03.城塞都市への帰還
魔物急襲のために先行していた騎兵と、その後続にいた歩兵そして輜重隊とが合流した。
ブライスは自身の愛馬シュテルナが引く車輪付きの荷台に伏した状態で乗せられ、キールステッド中隊長率いる隊の最後方でがたごとと揺られながら守城への帰路に就いていた。
とにかく背中と足が痛い。
舗装されていない街道という、傷病者にまったく優しくない路を辿る。
道中、魔法の過負荷による右足の挫傷と魔物の攻撃を受けた背中の怪我による痛覚、それだけしかお伴がいないことに気が滅入る。
そんな虚しい帰路が続くこと数時間――
森から離れ、牧草と小川に挟まれた街道を進む。
小川沿いに点在する炭焼き小屋や牛飼い、農家などを次々と通り過ぎて行く。
そして一隊を出迎えるように次に視界に入ってきたのは、この辺り一帯を統治しているシェルストレーム辺境伯が拠を構えているシェルストレーム城塞都市。
その小高い丘に鎮座する巨大な城壁で覆われた建造物は、周囲に深い堀を張り巡らしており、そこに架けられた可動式の跳ね橋を渡った先にある城門を潜って入城する。
西門から入った先には市街地が広がっている。城門から出現した泰西騎士団の行く手を邪魔しないよう、動線上を縦に割ったような形で市井の人だかりができていた。
今回の凱旋では戦意を損なうことなく、また死傷者が一従騎士しか出ていないことから、民衆には圧倒的戦果を上げた勇者達の行軍に見えたかもしれない。
この都市から徴兵されていた兵達の身内からだろうか、時折「あなた」「とうちゃん」などといった安堵の言葉が耳に入ってくる、
(家族か)
負傷し、安静にしろという下知を受け、帰途こうやってただ荷台の上で仰向けに寝そべっていると、どうしても内面に矢印が向く。
未婚である彼が『家族』と呼べるのは、まずすでに故人となっている実父フリード。偉大なる亡父はファルネルド子爵家当主であったと同時に、この泰西騎士団の前騎士団長でもあった。
そうやって少し、現世から離れて物思いに耽ようとしていた時だった。
「おやこれは次期子爵様。そうやって寝そべったまま行軍なさるとは、態度だけは我らが主君辺境伯閣下以上ですな」
「……」
こちらに馬上から接近し、揶揄ってきた輩を無言で睨み付ける。
そこにいたのはといつもの悪友、従騎士トヴィーだった。甲冑姿だが兜だけは外しており、茶色の癖毛と目尻の下がった双眸がすぐ目に付く。
よりにもよって次期子爵だって?城勤めが同期でなかったらぶん殴っていたところだぞ、トヴィー!
ちなみに泰西騎士団は、私闘も決闘もご法度なのだが。
「これはソルスケア男爵家の御三男殿。行軍中の勝手な行動は軍規を乱すもととなるのでは」
そんな無礼極まりない輩――『悪乗りトヴィー』こと従騎士トヴィアスが吐いた戯言に対し、悪態で返してやる。
まあ、この馬車の周りにいるのは兵卒ばかり。
三男とはいえれっきとした貴族身分であるトヴィーを注意できるような人間は、残念ながら近くにいなかったのだが。
「なに、貴人に対する陣中見舞いだ。騎士は何かと忙しいのだよ」
「何が貴人だ!大体お前も私と同じでまだ騎士になっていないだろう!」
思わず身を起こすと、それに呼応したようにトヴィーが距離を取り、自身の馬を促して速度を上げた。
「へへ、まあそんだけ威勢がいいんなら心配はいらねえな」
「余計なお世話だ!心配するくらいなら傷が悪化するような悪ふざけは――おいまだ話は――」
大仰に外套をはためかせながら、もといた隊の前方に向かって駆けて行くトヴィーに非難を向ける。
しかし当の本人はどこ吹く風と云う感じでーーいやむしろ嬉々としてーー携えていた騎槍を振り回しながら、馬車から遠ざかって行った。
「何しに来たんだアイツはっ」
牙を剥く相手を失い、不貞腐れながら再び揺れる荷車の中で横たわる。
急に動いたので当然のように身体は痛い。
先程トヴィーが放った全く笑えない冗談を思い返し、憤慨する。
父フリードは生前子爵だった。つまりブライスにも子爵令息だった時代がある。
しかし父が亡くなった後、魔法制御の不出来を理由に次期当主失格の烙印を押されてしまう。
そして父親という傘を喪っていた彼は、叔父たちによってそのまま子爵家から追い出されることになってしまったのだ。
そんな訳でトヴィーの云う次期子爵様というのは本当に悪ふざけでしかない。
(トヴィー、後で覚えていろよ)
傷口を抉ってくれた同輩に対して悪態を突きながら、再び仰向けの姿勢になったことで、眼前に広がる青空と相対する。
「……」
父を早くに亡くした彼に騎士の何たるかを教えてくれたのは唯一の姉弟である姉だった。
この澄み渡るどこまでも美しい青空のような、そんな清廉潔白な上に勇猛果敢な騎士の生きざまを教わった。
ああやってトヴィーには揶揄われたが、確かにファルネルド子爵の位に執着が無いわけでは無い。
祖先が数多の血を流しながらも、戦で勝ち取って得た爵位だからだ。
しかし今は、父のように立派な騎士になれるのか、それがまずもって最優先事項となっていた。
今、大きな岐路に立たされている。
『人馬一体』の魔法を使いこなし、晴れて騎士となるか。はたまたこのまま成果が上がらず一兵卒に成り下がるか、である。
今20歳を過ぎた自分にはもう、猶予は多くない。
その証拠に、同い年でいまだ従騎士なのは、ブライスとトヴィーだけである。
その出世の遅いトヴィーも、貴族という傘がある以上、さすがにもうお声が掛かるはずである。
「ああ~……」
思わず声が漏れる。
自国だけでなく近隣諸国からも英雄扱いされている、まさにこの果てしなく広がる蒼穹のような存在である父上に比べ、自分のなんと矮小なことか。
視界一杯に澄み渡る碧い空を無性に消したくなり、思わず瞼を閉じたのだった。
◇ ◇ ◇
プライスは戦闘中に負った怪我の影響で、領内警護の任を解かれていた。
そんな彼にこのたび辞令が届いたのは、その3日後のことだった。
王都にある貴族学校で就学中のシェルストレーム辺境伯ご令嬢、ナターリエお嬢様の下へ護衛に向かえという。
本来なら飛び跳ねるほど喜びたいところである。
だが魔法を上手く御せずいまだ騎士となる見込みが見えない。
それで一体どの面下げて崇敬して止まないナターリエお嬢様に逢いに行けるというのか。
そう痛感しているというのに、ちょっとでも油断していると顔がにやけてくるし、心が弾むし、妙な浮遊感が全身を覆ってくる。
(嗚呼殴り飛ばしたい。そんな浮ついた自分を渾身の力で……!)
ここまで読んで下さり有難うございます!




