04.王都への辞令
シェルストレーム城塞都市にある本城。その中にある一つの執務室のドアをノックする。
「従騎士ブライス・ユンベルグ、辞令により参上致しました」
「入れ」
部屋の主である泰西騎士団中隊長であるキールステッド卿から入室を許可される。
入室した先の正面奥に机が置かれており、その向こう側で椅子に座っていたのが、甲冑ではなく軍礼装のキールステッド中隊長。
彼に向かって胸の辺りに右手を添え、軽くこうべを垂らして敬礼を行う。
こちらの答礼として中隊長自身と、その両脇を固めて立っていた同僚の『悪乗り』トヴィー、そして年下である『優男』フェルの3人が同じ敬礼を行なった。
何の因果か、あの魔物の群れに一騎駆けで突っ込んだ後、無様に倒れていたブライスを助けてくれた3人だった。
そして敬礼はしつつも中隊長だけは頭を下げなかったことが、この空間における序列を物語っていた。
挨拶の後に口を開いたのは中隊長だった。
「さてブライス。辞令の通り、領内巡察の任を一時解き、お前には王都へ向かってもらう」
「はい」
「ついにあの辺境伯ご令嬢ナターリエ様が貴族学校から帰郷されるな」
「あのとはなんだ。あのとは、不敬だぞトヴィー」
「なんだブライス、お前にとってもあの敬愛して止まないナターリエお嬢様、じゃないのか」
「私にとってはそうだが、トヴィーの云う「あの」、は違うだろ」
「おいおい酷い云い掛かりだなブライスと一緒だよ」
「トヴィーと一緒にするな」
「私語は慎め」
「「はっ」」
キールステッド中隊長の一声に、ブライスとトヴィーが瞬時に従った。
フェルは一人で笑いに堪えていた。
「解かっているとは思うが、王都におられる辺境伯ご令嬢ナターリエ様の御前でくれぐれも失礼のないようにな」
中隊長からの注意事項を、ブライスはやや怪訝な表情で受け取った。
上官の両脇を見遣る。
トヴィーはあからさまに品のない笑みを浮かべているし、フェルはこちらに視線を合わせず堪え切れていない笑みを必死で堪えようとしていた。
そんな締まりの無い同僚二人を睨み付けた後、思わず口を尖らせる。
「中隊長、まるで私が粗相するような口振りに聞こえるのですが」
「まあ、ブライスだからな」
「ぷふっ」
結んでいた唇が決壊したフェルが思わず吹き出してしまっていた。
コイツも酷い奴だ。
そんな彼を捨て置く。
涼し気な顔をしている中隊長に対し、なおも不機嫌さを隠すことなく再び向き直る。
(私だって成長している……!)
◇ ◇ ◇
「あら、貴方が今度私の給仕係になるブライスね、話は聞いているわ」
そう口を開いたのは、シェルストレーム辺境伯と同じ亜麻色の髪に瑠璃色の瞳。
まだ12歳の辺境伯ご令嬢であるナターリエお嬢様だった。
なのだが、そもそも同い年でこんなに魅力的な女の子ーーと云うと不遜だがーーを見たことがなかった。
当時まだ子爵令息だったブライスは、この年、主君の愛娘である御方の給仕係に指名されたのだった。
辺境伯令嬢が使用していた室内で、個人として初めて挨拶したのだが、目が離せないというのはまさにこういうことかとブライスは実感した。
城勤めしてからこれまで遠くからしか見ることができていなかったので、思わず見惚れてしまう。
「どうかしたのですかブライス?」
怪訝な表情をしながらご令嬢がこちらに歩み寄って来た。
その手を思わず、本当に無意識に、手に取る。そう思わず。
「お美しいです、お嬢様……」
口から勝手に言葉が漏れていた。
さらに何か云おうとしたのも束の間、一瞬で手を離されたと思ったら、ご令嬢が何ごとかを呟く。
余りに小声で余りに早口。
聞き取ろうと思っているうちに、今度はご令嬢から手を差し出された。
と思ったその刹那――
「っ!??」
手首を思いっ切り掴んで捻ってきたと思った瞬間、ブライスの身体はいとも簡単に宙を舞っていた。そして――
叫ぶ暇もない。捻りが加わったこの身体ではどちらが上か下かも判らず、受け身も取れなかった。
「ーーうぶっ」
暫し空中で風に弄ばれた後、無様な声と共にそのまま床に落っこちていた。
「……っ!?」
痛みは感じたが、それより驚きの方が遥かに大きい。
わけが解からないまま突っ伏していた体の上体だけでも身を起こそうとした。
「痴れ者!恥を知りなさい!」
目を何度も瞬かせてしまう。
真っ赤になりながらも眼前でこちらを見下ろしながら云い放ったお嬢様を見上げながら、これが早業の魔法によるものだとようやく理解したのだった。
◇ ◇ ◇
(あのご口上を述べたお嬢様、かっこよかったなぁ)
「……」
いやいや、と、急に我に返り、軽く首を振る。
部屋の中で中隊長並びに両脇二人の視線が痛々しく刺さっていたが、敢えて気付かぬ振りをした。
今にして思えばあれで不敬罪にならずに済んでいるのだ。普段従者に厳しいと云われているが、お嬢様の心根はお優しい。何よりの証左だろう。
自己完結したところで背筋を伸ばし、軽く首肯する。
そして、
「……小姓の頃とは違います」
「確かにこの数年でより歪んで狂信的な感情がお前を突き動かすかも知れんな」
「中隊長ーっ!!」
最早我慢など無意味とばかりに、両脇の従騎たちが自然に声を出して吹き出していた。
「旅程の指揮を執るのは騎士爵のハマー卿だ。お前はあくまで彼の補佐。ナターリエ様ばかりに見惚れて卿を差しおきご令嬢のエスコートをすることなど――」
「しませんよ!」
粛々と忠告を続ける中隊長を遮り、思わず食い気味に非難の声を上げてしまう。
「そこまで私が信用できないのであれば、代わりに他の者を遣わせれば良いではありませんか」
「馬鹿者。戦線離脱中の奴など戦闘の邪魔だ。もとはと云えばお前が無謀な単騎駆けを行なったせいだろう。斥候の任を放棄して軍令を違反したにもかかわらず、怪我を理由に処罰を遅らせているのだ。これくらいの小言は甘受しろ」
「ぬぐぐ」
歯噛みしながら口を噤む。しかし「あの戦いは損害ほぼ皆無で小言も無いでしょうに……」とつい小声で不満を漏らしてしまう。
「大体こんな辞令、俺の一存で決まる訳なかろう。上意である」
「……っ」
思わず生唾を飲み込む。これが主君である辺境伯ルドヴィク閣下の下した人事であるなら、拒める訳も無い。
そんな解かり易く大人しくなってしまったブライスに向かって、中隊長が苦笑いを浮かべた。
「とにかく出発は明朝。今からハマー卿に挨拶しておけ。彼ならいま厩にいるはずだ」
「……承知しました」
鏡を見ずとも解かる不服顔と、襟元を正すように表情を引き締め、退出のための敬礼を行う。
こちらに向かい合う3人も答礼する。
「失礼致します」
「うむ。ああ、ブライス」
退出するために回れ右を行おうとした矢先、中隊長に引き止められる。
「……まだ何か?」
「お前、ナターリエ嬢が王都へ就学されてからろくにお会いしていないだろう?」
「まあ、そうです。……そもそもご令嬢が就学されておられる学校は、よほどのことが起こらぬ限り、帰省できませんし」
「そうだな。一度帰省なされた時があるが……まぁお前は基本、城内にいたとしても調練場が多いだろう」
「はい」
それ以外で云えば、領内治安維持や魔物討伐が主な任務。逢えなくなって当然だった。
「余りにくどい接し方は問題だが。かと云って必要以上に卑下もするなよ、自分を。実際お前はよくやっている。例え魔法制御がいまだ上手く能わずともだ。堂々とご挨拶申し上げろ」
「……しかし」
「良いな」
ふと従騎士二人の視線が目に留まる。トヴィーは何故か自信あり気に上から目線、フェルは少し神妙な面持ちでこちらを窺っていた。
「……御意」
しぶしぶそう返事し、改めて踵を返し部屋を退出した。
退室した所で歩みを止め、暫し黙考する。
(お嬢様に堂々とご挨拶、か)
なかなかに重い下知である。我知らず溜息を付き、肩を細める。
ややあってから、この広い廊下から騎士ハマー卿がいるという、厩舎へと歩き出すことにした。
出立の刻限はすでに定められた。
ここまで読んで下さり有難うございます!




