願い」
茜は納柴枝へと抱き着いた。
血が流れ出ても気にしない。
「茜、動いたらだめだ。動いたら血が……」
「分かっている」
「茜、そんなにその小娘が大事なのか」
「ああ」
「なら、今回だけだからね。今回だけ見逃してやる」
「鈴、今のうちに逃げな!」
茜がそういうと鈴は頭を下げそのまま走っていった。
とその時だった。
「そこの者たち、いったい何をしておる。やめんか」
役所の者が来たようだ。
「お前は裁き人の納柴枝か。お主もついに本性を現したようだな。殺人を犯すなどとご法度だ」
「違います、これは……」
納柴枝は抗弁しようとした。
しかし、
「皆まで言うな。お前は処刑だ」
「いつ決めたんですか? そんなこと」
「今だ、今」
そう言って、納柴枝を捕まえようとしたところで、茜は割って入って言った。
「お役所の皆さん。私は人を今まで殺してきました。私はその黒い服装をした女たちの仲間です。納柴枝はそんな私たちを裁き人として殺そうとしただけです。どうかご慈悲を」
「茜! そんなことありません。茜は私の大切な女性です。決して人を殺せるような人間じゃない」
納柴枝は嘘をついた。
私のために嘘を言った。
茜は腹を抱えながら動き出していた。
転がる死体へと向かっていく。
そして、小刀でその死体を刺した。
何度も何度も何度も何度も……
「これでも……私が人を殺せない女に見えるか? 納柴枝」
「茜……」
「その醜悪な女を今すぐ捕らえよ」
「は!」
茜は周りを囲まれ、抵抗も何もせず捕まった。
これも納柴枝のためだと、言い聞かせて。
自身の運命を憎んだ。
「恋は人を狂わすとはよくいうが、本当だったのだな……こんな形で終わらせたくなかった」
最後に強がりを見せる。
鬼は鬼らしくいこう。
茜はそう思った。
「罪人、茜の処刑を行う」
納柴枝は刀を持ち、茜の元へとやって来る。
「茜、さようなら……」
納柴枝が茜に刀を向けた。
そして、彼はいつものようにしなやかに勢いよく、それを振り落したのだった。
その時の彼の表情、見えない。
視界が真っ赤に染められて見えなかった。
ただ、意識が遠のく中、最後に彼の声を聞いた。
「ああ、私たちは対なのだ。決して、相いられない者。故に、私たちは似てないからこそこうも似てしまうのだな。茜、私は君を――て、いた」
なんだ。
なんて言ったのだ。
「だから――」
聞こえない。
うまく聞き取れない。
今お前は何て言っているのだ。
「ずっと、切りたかったのだ……」
そう聞いた。
彼の本心を聞いた。
そう、そうか……
彼は私を切りたかったのか。
そのために私といたのか。
そして、この私を裏切ったのか。
なあ、納柴枝……
それは、茜の中の恋心が恨みへと変わる瞬間と同時に、人であった茜が鬼へと変わる瞬間だった。
鬼となった茜はもはや人ではない。
ゆえに鬼の本能のままに、よくのままに、恨みを晴らすがごとく、納柴枝へと牙をむいた。
斬られた者は鬼となり、斬った者を喰らった。
本物の鬼となってしまった茜は納柴枝を喰らった。
「ああ……茜……大好きだ、よ……」
そして真実を知った。
どうせ失われてしまうのなら……。
彼の思っていた事はかつての茜と同じだった。
――愛しているからこそ斬りたかった。もし君が捕まって待った時、どうせ他の者の手で斬られるのならば、私が茜を斬りたいと思ったのだ。
それは茜の内に響いてくる納柴枝の感情だった。
どうせ排除されるならば……無意味なものとなるならば、私はその一瞬の躊躇をたち自分が進むための糧とする。
茜もかつてそんなことを思っていた。
あの頃から変わらない私の想いと同じだった。
「うわぁあああああああああああああああ!」
それを知ったところでもう遅い。
茜は絶望のままに狂う。
茜はそして知る。
これが、彼が見てきた世界なのかと。
鬼は存在した。【不思議な物】たちがうごめく世界。
私は【鬼】として生きていくのだ。
それは新たな人生の始まりだった……
こうして納柴枝を思う恨みとして生まれた【鬼】の茜は、本能のままに木崎家をいくどとなく襲うようになった。まるで彼を殺してしまった怒り、後悔をぶつけるように――
そしてめぐる時代の中、茜は救われ木崎家の記録を語る試練の【鬼】となった。
木崎家の伝記にはそう書かれている。




