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異世界喫茶で再出発ライフ  作者: 鳥助


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32.新しい体制

「よし、今日も身支度完璧」


 鏡の前で自分の姿を整える。お客さんの前に出ても恥ずかしくない身なりだと確認して、一日の始まりに小さく気合を入れた。


 部屋を出て廊下を抜け、喫茶店に続く扉を開ける。差し込む朝日が店内を照らし、立って待っているメルと、カウンターに座って足をぶらつかせているハイドの姿が目に入った。


「二人とも、おはよう」

「よぉ、アカネ。おはよう」

「あっ、おはようございます!」


 挨拶を交わしてカウンターの中に入り、軽く息を整える。


「メル、新しい部屋はどうだった? ぐっすり眠れた?」

「は、はい! 本当に……すごく落ち着けました。あんな綺麗なお部屋をいただけるなんて……ありがとうございます!」

「ふふ、よかった。あの部屋はもうメルのものなんだから、遠慮せずに好きに使ってね」

「……はいっ!」


 何度もぺこぺこと頭を下げるメル。まだ緊張しているのが手に取るように分かる。だからこそ、もっと肩の力を抜かせてあげたい。


「それにしても、今日のラベンダー色のワンピース、すごく可愛いよ。白い耳としっぽが映えて、本当にお人形さんみたい」

「えっ……そ、そんな……似合ってますか?」

「似合ってるどころじゃない。大正解よ。ハイドもそう思うでしょ?」

「おうとも! 昨日のピンクもよかったが、今日はちょっと大人びて見えるな。なんつーか、看板娘って感じだ!」


 メルは慌てて両手を振り、真っ赤な顔で俯く。けれど、ふわふわしたしっぽは嬉しそうにぱたぱたと揺れていた。


「ほら、隠さなくていいのよ。褒められたらありがとうって言えばいいの。だって、本当に可愛いんだから」

「そ、そんなこと……。わ、私なんか……」

「なんか、じゃないぞ! 昨日会ったときよりずっと表情が柔らかくなってる。耳もぴんと立って、元気そうだしな。そういうのが全部、魅力なんだぜ」


 メルはますます俯いてしまったけれど、その頬はほんのり桜色なのが、何よりも答えだった。


「ふふ、ね? こんなに褒められるの、悪くないでしょ?」

「……あ、ありがとうございます」


 消え入りそうな声でそう言ったメルは、ようやく少しだけ笑みを見せてくれた。


「じゃあ、早速お仕事しようか」

「はい、お願いします! まずは何からすればいいですか?」

「朝に出すミックスサンドの具材の準備ね。今、卵を茹でるから……殻を剥いてくれる?」

「それなら、私にもできます! 任せてください!」


 ふんっと鼻息を鳴らして気合を入れるメル。その小さな体からは想像もつかないほど真剣な眼差しに、思わずこちらも背筋を伸ばしたくなる。


 大鍋に卵と水を入れる。魔法で水を一瞬にしてお湯に変えると、さらにコンロに火をかけて茹で始めた。その様子を見ていたメルが、ぱちくりと大きな瞳を見開く。


「すごい……! 一瞬でお湯が……!」

「ふふっ、これが私の魔法。使うと時間短縮になるの」

「アカネさん、魔法も使えるんですね……! か、カッコいいです!」


 目を輝かせて尊敬のまなざしを向けられると、なんだかこそばゆい。

 そんなやり取りをしている間に卵が茹で上がったので、熱いお湯を魔法で冷やしてしばし待つ。


「じゃあ、これ……お願いね」

「はいっ、任せてください!」


 卵をザルに移して調理台に置くと、メルが腕まくりをして卵に挑む。真剣な顔つきで、卵をコンコンと台に叩きつけ、出来たヒビに小さな指を差し込む。慎重に、でも着実に殻を剥いていく。


 その横顔はとても愛らしくて、つい頬が緩んでしまう。……けれど私も仕事をしなくちゃ。気持ちを切り替え、野菜を刻み始めた。


「できました!」


 弾んだ声に横を見ると、つるんと綺麗に剥けた卵を両手にのせて見せてくれるメルの姿。耳をぴくぴくと動かし、しっぽは嬉しそうにぶんぶん振られている。


「うん、とっても上手。よく出来たね、偉い偉い」


 思わず頭に手を伸ばす。さらりとした白い髪を撫で、大きなふわふわの耳をくしゅっと潰すくらいに撫でてやると――


「え、えへへ……」


 メルは照れながらも、嬉しそうに目を細めた。その笑みは、朝日のように柔らかく眩しい。褒めると少しずつ年相応の顔を見せてくれる。よし、このままどんどん褒めていこう。


 それからメルは卵の殻むきに夢中になり、私はミックスサンドの具材を丁寧に切り分けていく。殻にヒビを入れる音と、包丁がまな板を叩く規則正しい音だけが、心地よい朝の店内に響いていた。


 窓から差し込む光は柔らかく、カウンターを輝かせる。昨日までと変わらないはずなのに、メルがいるだけで空気が少し明るくなったように思えた。


「……できました!」


 メルが誇らしげに掲げた卵は、つるんと見事に殻が剥かれている。その卵が山盛りになっていた。


「上手ね。もう一人前だわ」

「えへへ……」


 褒められて頬を赤くするメルのしっぽが、ぱたぱたと揺れている。その姿に、カウンターでのんびりしていたハイドがにやりと笑った。


「いいじゃねぇか。新入りのおかげで、店の朝が賑やかになったな」

「ふふ、ほんとね。なんだか毎日がもっと楽しくなりそう」

「えっと、あの……騒がしくて、ごめんなさい」


 メルがおずおずと謝ると、私は思わず首を横に振った。


「ううん、怒ってるんじゃないよ。むしろ褒めてるの。賑やかな方が、店はずっと温かくなるからね」

「……そう、なんですか?」

「そうそう。その顔。その顔でお客さんと接してあげてね。そうすると、お客さんは『ここに来てよかった』って思ってくれるから」


 メルは驚いたように目を瞬かせた。


「えっ、いいんですか? 前は……笑っていると、逆に怒られて……」


 胸がちくりと痛む。けれど、だからこそ、ここで教えてあげなくちゃ。


「ここでは違うよ。星見亭に必要なのは、美味しいご飯と飲み物。そして、人を安心させる笑顔なの。料理だけじゃ人は癒やされない。誰かの笑顔があって初めて、この店は居場所になるの」


 メルはその言葉に小さく口を開け、やがて力強く頷いた。


「だから、メルはいっぱい笑っていいの。むしろ、笑ってほしいんだ。メルの笑顔はね、宝物なんだから」

「……宝物……」


 繰り返したその声は震えていたけれど、そこには確かに温もりが宿っていた。しばらく考えるように俯く。だけど、すぐにパッと顔を上げた。


「だったら、私……いっぱい笑いますね!」


 そう言って、とても可愛い笑顔を向けてくれた。その明るくて元気な笑顔に私もハイドも癒され、無意識に頭を撫でていた。

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