14.修了祝賀会
ファルネルド子爵令息であるグペルが立ち去った後、辺境伯家の兄妹であるアルフォンスとナターリエが従者達の方に、つまり180度向きを変えた。
「っ!?」
その瞬間、それを見たブライスだけでなく、その場に居合わせた従者が全員凍り付いた。
ナターリエお嬢様が眉間に皺を寄せ、憮然としているではないか。
しかしそんなブライスを含めた周囲が固まってしまった中でも、ハマー卿やアルフォンス付きの護衛騎士など一部の従者が即座に主の背後に回り、周囲からの視線を妨げた。
「……」
ナターリエはおもむろに絹製の扇を取り出し、顔の下半分を覆う。
そんな妹を見て、アルフォンスが苦笑した。
「さっきの彼、なかなか面白いことを口走っていたね」
「面白い? 何が面白かったのでしょうか。西の盟主であるお父様の指図を仰ぐこと無く、王家の名を利用して勝手にブライスをファルネルド子爵家から追放しておきながら、よくもまあ第一の腹心などと……」
「あ、そっち? そっちが気に入らなかったんだ?」
「?? な、なんですの?」
目をしばたたせているナターリエを前にして、アルフォンスは指で自身の顎を軽く挟んだ。
「え? いやぁ、ふーん。へぇー」
「……お兄様、笑い方が気持ち悪いです」
「もっと言葉を和らげなよ。学校で何を学んできたんだい」
「わたくしの言葉遣いを注意する前に、そのお顔を慎んで下さいませ」
「おいおい。16歳の時にはもう騎士爵を得ていた、そんな早熟天才剣士の顔が悪いわけ無いだろう」
「それはお兄様の実力では無く、辺境伯令息いうお立場がそれを可能にしたのではありませんか」
「まあね、戦うの苦手だしいやいや言葉を包めとあれほど――」
なかなか他家に聞かせられない話をしているが、『聴覚強化』の魔法を使用されて盗聴される心配は無いだろう。
こんな大勢の人がごった返しているところでそんな魔法を使ってしまえば、唱えた瞬間にその者の鼓膜が破れることになる。
不毛な応酬に発展しそうな辺境伯の兄妹とは裏腹に、周囲の喧騒が少しずつ引いていくのを、ブライスは感じ取っていった。
アルフォンスもナターリエもさすがに察したのだろう。少し離れているところで音曲を奏でていた楽団が、その音色を止めるころには周囲に倣っていた。
その場にいた人々が、噴水の向こう側に設営された、一際高い天幕へと視線を注いでいる。
完全に周囲の会話が止まった中、その天幕の中から一人の貴人が姿を現した。
金の髪に金の王冠を被り、深紅に染まった外套を羽織っている。
(あれが我が国の王、エンゲルブレクト陛下か)
日没前ではあるが、すでに篝火が焚かれている時分。そのうえ遠目である。
とは云え現ヴェストゥーナ国王をブライスがじかに拝んだのは、これが初めてのことだった。
「卒業生、及びご参列の皆々。このような素晴らしい晴れ舞台を共に祝えることをこのエンゲルブレクト、心より感謝申し上げる」
国王による祝辞が始まった。
よく通る声で自信に満ち溢れているのが伝わる。
彫りが深い顔に、髪と同じ色の顎鬚を蓄えてはいるが、それでもブライスの主君である齢40を過ぎた辺境伯ルドヴィク閣下より年若かったはずだ。
ブライスは演説を傾聴しない。
国王の立ち振る舞い、辺境伯家兄妹や周囲の反応など、ここにある全体の動きを掴みながら警護に重きを置く。
幸運なことに、ナターリエの表情が少しだけ窺い知れる立ち位置にいた。
その凛とした立ち姿を、煌めく瑠璃色の双眸と共に拝めるのである。そんな状況を彼は、騎神デインや聖神アトレイアなど、幾つもの神々に感謝した。
しかし国家の元首たる国王陛下の祝辞を脇に置き、気が付けばお嬢様に視線が戻ってしまっている。何度もだ。
(それって騎士としてどうなんだ……?)
そう思って視線を戻した先にも、やはりお嬢様がいた。
……胸中で呻いた。
ブライスがそんな小さな葛藤を抱えている間にも国王の祝辞は進んでいく。
ナターリエなどの卒業生に対する労いや今後の期待、国家に対する自身の存念などを語った後、その場の端々で控えていた召使いたちが杯を配り出した。
侍女のサルマが果実酒入りの杯を受け取り、それをナターリエに手渡す。
ちなみにブライスやハマー卿は、ここでは警護が本分なので杯は回って来ない。
貴族を中心とした参列者につつがなく杯が振る舞われた頃には、壇上の国王の手にも金色に輝く杯が握られていた。
「国家が誇る若き俊英達の、その洋々たる前途に神の祝福があらんことを」
国王が軽く杯を掲げると、参列者もそれに倣って杯を掲げた。
――国王が祝辞の終わりと共に壇上を後にすると、会場に楽器の音色が戻り、再び辺りが賑わい出した。
「さてと、お姫様の臨時護衛騎士としての務めはここまでのようだ。そろそろ同盟国の客人をもてなしに行ってくるよ」
「色々と有難うございました、お兄様。お役目を全うできますよう、陰ながらお祈りしております」
「君の心遣いに感謝するよ、愛しのナタリー」
ナターリエの会釈に対し、愛称と礼で応えたアルフォンスは次に周囲を見渡した後、視線をハマー卿に向けた。
「それでは頼んだぞハマー卿、妹を父上や母上のもとに無事送り届けてくれ」
「騎士の名に懸けて」
ハマー卿の誓いと敬礼に、ご令息が目を細めて頷く。
勿論、脇に控えていたブライスも上官に倣い、敬礼を行なった。
「さて、従騎士ブライス、だったかな」
「はい」
もしかしたら声を掛けられるかも知れないと身構えていたところを、本当に名を呼ばれた。
努めて冷静に返事をする。
「君にも興味があったんだけどね。まあそれは今後の楽しみに取っておくよ」
「勿体無きお言葉でございます。……あの、アルフォンス様」
「なんだい?」
「誠に僭越ながら、ファルネルド子爵令息様に掛けられたお言葉に感服しておりました。できれば私も、アルフォンス様ともう少しお近付きになれればと思っております」
突拍子もないことに聞こえたかも知れない。ご令息は面食らったかのように目を丸くした。
ブライスは相手の翡翠色に輝く双眸を見据えながら、軽く口角を上げた。
こちらの表情で何かを察したのだろう。ご令息の表情が満面の笑みへと変化した。
「いやいや、それは困るなぁ。なんてったって、俺の可愛い妹が君の従兄弟より君と仲良くしたいみたいだし、妬まれちゃうよ」
次に目を丸くしたのは、傍でやり取りを見ていたナターリエだった。しかしすぐさまその眉根を寄せ、アルフォンソに詰め寄った。
「もうっ、お兄様! 下らないお戯れなど止めて、早くお務めに戻って下さいませ!」
両の拳を握りしめながら頬を紅潮させて非難するナターリエに、アルフォンスは軽く一笑した。
「ははは、辺境伯領の同胞らに騎神デインの加護が授からんことを。それではご機嫌よう」
ナターリエの威嚇を涼しげに躱しながら、アルフォンスが自らの従者たちを引き連れて去って行く。
その去り際、兄妹を護衛している2人の騎士が、視線を交わす。
そして手短に、胸に手を当てて敬礼を行なった。
(いつか自分も……)と、だけ念じると、ブライスは2人の分まで警護の目を光らせた。
「――まったく」
遠ざかって行った兄とその一向を、しばらく見据えていたナターリエが嘆息する。
「ブライス。兄が申したこと、ただの戯れですから」
「はい、承知しております」
「承知、って……ちょっとは動揺しなさいよ」
「……はい?」
「……っ。な、何でもないわ」
「???」
ナターリエから顔を背けられる。
何か間違ったかも知れないが、お嬢様は何でもないと仰っている。
そう思いながら視線を何気無くハマー卿に向ける。
上官は素知らぬ顔で明後日を向いていた。
「……」
もしやと思い、侍女のサルマに視線を送る。が、こちらも合わせてくれない。
……どうやら何かを間違えたらしかった。
ここまで読んで下さり有り難うございました!




