36.おばあちゃんの遺品(2)
「……本当に鈴が喋った」
私の手のひらの上で、ちいさな鈴がコロコロと転がりながら叫ぶように声をあげる。
「俺の音は誰かに聞いてもらうためにあるんだ! だから、こんな人のいない場所になんて、いたくない!」
必死な響きに、私は思わず眉を寄せた。どうやらこの鈴は、ここに閉じ込められるのが嫌らしい。じゃあ、気に入った場所に連れていけば、この音も止むのだろうか……?
「ふむ……」
横から低い声がして振り返ると、宙に浮かんだハイドが私の手を覗き込んでいた。
「ヴァルヘルムの神域に触れたせいで、鈴に宿っていた邪悪な力が浄化されたんだろう。で、ついでに自我まで芽生えちまったわけだな」
「……やけに詳しいね」
「まぁ、こんな事態は一度や二度じゃなかったからな」
「じゃあ、こういう場合ってどうすればいいの?」
「鈴の望みを叶えてやるか……もしくはチャルカに任せることだな。チコはそういう品をチャルカに預けて、うまい具合に適切な買い手へ流してた」
「えっ……呪いのアイテムだったものを売ってたの?」
私は思わず声をひそめる。けれどハイドは肩をすくめるように笑った。
「そうでもしなきゃ、物が減らないからな」
おばあちゃんの豪胆さに、私は改めて驚かされる。だって、ここにある品はどれも曰くつき。普通なら恐れて封じるのが当たり前なのに……それをあっさり売りさばいてしまうなんて。
……ん、ちょっと待って。
「ヴァルヘルムの神域?」
「あぁ。あのドラゴンはあんな成りをしているが、一応神の一種だ」
「か、神様!? な、なんで神様がこんなところに閉じこもっているの!?」
「まぁ、神様にも色々事情があるらしくてな。それで、どうせ閉じこもるなら便利に使おうとチコが考えたわけだ。曰くつきのアイテムを浄化する浄化装置としてな」
「か、神様を……浄化装置に!?」
いやいやいや、話が飛躍しすぎてついていけない! ヴァルヘルムもおばあちゃんも、どうしてそんな扱いに文句ひとつないの!? おかしいでしょ!?
「あのドラゴンさん……神様だったんですね。わたし、神様を見るのは初めてです」
横で話を聞いていたメルが、目をきらきら輝かせてヴァルヘルムを見上げる。……いや、いやいや。
「ちょ、ちょっと待ってメル! そんなうっとりした目で見るものじゃないから!」
「えっ、そうなんですか? ……じゃあ、こんな目で?」
そう言って、わざとらしく小首を傾げるメル。その可愛らしさに、思わず言葉が詰まった。
「う、うーん……それはそれで可愛いんだけど……。いや、今はそんな場合じゃなくて! 鈴のことを考えないと!」
ああ、頭がこんがらがってくる! ヴァルヘルムが神様だった件は一旦棚上げ。今は目の前の鈴の問題をどうにかしなくちゃ……!
「あの、鈴さん……」
「なんだ!? ここにはもっと人がいないのか!?」
鈴の声は思っていた以上に大きくて、まるで自分の存在を誇示しているみたいだった。けれど、その響きにはどこか寂しさが混じっているように感じる。
「ここは人がいるような場所じゃないからね。話を聞いていると、もっと鈴の音を聞いて欲しそうだけど……」
「そうだ! 呪いの鈴と言われた俺の音は聞く人の寿命を奪い取る力があったんだ」
「じゅ、寿命!?」
思わず背筋に寒気が走る。けれど、鈴は誇らしげというより、どこか悔しそうに言葉を吐き出していた。
「だけど、その呪いの力が消えて、新しい力を手に入れた! 今度はその力で人の役に立ちたい」
「な、なるほど……。だから、そんなに人に鈴の音を聞いて欲しかったんだ」
ただ鳴り響きたいだけじゃなくて、自分の存在を誰かに知ってほしい。その気持ちが伝わってきて、胸の奥が少し温かくなる。
「ちなみにどんな力を手に入れたの?」
「疲労を取ったり、体力を回復させたりする。どうだ、これは人の役に立ちそうな力だろう」
「確かに……役に立ちそうな力だね」
疲労を取って、体力を回復させる……。それってもう、働いている者にとっては喉から手が出るほど欲しい力じゃない。いや、むしろ私が欲しいくらいだ。
――待てよ。星見亭の扉に付いている鈴と交換すればいいんじゃない?
そうすれば、お客さんが来るたびに鈴の音が鳴って、それを聞いたお客さんが元気になれる。……うん、それはすごく良い。
「じゃあ、私の星見亭の扉にくっつかない? そうしたら、色んなお客さんに鈴の音を聞いてもらえるし、その力を使えると思うの」
「それはいいな! ぜひ、俺をそこに連れて行ってくれ!」
「じゃあ、決まりだね」
こうして鈴の居場所が決まると、けたたましく響いていた音が嘘みたいに静まった。張り詰めていた空気が和らぎ、私もようやく肩の力を抜くことができた。
「ようやく鳴り止んだか。良かった、良かった」
ヴァルヘルムが安堵のため息を吐く。その声を聞いて、あの巨体のドラゴンでもうるさかったんだと妙に納得してしまう。
「じゃあ、用事も終わったので帰りますね」
「ちょっと待った。気晴らしに外に出たい。星見亭でコーヒーでも奢ってくれ」
「えっ? その……体が星見亭に入らないと思うんですけど」
「その辺は大丈夫じゃ。小さくなるからな。ほら、見てみろ」
何を言い出すのかと思った次の瞬間、ヴァルヘルムの巨大な体がみるみる縮んでいく。黒い鱗が揺らぎ、輪郭が人の形を象りはじめた。
そこに現れたのは、黒髪を長く垂らした、美しい女性の姿だった。艶やかな髪が光を受けてきらめき、鋭さを残した瞳は、どこか気高い雰囲気を漂わせている。
「……どうじゃ。これなら星見亭に入れるであろう?」
しれっと言うヴァルヘルムに、私は目をぱちくりさせた。えっと、ヴァルヘルムって……女性だったの?




