11.護衛の前にすることは
司祭への挨拶を済ませ、大聖堂を後にする。
その後、令嬢であるナターリエは昼食へと向かうことになったのだが、ハマー卿とブライスは同行しなかった。
ハマー卿は王室側との書簡のやり取りや護衛騎士の引継ぎ、兵舎における出立の手続き、各員の配置や任務振り分けなどのためである。
「お前もいずれはやることになるんだ。頭では何となく解かってんだろうが、できるだけ時間割いて俺のやること見とけよ」
別れ際にブライスに指差しながらそう宣うハマー卿には、いささか余裕があるように感じられた。
そしてブライスはと云うと、隊に関することが主な任務である。
明日からの帰郷に備え、荷造りにも時間を割く。
とは云え、その日の夕刻に行なわれる修了祝賀会で必要な支度以外は、ほとんど侍女のサルマが片付けてくれていた。
「できるだけ騎士様方のお手を煩わせることが無いよう、精いっぱい頑張りますっ」
そう云ってサルマは両の拳を首下辺りの高さでぐっと握って見せた。頼もしい限りである。
生来持っていたものかも知れないが、彼女以外は学校側が手配した限定的な従者という環境が、より責任感を芽生えさせたのだろうか。
すでに書簡で知っていたことだが、ナターリエやこのようなサルマを目の当たりにして辺境伯領で働きたいと、何人かの従者から申し入れがあった。ナターリエはこれを許諾し、父である辺境伯当主へ報告した。
「サルマ殿を見ていればそれも納得です」
ブライスがそう本人に伝えると、彼女は照れながらはにかんだ。
帰路の人員が増えたが、ハマー卿が兵士の増員を昨日のうちに済ませてある。
他の業務では、家具などの重量物は元々室内に備え付けられていたり残したりするため、大掛かりな荷受け作業は無い。
それ以外では、主に馬や馬車などがブライスの管轄に当たる。
その一環として、増えた従者用の馬車を1台手配することにした。
買い付けを挟んでから兵舎へと戻ったブライスはまず、歩兵の下級指揮官に当たる伍長のもとへと向かった。
「ブライス様。命じられていた馬装の消耗品、新調しています」
「有難う、後で確認する。ところで伍長、食糧や飼葉を補給できる経路の確認なんだが――」
補給担当を兼ねている伍長と、帰還に滞りが無い経路の最終確認を行なう。
彼に装備の点検について後で報告するように伝え、次に足を運んだのは兵舎内にある厩舎。
ブライスにとって平時における主な職場でもある。
鞍や鐙の痛んでいた紐や帯が伍長の報告通りしっかり新調されているか、馬ごとに自分の手で確認していく。
その際、馬房にいる馬達の食欲や毛並なども注視する。ただし、ほどほどにだ。
ひらひらと空気中を舞う藁くずが、馬を撫でる右手の甲にそっと舞い降りた。
ここで根を詰め過ぎたら、厩の匂いを後ほどお逢いするお嬢様のもとにまでお届けしかねない。
「面白い香を焚いていますねブライス。辺境伯領で流行っているのですか」と、皮肉を効かせてお嬢様に窘められる画を思い浮かべてしまい、短く呻く
さすがに大事な祝賀会の前にやらかすわけにはいかない。
「馬、馬装共に異常なし。……早いところ身を清めるか」
円らな瞳の愛馬シュテルナと見つめ合ったまま、そう呟いた。
厩舎を後にし、随行していた兵士に風の魔法を詠唱してもらう。
彼が魔法を唱えると、ブライスの髪や衣服に付着していた幾つかの藁くずが風で飛ばされ、宙を舞った。
「すまないな。自分でできればいいんだが」
「いえ問題ありません。ブライス様がここで魔法を使われると、下手したら家屋が飛んで行ってしまうかも知れませんので」
「……そうだな」
真顔で返してくる兵士に向かってできるだけ感情を込めず、いやむしろ感情を無にしてそう答えた。
兵士に礼を伝えた後、ブライスは外套を外して井戸へと向かう。
「……」
黙々と手や顔を洗いながら、ナターリエお嬢様とのここまでのやり取りを自然と想い返していた。
(未だ従騎士にまま再会するだけでも後ろめたいのに、そのうえ学校の応接間でも大聖堂でも励まされて……不甲斐ない)
思えばお嬢様がまだ辺境伯領にいた頃は、助けてもらってばかりだった。
表情に出せずとも『魔剣頼みのでき損ない』と呼ばれていることに、まだ心の折り合いが付かない。
この魔剣はシェルストレーム辺境伯閣下に貸与してもらっている身なのでなおさらだ。
――その剣を扱える者が、恥じ入る必要など無いのです、何も――
ナターリエの言葉を反芻し、彼の手が止まる。
魔法を扱えないこの身が、魔力量が必要な魔剣は扱えるという事実。
胸は張れずともここまで進んでこられたのだ。探さなければならない、自分なりのやり方を。
そんなことを考えながら、俯いた顔から滴り落ちる雫を見据えたのだった。
ここまで読んで下さり有り難うございました!




