010 復讐者との対戦
茜は四日後、旅立つ準備をした。
「どこか追手が来ない所までいくか」
一人、部屋で呟いた矢先、いつの間にか気配を消して納柴枝は現れた。
「茜、どうかしたの? 外に出かけるつもり?」
納柴枝の事を考えて、名残惜しい気持ちになった。
「ああ、ちょっと暇つぶしに出かけるつもりだ」
「危ないよ、茜。今の君は……」
「大丈夫、私はこれでも強いんだからな。追ってなんてかわして見せる」
茜はまるで殺気に満ちた鬼の目になり、納柴枝の顔に近づいた。
「そうか。君がその気なら信用するよ」
「それじゃあ、行ってくる」
「ああ、行ってらっしゃい」
茜はそのあと外へ出た。
隣村まで行くには下町の商店街を通らなくてはいかない。
茜はそこへ向かった。
その時、一瞬の殺気が茜を襲った。
振り返ってみると、そこには、響楽の姿がった。
もちろんもう味方としてではなく敵として茜の前に立っているのだと分かる。
その証拠に、彼は今も人を殺せるような目で茜に敵意を向けていた。
「響楽……私を殺しに来たのか?」
「ああ……」
「さあ、殺し合おう」
「……殺し合う理由がない」
「お前に殺される理由ならある」
そんな言葉返しに、茜は考える。
「何を言っている……昔のことを言っているのか。私を〈刹鬼〉へ連れてきたことならもう許している。それに、私に殺しを教えてくれたことで私は強くなれた。生きる力を身に着けた。そのことを感謝している」
「違う。そのことじゃない。俺は……お前の敵だ」
「えっ……?」
「俺は、昔、十年前になるか、ある任務に出た。それはひどくしょうもない依頼だったよ」
「ちょっと待って……何も言わないで」
もしかして、もしかしてだけど……十年前って……
茜は思考を巡らせようとする自分を押さえつけようとしていた。
十年前という単語で行きついてしまう出来事、それは……
「いや聞け、茜。お前に入っておかなくてはいけない」
「やだ、いやだ……」
それは……
「俺はある赤髪の一族を殺すように命じられた。そして、幼い子供を一人を逃がしてしまった。その者は森へ逃げ込んだ。俺はその子供が獣に食われて亡くなっただろうと思ったんだ。しかし、ある日近くの村の商店街に盗みを働く赤髪の少女がいた。俺はその子供を拾っちまった。それがお前だ、茜」
「嘘でしょ。師匠が私の仇……両親を殺した犯人」
茜は茫然とする。
「お前は復讐をしたいと言っていたな」
響楽は続ける。
「村人を貶める鬼を退治してくれって、村の者の頼みだった。だから俺はお前の両親を殺した。それが真実だ」
「たったそれだけで、お母さまとお父さまを殺したのか。私たちは何もしていなかったのに。何も悪いことなんかしていなかったのに!」
「ああ……」
茜の心のうちに憎しみが溢れかえって来る。
響楽と過ごした楽しい時間がよけい茜をイラつかせる。
けれど同時に、その思い出がひどく茜の心を揺らがせた。
「許さない、許さない、許さない!」
それは誰を?
茜は響楽の顔を見て、たくさんの事を思い出す。
初めて会った時救われたこと、裏切られたこと、一緒に戦ったこと思い出す。
そして最後にもし自分だったらと思ってしまう。
自分もたくさん殺してきたじゃないか。
それなのに自分だけ不幸みたいな勘違いをして、響楽だけを悪者にしてしまうのも何か間違っていると思った。
なにより私は……響楽を殺したくない!
「茜、どうした。俺を殺すんじゃなかったのか? それでも鼠を殺せる猫になったつもりか?」
響楽なりの分かりやすい挑発だと分かる。
響楽は私にどうしてほしいんだ。
茜の心の中はもう何が何だか分からなかった。
親の仇である響楽が憎い。
自分を〈刹鬼〉なんかに連れてきたことが恨めしい。
私に生きるすべを教えてくれた響楽が好きだ。
私の親代わりである師匠が愛おしい。
しかしそんな気持ちを押し殺して茜は響楽に向けてこう言った。
戦いは絶対に避けられない。
「鼠を殺せる猫なんかじゃない。茜は人だ。そしてお前の言った通り、人を殺せる鬼となった」
「ほう、それじゃあそんな立派な鬼となったお前は俺を殺しに来たのかい」
「ああ、親の仇を討ちにきた」
茜はいつもの鬼の目になる。
戦闘は茜が響楽に向けて走り出したことから始まった。
小刀を取り出し、同じく小刀を持つ響楽へと放つ。
それを受け止まられ、力の強い方から弱い方へ力は流れる。
「純粋な力だと俺にかなうはずがないだろう」
茜は足上げられ、いったん下がる。
そして再度、攻撃を加える。
辺りを見渡すと、道を通りゆく人たちはあたふたし、その場から避けるように逃げて言った。
「きゃああああ」
「殺し合いだ、みんな逃げろ!」
そして、こちらの様子を伺う者もいた。
茜はそれを気にせず、響楽の周り回った。
回りながら茜、響楽が背を向けた瞬間に身にまとう衣についている針を取り出し、投げつける。
だが、それは寸前のところで止められる。
「今の隙はわざとだな」
「ご名答。お前の考えは読める」
「くっそ!」
茜は小刀を持ち、響楽に襲い掛かる。
そして交わされまた襲い掛かる、それを茜は繰り返した。
繰り返すうちに分かった。
分かってしまった。
響楽は本気で自分を殺しに来ていないことが。
まるで、けいこの時みたいに手加減している。
「どうした茜。そんな単調な戦いだとすぐ俺に殺されちまうぞ」
「うわ!」
茜は響楽が払った腕に当たりその場に倒れ込んだ。
茜はすぐ響楽を見やる。
そして一瞬の間を置き、茜は小刀を響楽へ向けて走り出した。
これは一か八かだ。
「わぁあああああああ!」
「だから、そんな単調だと……」
その瞬間、茜は小刀を響楽へと向けるのをやめる。
そして手を広げ、響楽に抱き着こうとする。
そこで響楽の手も茜に小刀が刺さらないよう下げた。
その瞬間だ。
「師匠!」
再び、茜は小刀を前に向け、響楽の首元へと押し付けた。
これで勝敗は決まった。
「茜……これは……」
「わざとすきを見せたんだよ。私自身が最高の隙を生んだ」
「それは卑怯だろ……」
「師匠は本気で戦ってなどいなかった。そんな師匠こそ卑怯だ。私の敵のくせに。そんなに優しくて。本当に卑怯だ」
響楽はそんなことを言う茜に一度ため息をついてからこう言った。
「ハハ、強くなったじゃないか。茜。それで俺を殺すんじゃなかったのか?」
「殺すわけないだろ。響楽、あんたは私の敵でも自分を生かした命の恩人なんだから。それにあんただって私を殺すつもりなんてなかったじゃないか」
「何言っている。俺はお前を殺そうと……」
茜は有無を言わせなかった。
「師匠私は、鬼は鬼でも人の心を持つ鬼に……いや、心から醜い人間にはなりたくないんだ」
茜がそう言うとしばらくの間をおいてから響楽は答えた。
「茜、おめぇは殺し屋としては失格だな」
「……」
ああ、それは分かってるよ、響楽。
「でも人としては、俺は嫌いじゃない」
そんなことを言う響楽に、自分の師匠に、茜は言った。
「それを言うなら、あんたもだ。師匠はお人よしだ。私に甘すぎた」
「はは、違いねぇ。最後にお前と戦えてよかったよ。俺はお前をどうやら見逃すことにした。自分の気持ちには逆らえなかったよ」
響楽は踵反し、動き出す。
「ああ、私もだ」
別れ際の彼の後ろ姿を見て茜は思った。
これが最後の響楽との戦いだったのだと。
ほんの少しだけ寂しく思えた。
茜の復讐は決着がついた。




