02.人馬一体は騎士の資格
村の救援に現れたキールステッド中隊長率いる騎兵隊が魔物の群れを貫いた。
土と血の煙が空間を覆い、その隙間を埋めるように魔物達の四肢が宙を舞った。
ちなみに間断なく、というのは正確には誤りである。
その場で伏せていた従騎士ブライスと、動きの鈍くなった巨躯の魔物レイジング・ベアだけは見事なまでに避けられていた。
それ以外はこの騎馬突撃で全てただの肉片と化した。
ブライスはそれを身をもって体感した。
魔法と戦闘技術の融合。
最強の騎馬突撃『 人馬一体』
ブライスは魔物の黒い返り血を全身に浴び、鈍色の鎧が全く別物に変わっていたが、それを気にする素振りもなく地面に突っ伏したまま動けないでいた。
眼前で放たれたその武技による光景は余りに美しく、そして圧巻だった。
ややあって我に返る。
そして熱を帯びた何かが胸の奥から涌き出て来た。
なるほどこれは納得せざるを得ないだろう。
魔法を上手く制御できない自分がこの隊列に連なって他と歩幅を合わせられない以上、いつまで経っても従騎士止まり。
騎士への道は閉ざされているのだとーー
「くそっ!」
背中の痛みなど気にしていられない。口惜しさと不甲斐なさで歯噛みし、思わずその場で拳を地に打ち据える。
齢20。
貴族の令息ならばとっくに騎士を叙爵されて然るべき歳だ。
そうでない場合、せいぜいあと1年といったところだろうか。騎士となれる猶予は。
それを過ぎれば準騎士。称号ですらない。
しかしそれならばまだ良い方で、平民扱いのブライスがその先にあるのは一兵卒でしか無い。
歯噛みするが、震えているのか上手く噛み合わない。
揺れているのは身体か感情か。
(……制御だ)
結局いるのか、魔法の制御が。
こうやって『人馬一体』以外の方法で足掻いたところで、ただその現実を突き付けられるだけなのだ。
そんな羨望の矛先である騎兵。
そして弓を構え、機動力の落ちたレイジング・ベア目掛けて次々に騎射を開始した。
この魔物には両後ろ足に傷を負わせているとはいえ、今回の群れの中でも生命力と凶暴さは頭一つ抜けている。
それ故、下手に近付かずまずは遠距離攻撃で力を削いでいくという算段だろう。
魔法で威力を高めた騎射でもってしても、おいそれとこの魔熊の強靭な体毛と皮膚は貫けない。
手数で勝負すべく、次々に飛矢の数が増していく。
友軍の奮戦において、自身の存在はただ邪魔になっているだけだと感じていた。
そんな中、隊を率いるキールステッド中隊長と2人の従騎士が駆け寄って来た。
ブライス同様、暴れ馬に跨りながら騎槍を天に掲げている騎士という、泰西騎士団を表す紋章が刺繍された外套を、3人ともが羽織っていた。
騎士爵と従騎士の違いはその配色だ。
従騎士が纏う外套が青一色であるのに対し、騎士爵のそれは縦に分割された青と黄色の二色という代物だった。
青と黄色の組み合わせはヴェストゥーナ王国を示す。
「兜を取ってやれ」
馬上からこちらを見下ろしていた中隊長が仲間に指示を送る。
「うぶっ」
兜と甲冑が揺れ、思わず呻く。
どす黒い血糊を飛ばしてもらうために、真横から風魔法の突風に煽られたからだ。
そして両脇を戦友に抱えられ、さらにその上でご丁寧に兜まで取ってもらう。
「はぁ、はぁ……っ!」
その父親譲りの深紫の髪から大量の汗が滴るよりも先に、貪るように空気を食らった。食らい過ぎて酷く咳込んでしまう。
近くで魔熊の咆哮と飛矢の鋭い風切り音を聞きながら、その場から少しずつ遠ざかって行く。
抱えられたブライスの近くを馬で闊歩していた中隊長が、その馬に備え付けられていた弓矢を取り出す。
その弓矢を構え、詠唱する。
他の騎兵同様、射撃能力を上げる魔法だ。
中隊長が弓の弦を引き絞った後、矢羽根部分から右手を放し、矢を射る。
一際重い金切り音を上げ、それが見事レイジング・ベアの喉元に命中したことを確認すると、中隊長は馬首を翻した。そして再びブライス達に追随する形を取った。
「だから云ったんだ大馬鹿野郎」
キールステッド中隊長の見事な射撃に見惚れていたところ、頭上から叱声が飛んで来た。
「お前を斥候に出す際、俺はこう伝えたはずだが。『単騎で仕掛けることなく斥候の任を果たせ』と」
「お言葉ですが、あの状況で魔物達を村落に接近するさまを黙って見過ごすなんて、私にはできません。騎士の名折れです」
「まったく、従騎士の分際でよく回る口だ。魔法が制御できず、騎士叙任の資格がない奴が大口を叩くな」
この国で騎士になろうとするなら主君に認められる前にまず魔法を扱え、その魔法を管理する教会の承認を得ることが必要不可欠だ。
だがブライスはこれで口を噤まなかった。
疲労と痛みでとてもではないが、こうして抱えられてもらえないと歩行もままならない。
しかしそれでもなお瞳に滾る熱を冷ますことなく中隊長を見据えた。
「領民の虐殺を高見から見過ごすことが騎士になる道だと仰るのなら、そんなものこちらから願い下げです」
「何」
「中隊長こそ、教団がお遣わしになった神聖修道騎士とは思えない発言だと存じますが」
「貴様……」
ここでこの上官が、兜の可動式前面部を上げたことで、その表情が窺えた。
無精髭を備えた彫りの深い精悍な顔付きに、鋭い焦げ茶色の双眸。
そんな泰西騎士団の中隊長――キールステッド卿と睨み合う。
「修道騎士と解かっていながらこの俺を説教するか。貴様いい度胸をしているな」
これはぶん殴られるかも知れない。
もしくは何かしらの罰を受けることも覚悟の上だったが、思いのほかあっさりと、目の前の中隊長から表情の険が取れた。
「お前の行動は上層部に報告しておく。後は知らん。……まったく、お前は一体どこの前騎士団長だ」
そう云われたので顔を上げる。目が合うと、彼はその口をへの字にしてみせた。
「……ってお前、フリード前団長の子息だったな」
云い終わる頃には、苦虫を嚙み潰したような表情へと変わっていた。それがこちらに対する侮蔑の類でないことは感じられたので、一人ボケ突っ込みを披露しただけの形になってしまった上官に苦笑いで応対しておく。
抱えてくれている両脇の従騎士2人からも笑いの空気が伝播した様子が窺えた。
ブライスの父フリードは泰西騎士団の前騎士団長。
そして故人だ。
このシェルストレーム辺境領を護るために名誉の死を遂げた。救国の、不世出の、天下無双の英雄。
生前、隣国である諸島連合に侵略してきた帝国軍を、寡兵ながら援軍として参戦。
見事帝国軍を追い返したという戦歴の持ち主で、誰もが羨み憧れる騎士である。
そりゃあそんな父の下に付いていたんだから、キールステッド中隊長も、向こう見ずな死地に臨んだことも一度や二度では済まなかっただろうことは想像に難くない。
魔物に叩き付けられた背中よりも、もっと内側に潜む痛みが戻ってきた。
そんな英雄を父に擁しながら、一体己は何をやっているのか、と。
(これじゃいつまで経っても崇敬するナターリエお嬢様を護れるような騎士になんて、なれないじゃないかーー)
「まあなんだ、よくやったと思うぞ」
「…え?」
神妙な面持ちで思い詰めていると、馬上から中隊長に再び声を掛けられた。
それに気付いて顔を上げるが、当の本人はこちらを向いていなかった。馬の歩の先へと視線を向けながら、そのまま言葉を続ける。
「役目を放棄したのは紛れもない軍令違反だ。だがあの規模の魔物相手に、まったくと云っていいほど被害が出ず討伐できた。せめて胸を張れ」
「中隊長……」
「お前のその背中と……足もか? とっととしかるべき魔法で治して貰えよ。せっかくの完全勝利をもしお前のバカ高い魔法治療費のせいで台無しになんてされた日にゃ、その分お前の報酬から差っ引くからな。ただでさえお前の囮が嵌り過ぎたせいで大半の魔物は損壊が酷過ぎて素材としての価値が少ないんだ、解かっているのか」
「……容赦無さ過ぎですよ中隊長」
「今回の被害損益の報告書しっかり手伝えよ」とも追撃してきた中隊長に、げんなりしながらの抗議は何の効果もなさなかったようだ。
そんな下らないやり取りに、周囲が笑いに包まれる。
もしかしたら、中隊長なりの労いだったのかも知れない。
だとしたら辛辣な激励である。もう少し解かり易く労っていただきたいものである。
云いたいことは云い切ったのだろうか、ここでキールステッド中隊長が踵を返す。
そして部隊に「解かっていると思うがその熊はできるだけ傷付けるなよ。俺がとどめを刺す」だとか、「今斃れている魔物にも油断するなよ、あと周囲の警戒も怠るな」等と矢継ぎ早に指示を出している。
と、そんな中、
「おい、『魔剣頼みのでき損ない』」
唐突に間近でブライスの蔑称が聞こえた。その発信源の方に振り向く。
そこにいた声の主は肩を担いでくれていた、同胞の一人だった。
上げた兜の可動部と共に視界に入ったのは、薄茶色の垂れ目をした同い年の馴染み顔だった。
訝し気にその同胞を睨むと、彼は先ほどの悪口など意にも介さず満面の笑みを見せつけてきた。
「……そう云っていた奴らが、『遠視』の魔法でお前がたった一騎で魔物の群れに突っ込んだことを知って度肝抜かしてたぜ」
「止めろトヴィー」
今度は垂れ目の戦友――トヴィーとは反対側で肩を担いでくれていたもう1人の同胞が制止の声を発した。
彼――優男のフェルは、俯き気味にそう呟いていた。
しかしそんな彼の言葉などどこ吹く風とばかりにトヴィーが話を続ける。
「驚いた連中の開けっ放しになったあの間抜けな口、あれ何が入るかな?葡萄放り込んでも気付かねぇかもな」
「止めろと云っている」
再びフェルから漏れる諫止の声。しかしなんだか様子がおかしい。
彼は俯きながら甲冑越しに脇腹を抑えていた。そして震えながら、
「もう…駄目だ…思い出したら…お腹が…よじれる」
それを聞くや否やトヴィーが盛大に吹き出した。
フェルは涙目になっていた。涙目になりながら笑っていた。
ブライスもトヴィーも声量を気にせず大笑いした。
ブライスは笑う度に背中に痛みが奔っていたが、知ったことでは無かった。
分も場も弁えず、従騎士三人雁首揃えて存分に笑い合う。
そんな彼らを、無事に戻っていたブライスの愛馬シュテルナが、正面から不思議そうに首を傾げて眺めていたのだった。
ここまで読んで下さり有難うございます!




