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魔剣頼みのでき損ないは、それでも騎士を目指す  作者: 岳汐


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05.王都到着

 トゥーナ王国最西端に位置するシェルストレーム辺境伯領から、王都ルナドーアまで7日間という行軍が始まった。


 騎士爵のハマー卿が率いるは、8人の歩兵と2台の馬車、そして副官の従騎士ブライス・ユンベルグという小隊。


 泰西騎士団の軍旗――悍馬を御しながら騎槍を天に掲げる騎士の姿が描かれたもの――をはためかせ、周囲から畏怖や奇異の目で見られながらも、小隊はただひたすらに東進した。


 改築したばかりのシェルストレーム大聖堂。そこにおわす司祭に治癒魔法を施してもらったブライスは、ハマー卿と同じく騎乗の人となり、隊の先陣を担うことになった。


 内地は平和だが、貧富の格差は行く先々のどの領でも見受けられた。辺境伯の方針通り、物乞いを見掛ければ施し、「シェルストレームに来れば仕事はある」と伝える。


 実際、開墾が必要な土地や最近になって魔物を掃討して奪還した鉱山での採掘、砦や貯水池、河川の堤防といった土木工事など、実際に仕事はある。


 とは云っても、辺境伯領に赴くのなら魔物の脅威は健在だし、今いる場所に留まることも含め、選ぶのは当人次第だ。


 こちらへの誘いに十人十色の反応を見せる人々を前にして、ブライスは1人ごちた。


(勿論私だってそうだ)


 領外を知ることで知見は広がる。

 この王都への道が騎士へと続いているのか。いやむしろ、主君から離れるからこそここで何か一つでも掴むことが己に課せられた使命とも取れる。

 今こうして見知らぬ地を踏み歩いているのも、騎神デインの思し召しなのかも知れない。


 彼は東へと続く街道を歩みながら、ふと別の方向に向かっている奇妙な感覚に陥った。


 雁が飛んでいる大空を見遣る。


 あの野鳥はこちらを攻撃しては来ないだろうが、どうしても意識を向けざるを得ない。

 行軍中ではなく、旅程であるならばなおのことだ――



 ◇  ◇  ◇  



「見ろ。ヴァルチャーだ」


 馬車と並走していたキールステッド中隊長に促され、小(・)姓(・)であるブライスは幌馬車から顔を出し、空を見上げる。


 遥か上空に鳥のようなものが飛んでいた。


 距離があってよく視認できないが、普通の鳥にも見えるようで恐らく魔物の類なのだろう。

 見間違いだろうか、頭部が骸骨に見えた。


「こちらに襲っては来ないようだが、幸先悪い奴に出くわしたな」

「え」


 その瞬間、馬車の揺れが大きくなった。

 騎士キールステッド中隊長に促されて馬車の速度が少し上がったのだ。

 後続の辺境伯令嬢ナターリエが乗っている馬車も追随している。


 辺境伯領の南東に位置するデイン神殿への巡礼。


 シェルストレーム辺境伯閣下の名代として、娘であるナターリエが初めて命じられた。

 そしてその折り、ブライスは小姓としてその供をすることを許された。

 けれどまだ神殿どころか、その手前の森にすら入っていない時点で魔物を見ることになるなんて。

 確かにこれじゃ指揮官のキールステッド卿としては面白くないだろう。


 そのまま一行は森の麓まで一気に駆け抜けたのだった――



「――やったぞ!」


 誰からともなく歓声が上がる。


 見事矢で射貫かれ、その場で斃れた大鹿に兵士達が駆け寄って行く。


 あれから林縁にある村まで到着した一行は、そこで馬と馬車を預け、デイン神殿へと続く森へ徒歩で進んだ。

 ここで神に捧げる供物を得ることができたのだ。


 神殿へと続く森の巡路から外れ、獲物を探す道無き道の中でも令嬢は責任感と義務感から小隊と同道していた。弱音も一切吐かなかった。


 そんな中で仕留めた獲物。

 斃れた大鹿に近付いた兵士達が剣を手にする。

 すぐさま血抜きに入るようだ。


 ナターリエや、それに追従しているブライスも、先行しているキールステッド卿の後を、ゆっくりと歩み寄って行く。


 ……しかしすでにそこは、血に飢えた獣達が群れをなして今まさに機を窺っているところだったのだ――



 ◇  ◇  ◇ 



「――おい聞いているのかブライス」


「……え、え? はい、何でしょうハ(・)マ(・)ー(・)卿(・)」

「なんだお前、この旅程でたまに上の空になることがあるが、王都に近付くにつれて増えてねぇか?」

「気のせいですよ」

「そうかぁ?今なんて、目が血走ってて相当ヤバい奴だったぞ。それほどこの任務が嫌か」

「いいえ、滅相もありません」


 王都へ向かう小隊の指揮官である騎士ハマー卿に絡まれ、ブライスは我に返った。


 目の前にあるのは当然ながら斃れた大鹿などではなかった。


 石造りの見張り台や陣幕が並ぶ王都に併設された兵舎。


 その門を潜くぐってすぐ傍にある受付口で着陣手続きを終えて隊列に戻ってきたハマー卿が、こちらに向かって渋い表情をしていたので慌てて否定することになったのだ。


 この上官に追従し、東進することまる7日。ようやく辿り着いた王都ルナドーア。

 そこまでの道程で8年前、お嬢様と同行していた神殿巡礼の旅をたまに振り返っていました、などとブライスが打ち明けるわけにはいかない。

 それこそ『妄想癖のブライス』という、『魔剣頼みのでき損ない』とはまた違う渾名の面目躍如といったところである。


(そんな面目躍如嬉しくもない!)


 しっかりがっつり物思いに耽っておきながら文句を云えた道理も無いんだが。


 しかし気を取り直したと同時に、王都(このち)にナターリエが寄宿しているという事実が、彼に襲い掛かって来た。


 ブライスは大きく息を吸い込んだ。


 魔法制御ができなくなってからも、光栄なことにお嬢様には何かとお気に掛けてもらっていた。

 制御できないと悟った直後、何をどうすれば良いのかも解からなかった時に、あのお方が指標を示して下さった。そう云っても過言ではない。


「おーいいつまで突っ立っているつもりだブライス。お前みてぇなでけぇ図体が道の往来で突っ立ってたら邪魔になっちまうだろが。日が暮れちまう前にとっとと俺達の宿舎(ねぐら)に行こうや」


 ハマー卿の声、それから周囲の喧騒が再び耳に入って来る。


 ブライスは魔剣の鞘を握り締め、その柄を見つめながら固まってしまっていた。

 顔を上げると、すでに上官である騎士のリヌズ・ハマー卿が先の道を歩んでいた。


「は、はい。ハマー卿」


 慌てて上官に追い付く。


「そう云やここまでの道のりでお前さんを見てきたけどよ」


 と、ハマー卿がこちらを食い入るように見遣る。


「流石は『妄想癖のブライス』だな」


 吹き出すように笑われる。


(やはり云われてしまった……!)


「けどよ」


 片手で顔を覆うブライス。

 そんな彼を気にも留めず、後頭部で両手を組み、明後日の方向を見ながらハマー卿が言葉を紡ぐ。


「『魔剣頼みのでき損ない』にゃ見えねぇぜ。俺なんかよりよっぽど騎士様やってんじゃねぇか」

「そ、そうですか」


 続けざまに「卿がだらしなく見えるせいでは?」とは、喉に出掛かったところで抑えた。


 リヌズ・ハマー卿。


 もうすぐ齢50に差し迫る、息の長い騎士爵。

 泰西騎士団所属で、このたび辺境伯令嬢ナターリエ付きの護衛騎士の任を受けた小隊の隊長。

 同じような髪型でも風采のあるキールステッド中隊長と違い、清潔感のない癖毛の髪と無精髭。

 さらにいつでも眠そうにしている薄茶色の双眸が特に目を引く。


 口調や挙動から察するに、どうにも職務に熱意を持っている御仁には見えない。なぜこのたび、卿が護衛騎士として白羽の矢を立てられたのか、皆目見当が付かなかった。

 自分と同じく、負傷明けが理由なのだろうか?

 とはいえ、腐っても辺境騎士団の騎士だ。……いやいや、先入観で腐っていると決め付けるのは良くない。

 今まで共に職務をこなしたことがないだけで、実は一線級の猛者なのかも知れない。

 ……いや、やはり、そうは見えない。


「しっかし流石に今日くらいは酒にあり付きたいぜ。道中は絶ってたからよ。ブライスはイケる口か?」

「酒ですか?普通です」

「なら付き合えよ」

「……有難い申し出ですが」

「あ、断るってのか。んだよ連れねぇな」


 解かり易く舌打ちしてくるが、そこに強要は感じられない。


「申し訳ございません」

「なんだ、コレか?」


 ハマー卿が小指を立ててくる。女性という意味だろう。


「いえ、コレです」


 ブライスが顎を軽く引き、軽く指を折り曲げた左手をその顎の少し下へ。さらに右手で拳を軽く握り、それをお腹辺りの高さで左右に振って見せる。


「楽器か」

「左様で」

「そういやあったな、積み荷に。従騎士で嗜んでるとはご立派なもんだ。どこで演るやるんだ」

「どこでも構いません…と云いたいところですが、辺境伯領とは勝手が違いますので。できれば人気の少ないところがよいのですが」

「そいつぁ兵舎内には無いだろなぁ。まあいいや。是非酒の肴にさせてくれや」

「お耳汚しになっても構わなければ、喜んで」

「へへへ、そいつぁ楽しみができたな。とりあえず宿舎に寄るか」

「はい」


 しかし話題が今日の寝泊まりの場所になった時、双方の見解が別れた。


 騎士爵は下級とはいえ貴族に分類されるため、兵舎中央に位置する石造りの宿舎で寝泊まりすることができる。

 従騎士も基本貴族階級の者が多いので、当然普通の従騎士であれば宿舎で泊まれる権利があるのだが。


「私はまだ叙爵されていない平民扱いの従騎士なので、宿舎ではなく陣幕で寝泊まりしようと思っています」

「馬鹿云え。俺が宿舎で、散々お世話になったフリード前騎士団長の忘れ形見が陣幕で寝るなんか、させられる訳ねぇだろ」

「そのように云って頂けると、父上を誇らしく思います」


 一礼してから言葉を繋ぐ。


「ですが目や耳はどこにでもついているものです。もし宿舎に『平民出の従騎士が泊まっている』等という噂が広まれば少々厄介なことになるでしょう。他の騎士団と諍いを起こして、騎士団長とご領主を兼任なされる閣下に迷惑をお掛けするのは本意ではありません」


 ただでさえ泰西騎士団の中でも腫れ物のような存在なんだ。

 知己が少ない場所ならなおさら用心するに越したことは無い。


 ブライスの主張を聞き終えたハマー卿が肩を竦めながら苦笑した。


「確かに王都(ここ)じゃ俺がしてやれることも限られている。そんじゃ、ま、兵卒達と仲良くやってくれや」

「承知しました」


 あっさりと自分の主張を翻したハマー卿に軽く苦笑してしまう。

 ……悪い人ではないよなぁ。


 宿舎では貴重品も預ってくれる。

 さすがに魔剣や高価な楽器を陣幕に置くわけにはいかないと考えたブライスは、その後もしばらくハマー卿と行動を共にしたのだった。


ここまで読んで下さり有難うございます!

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