13.王宮庭園での因縁
豪華な馬車が次々に王宮庭園付きの馬車寄せに入って来る。
馬車を誘導する者、貴族の令息・令嬢、それに追従する者、出迎える者。
それらが忙しくなく行き交う中、ブライスは辺境伯令息アルフォンスに視線を向けれられ、固まっていた。
と、先に動いたのはアルフォンスだった。
目の前にいる自身の妹に向き直る。
「ナターリエ」
「なんでしょう、お兄様」
「父上は、この者をお前の婚約者と定めたのか?」
「……は?」
「……え?」
公の場であることを完全に忘れてしまったかのような素っ頓狂な表情で、辺境伯令嬢ナターリエはその場で固まった。
ブライスはブライスで、驚きのあまり声が漏れてしまった。
「な、な、何を急に……!」
「え? いやだって彼、こんなに若いのに魔剣携えているじゃないか。泰西騎士団なんだろう違うのか」
「そ、そうなのですけれどっ……!」
ナターリエがちらちらとブライスを見遣りながらじどろもどろに答えていた。
お嬢様は本当に困っておいでだ。何とかして差し上げたいが、こちらとて混乱している。
狼狽しているナターリエを前にして、アルフォンスは軽く肩を竦めた。そしてブライスへと向き直る。
「君、名は」
「は、はい。従騎士ブライス・ユンベルグと申します。お会いできて光栄に存じます、アルフォンス様」
「うむ。……え、従騎士?」
そう呟いたアルフォンスは、こちらを訝るようにややを眼を細めてみせた。
「外套に黄色が無い……従騎士だ。そうだ従騎士じゃないか」
騎士と従騎士の違いは色々あるが、一番見た目で解かり易い箇所が外套である。
青一色の外套が従騎士用。
黄色と青色を中心から左右にニ分した物が騎士用である。
困惑した表情でアルフォンスがナターリエに視線を向けた。
「いや、さすがに、いい歳した従騎士にお前をやるわけには――」
「誤解なのです、お兄様」
「何の誤解だと云うのだ。……いや待てよ? 魔剣持ちの従騎士……」
頬を紅潮させているナターリエを脇に置き、アルフォンスが少し物憂げに虚空を見つめ始めた。
しかしそれも束の間、再び視線をブライスに戻す。
「なるほど。では君が噂の――」
アルフォンスはそこで言葉を止め、唇を閉ざした。代わりと云ってはなんだが、不敵な笑みをブライスに呈して来た。
笑顔を向けられたブライスは、息を詰まらせた。
表情にはおくびにも出さないようにしたが。
(この人も私の二つ名を知っている。その名を発するのを止めただけのか、それとも――その先の何かまで止めたのか?)
「ほ、ほら、何時までもこんなところで戯れてなどいられません。お兄様もこの後、大事なご予定がおありなのでしょう」
「戯れているなんて酷いなあ。でもまあ、うん。そうだね」
「うん。そうだね」のところで軽くブライスを一瞥した後、アルフォンスがナターリエに頷いた。
そしておもむろに彼女に向かって軽く曲げた肘を差し出す。
一拍置いて心を落ち着かせたのであろうナターリエが、そっと兄の肘に手を添え、そして歩み始めた。
護衛騎士を含むアルフォンスの従者達が道を開け、その後背に回る。
ブライスはと云うと、それを視線だけで追っていたが、やがて正面のハマー卿に向き直った。
上官はブライスに向かって軽く肩を竦め、そしてその列の最後尾に続いたので、ブライスも倣って追従した。
――誰にも気付かれないほどの短い嘆息を付いた後で。
◇ ◇ ◇
庭園の入り口から王宮の使用人に案内され、辺境伯家の兄妹とその従者達が追従する。
様々な高さに刈り込まれた四角い生垣の間を通って行く。
そしてその先には、この日のために設けられたであろう会場が姿を現した。
庭園の中央に陣取っている噴水広場から、縦横に伸びる石畳。
そこから枝葉のように伸びる剪定された庭木や生け垣が、多様な姿を見せて連なっていた。
(凄いなこれは……)
ブライスはその光景に感嘆した。王宮庭園どころか王都も初めて訪れたとあって、なおさらだった。
目的の場所は噴水広場の前にある、煉瓦や砂利で舗装されたテラス。
そこには白い布が掛けられた長机や椅子が並べられており、すでに他の貴族令息、令嬢が集い始めていた。
その場に本日の主役の一人であり、西方の雄でもあるシェルストレーム家の令嬢が登場したのだ。
しかも次期辺境伯である実兄と共に現れたとあって、皆一様に視線を向ける。
そんな面々に対し、ナターリエやアルフォンスが挨拶に回る。ハマー卿やブライス達もその後に倣った。
1人、ブライスの見知った顔がいた。
足早にシェルストレームの兄妹に近付いて来る。
何年振りだかに遭遇したが、紫の髪と目尻の下がった双眸は変わらずだった。
ファルネルド子爵家令息グベル。その家はブライスの元実家に当たる。
ブライスをファルネルド家から放逐した、叔父ヤニクの長男だった。
こちらに近付いて来たその男は、アルフォンスとナターリエに向かって大仰に挨拶を行なった。
後ろに控えているブライスには気付いていないのか、こちらに視線を向けては来なかった。
そもそも城勤めするために子爵家を出たのが7つの時。そこから小姓時代にただの一度しか顔を合わせていないのだから、顔が解からなくても別段おかしくは無かったが。
「これはこれはシェルストレーム辺境伯のご令息とご令嬢。ファルネルド子爵家のグベルがご挨拶申し上げます。ご令嬢、今日は一際お美しいですな」
そう云いながら、お嬢様に笑顔――と呼ぶには随分下卑た笑いだ――を向けた。
お嬢様はと云うと、それを不快に思ったのかどうか。その背中からだけでは窺い知れなかった。ただ、軽く会釈して返礼しただけだった。
「亡き叔父のフリードがご当主に忠誠を捧げていた時と同じく、我がファルネルド子爵家こそが貴家第一の腹心と自負しております」
「……ええ。今は亡き前騎士団長殿のご功績は、父も決して忘れることは無いでしょう」
「有難きお言葉、叔父を誇らしく思います。そしてわたくしめもこのたび、晴れてご令嬢と共に修了の歳となりました。どうぞ今後は叔父とご当主のようなご交誼を、ご令嬢とも結べればと」
この男は一体何を云っている。あろうことか、敬愛して止まないお嬢様にこのような厚かましい振る舞いを――
(ふざけるな!)
激昂し、その不遜な顔を一刀両断したい衝動に駆られる。
しかし主を前にして醜い私闘など、ブライスが目指す騎士の道から大きく逸脱している。
歯を食いしばり、なんとか拳を握り締めるに留めた。
そう自制しているというのに、だ。脳が勝手に、過去にグベルに浴びせれられた言葉を甦らせてくる。
――お前はもう用無しだよブライス。魔法が使えないんだって?だっせぇ、誰がそんな奴子爵にするってんだ? ええ? 騎士にだってなれないだろ、そんな奴――
――今まで次期子爵の座にふんぞり返っていたお前なんか、正統後継者であるこの俺様がボコボコにしてやるよ――
魔法が制御できなくなったことに気付き、懊悩していた小姓時代。折しもそんな時に浴びせられた言葉だった。
震える感情を無理矢理抑えつけようとすると、手足が震え出した。
(これは未熟な私に対する罰だ――)
魔物と対峙し、死線を前にしたような、そんな身体の底から湧き上ってくる熱情を必死に抑え込んだ。
だから魔法も制御できないのだと、自身に心を押し止めながら。
そんなブライスを知ってか知らずか、辺境伯令息であるアルフォンスが一歩前に出た。
主従とグベルがその挙動に注目する中、おもむろにグベルに対して軽く手を翳す。
「子爵令息グベルと云ったな。ファルネルド家は由緒正しき武門の家柄。お前も歴々の祖先に倣い、大いに励むが良い」
「あ、有難きお言葉にございます」
ブライスは必死になって感情を抑え込もうとしていた。
しかしアルフォンスの口上を前にして、今度は思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える羽目に陥った。
アルフォンスはグベルが口にした、ブライスの亡父フリードの名を敢えて出さず、歴々の祖先に倣えと宣っていた。
(ア、アルフォンス様の遠回しな牽制に、グベルが全く気付いていない……!)
こちらに背を向けているアルフォンスの表情は窺い知ることができない。ブライスは今どんな顔をしてグベルを相手にしているのかも含め、この次期辺境伯の人となりをもっと知りたくなった。
ふつふつと湧いていた黒い感情が、気が付けば落ち着ちを取り戻していた。
満面の笑みを浮かべたグベルは、辺境伯家の兄妹に向かって一礼した。
そして「他の皆様のご挨拶もありますのでこれで……」とだけ云い残し、そそくさとその場を去って行ったのだった。
ここまで読んで下さり有り難うございました!




