表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界喫茶で再出発ライフ  作者: 鳥助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/44

33.看板娘メル、誕生!(1)

 時計の針が午前七時を指す。それを確認すると、私はエプロンの紐をキュッと結び直して気合を入れた。


「じゃあ、開店するわよ。準備はいいかしら?」


 ハイドに視線を向けると、彼は無言でしっぽをひと振り。それが「任せろ」という返事だと分かって、思わず笑みがこぼれる。


 一方で、メルはというと――。


「は、はいっ! よ、よろしくお願いします!」


 小さな体をピンと伸ばして、やけに気合が入りすぎている。その姿は微笑ましいけれど、この緊張もいずれいい具合に抜けていくだろう。


 メルは意を決したように扉の前へ歩いていく。深呼吸をひとつして、震える手で取っ手を握った。


「……い、いらっしゃいませ! 星見亭へようこそ!」


 店内に元気な声が響き渡る。


 すると、扉の向こうから人の話し声が返ってきた。何を言っているかまでは分からないけれど、メルは一生懸命に受け答えしている。


 やがて扉が大きく開かれ、お客さんが中へと足を踏み入れる。


「ア、アカネ!? こ、これは一体どういうことニャ!?」


 大きな声をあげたのはチャルカだった。その後ろからは、一昨日の三人組が戸惑い気味にぞろぞろと入ってくる。


「いらっしゃいませ。新しい従業員を雇ってみたんです」


 私がさらりと説明すると、四人はきょとんとした顔。だけど、納得できないといった様子で、そのままカウンター席に腰を下ろす。


「ちょ、ちょっと待つニャ。昨日までは何も言ってなかったニャ」

「そうよねぇ。そんな素振り、これっぽっちもなかったわ」

「まさかこんな可愛らしい子を雇うとは……うむ、予想外だ」

「で、で? 一体昨日、何があったんじゃ?」


 四人の視線が一斉に私へ突き刺さる。まるで「説明するまでは注文しないぞ」と言わんばかりだ。


 横を見ると、メルがオロオロと所在なさげに立ち尽くしている。その姿が可愛くて助け舟を出したくなるけれど……いや、今は四人の詰問に答える方が先だろう。


「実はですね――」


 だから、私は先に事情を説明した。順を追って話すうちに、四人の表情が少しずつ和らいでいく。


「あの後にそんなことがあったのかニャ」

「ははっ……良かったなぁ、本当に」

「それなら雇って正解ね。間違いないわ」

「ふむ、これも神の導きかもしれんのぅ」


 それぞれが納得したように言葉を重ね、深く頷いてくれる。胸の奥がじんわりと温かくなった。


「――というわけで、ウチの看板娘をよろしくお願いします」


 改めて頭を下げると、四人は声を揃えるように「うむ」と頷いてくれた。


「あ、あのっ!」


 その時、不意にメルが大きな声を上げる。全員の視線が一斉に向く中、彼女は小さな手に伝票をぎゅっと握りしめ、真剣そのものの表情を浮かべていた。


「ご、ご注文を……お伺いします!」


 すると、四人は表情を和らげて、普段はしない注文を次々とメルに伝えていく。メルは一つひとつ真剣に伝票へ書き込み、最後に丁寧に復唱した。


「――以上でよろしいですか?」

「合っているニャ」

「間違いないな」

「ええ、大丈夫よ」

「そうじゃ」

「ありがとうございます! 少々お待ちください!」


 四人から賛同の声をもらった瞬間、メルはぱぁっと笑顔を咲かせて深々とお辞儀をした。そして小さな足で駆け寄り、私のところへ来る。


「アカネ! 注文、ちゃんと聞いてきました!」


 弾けるような笑顔で伝票を差し出す。その耳はぴこぴこと忙しなく動き、しっぽは嬉しさを隠せずに揺れている。そんな姿があまりに可愛らしくて、思わず頬が緩んだ。私はそっとその頭を撫でる。


「うん、偉い! よくやったね!」

「え、えへへ……」


 少し大げさに褒めてやると、メルは恥ずかしそうに身を縮めながらも、心から嬉しそうにはにかんだ。


「ちっちっちっ、それじゃ褒めたうちに入らねぇな」


 わざとらしい声が割って入る。振り向くと、カウンターの上からハイドが得意げにこちらを見ていた。


「えっ、じゃあハイドはどうやって褒めるの?」

「俺か? こうだ!」


 勢いよくカウンターから飛び降りたハイドは、メルに両手を広げて抱っこをせがむ。戸惑いながらも抱き上げると、ハイドはすかさず顔や体をすりすりと押し付けた。


「よくやったぞメル! 偉い偉い! ご褒美に俺のセクシーゴロゴロをくれてやる!」


 そう言って、腕の中でゴロゴロ喉を鳴らしたり、お腹を見せて転がったり、挙句の果てにはくるくる回り出す。


「ふふっ、ハイド、くすぐったい!」

「どうだ、嬉しいだろ!」

「うん、とっても嬉しいです!」

「ほら見ろ! 俺の褒め方の方が最高だろう!」


 ハイドはキリッと得意げな顔でこちらを見やる。だがどう見ても、それは褒めているというより、ただメルの可愛さに負けて甘えているだけにしか見えなかった。


「ふふふ……俺の褒め方が上手すぎて、言葉も出ないか!」

「……はいはい」

「なんだその生返事は!」


 そんなことより、まずは注文に応えるのが先決だ。


 私は道具を調理台に並べ、コーヒー豆を丁寧に挽き、お湯を沸かす。香ばしい香りがふわりと漂い、心まで温めてくれる。慎重にドリップしてカップへ均等に注ぎ、最後にソーサーへ砂糖とミルクを添えると、熱々のホットコーヒーが出来上がった。


 カウンター越しに差し出そうとした瞬間、四人がそろって切なげな顔をする。


「できれば、メルちゃんから受け取りたいニャ」

「健気に頑張る姿が見たいのぅ」

「我もそう思う」

「メルちゃん、おねがーい!」


 子供のようにせがむ声に、私は思わず笑ってしまった。


「ふふっ、分かりました。メル、お客さんにホットコーヒーをお出しして」

「はいっ!」


 頷いて答えると、私はトレーにコーヒーを一つ乗せ、メルへと手渡す。メルはこぼさないように両手でしっかりと持ち、慎重に一歩ずつ客席へ歩いていく。その横顔は真剣そのもので、小さな背中がとても頼もしく見えた。


 やがて一番最初の客の前に立ち、そっとソーサーごとカップを差し出す。


「お待たせしました、ホットコーヒーです!」

「ありがとニャ!」


 受け取ったチャルカは嬉しそうに顔をほころばせ、そのままメルの頭を優しく撫でた。撫でられたメルは恥ずかしそうに目を伏せ、小さな声で「ありがとうございます」と返す。


「あっ、チャルカだけずるーい! 私もー!」

「次は我の番だ!」

「わしにも早く届けてくれんかのー」

「お、お待ちください!」


 すぐさま他の三人から声が飛び、店内は笑いに包まれる。メルは慌てて私のところへ戻ってきて、次のカップを受け取った。


 それから一つずつ丁寧に運び、渡すたびに頭を撫でてもらって――その度に、メルは嬉しそうに花が咲いたような笑顔を浮かべる。


 そんな姿を見る私たちの胸も、自然と温かくほどけていく。星見亭の空気は、今まで以上に柔らかく、優しいものへと満ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ