26.異世界の店
夜の異世界の町は思ったよりも明るかった。大きな通りを歩いていると、街灯が並び、行き交う人の姿を柔らかく照らしてくれる。
それに、夜空に浮かぶ月がやけに大きくて、その月明かりまでもが町を優しい光で包んでいた。……異世界の夜の町、思っていたより怖くないな。
「さて、アカネさんは何が食べたいかニャ?」
「えっ、私?」
「アカネさんの気分に合わせて、私が店を選ぶニャ!」
任せてくれと言わんばかりに、チャルカは自信満々に胸を叩いた。その仕草に思わず笑みがこぼれる。
「そうだなぁ……なんか、ほっこりするものが良いな」
「ほっこりかニャ? うみゃみゃー……」
首を傾げたチャルカは、すぐに真剣な表情になって考え込む。その額にしわを寄せる様子が妙に面白くて、私はじっと眺めていた。
すると、ぱっと目を見開く。
「だったら、シチューのお店にするニャ!」
「あ、いいかも。異世界のシチューか……どんなものか楽しみ」
「きっと、アカネさんも気に入るニャ!」
「俺もいるんだからな! 俺も気に入るものにしろよ!」
「もう、ハイドさんは食い意地が張っているニャー」
腕の中から身を乗り出してきたハイドの抗議に、私はくすっと笑った。本当に、この精霊は人の作った物が大好きなんだから。
三人で賑やかに歩いていると、チャルカが突然足を止めて前方を指差した。
「あのお店ニャ!」
その指先を追うと、そこには温もりを感じる一軒のお店があった。
外壁は落ち着いたクリーム色で、窓枠や扉には木材が使われている。小さな花箱が窓辺に並び、夜でも色とりどりの花が街灯に照らされてほのかに輝いている。扉の上には、丸い看板にスプーンとお鍋のイラストが描かれていて、どこか絵本に出てくるような可愛らしさだ。
店の周囲を漂う香ばしい匂いが、夜風にのってこちらまで届いてくる。
「わぁ……可愛いお店だね」
「お腹も鳴りそうな匂いニャ」
「……もう鳴ってるぞ、俺」
ハイドがぐぅと小さな音を立てて、私たちは顔を見合わせ、声を揃えて笑ってしまった。
そして、匂いに誘われるがままにお店の扉を開けた。扉に取り付けられた小さなベルが、ちりん、と澄んだ音を立てる。
中に入ると、外の夜気とは打って変わって、ほんのりとした暖かさに包まれた。
店内は広すぎず、こぢんまりとしているけれど、その分落ち着きがある。柔らかなオレンジ色のランプが、丸い木のテーブルや壁に優しい影を落としていて、まるで家のリビングにいるような安心感が広がっていた。
壁際には小さな棚があり、陶器のマグカップや草花を描いた絵皿が飾られている。窓辺には外と同じように花箱が置かれ、ランプの光を受けて、花びらがふんわりと浮かび上がって見えた。
「……なんだか、落ち着く場所だね」
「おうちに帰ってきたみたいニャ」
「俺、ここ気に入ったぞ! 絶対うまい物が出てくる」
ハイドが身を乗り出して周囲を見回し、嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせている。
奥からは、煮込み料理のいい香りが漂ってきて、鼻腔をくすぐった。バターと野菜がとろけた甘い香りに、香草の爽やかな匂いが混じって、思わず深呼吸をしてしまう。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
声をかけてきたのは、エプロンを身につけた女性店員だった。にこやかな笑顔が、この店の温もりをさらに引き立てている。
「三名だ! 俺も客だぞ!」
「ふふっ、そのようですね。では、こちらのお席へどうぞ」
案内されたのは窓際の丸テーブル。木の質感が残るテーブルの上には、小さなランプと花瓶が置かれていて、花瓶には可憐な野の花が挿してあった。
「すっごく可愛いニャ。アカネさん、気に入ったかニャ?」
「うん。落ち着くし、こういう雰囲気好き」
「うみゃっ、やっぱり正解だったニャ」
得意げに胸を張るチャルカに、私は思わず笑みを返した。私たちは腰を落ち着かせると、メニューを見た。
メニューには三種類のシチュー、三種類のサラダ、そして三種類のパンが並んでいた。
「メインのシチューは……ホワイトシチュー、ブラウンシチュー、サンデリカシチュー? ……ホワイトとブラウンは想像つくけど、サンデリカって?」
「サンデリカって香辛料を使ったシチューだニャ。色は黄色で、スパイシーな香りがクセになるニャ。好きな人は本当に病みつきになるニャよ」
「へぇ、異世界ならではの香辛料か……。よし、私はそれにする」
「俺はオーソドックスにホワイト!」
「じゃあ、私はブラウンにするニャ」
それぞれの好みが出て、ちょっとした性格診断みたいで面白い。
「サラダは……ハムと生野菜、燻製卵と揚げ芋と豆、根野菜のオイル漬け。……あれ、これ日本にもありそうだなぁ。異世界っぽいのってどれだろ?」
「うーみゅ、日本にあるものが分からないから、私には判断できないニャ」
「そっか。じゃあ、きっと異世界の野菜が入ってると信じて、根野菜のオイル漬けにする」
「俺は卵のやつ! ボリュームありそうだ!」
「私はハムにするニャ」
サラダも決まった。残るはパンだ。
「パンは柔らかい・普通・固い、の三種類か……。私は柔らかいパンにしようかな」
「俺は固いの! 食べ応えがありそうだし!」
「私は普通ニャ。すいませーん!」
チャルカが迷いなく手を挙げると、店員さんが水の入ったコップを持ってやってきた。
「はい、ご注文はお決まりですか?」
「シチューもサラダもパンも、全種類ひとつずつニャ!」
「ありがとうございます。きっと楽しんでいただけますよ」
店員さんは嬉しそうに笑みを浮かべ、奥へと消えていった。
「異世界のシチュー……楽しみ。ちなみに食べ方はどうするの?」
「トロッとしてるから、スプーンですくって食べるニャ。あと、パンをちぎって付けても美味しいニャ」
「じゃあ、思ったより日本と変わらないのね」
「うおー、想像しただけで腹が鳴る!」
ハイドが椅子の上でバタバタしながら足を振る。あまりの必死さに、思わず吹き出してしまった。
「やっぱり、猫は癒されるニャー」
「えっ……。チャルカでも、猫を見て癒されるの?」
「え、えっと……そ、そうニャ! この姿は誰が見ても癒されるフォルムニャ!」
「じゃあチャルカは、自分の容姿も癒し系って思ってるってこと?」
「そ、そういう意味じゃないニャー! 私と猫は別物ニャ! 形が全然違うニャ!」
「だーかーらー! 俺は猫じゃなくて、高等な精霊のケットシー様だ!」
挙動不審になるチャルカと抗議をするようにジャンプをするハイド。……私には、どちらも可愛い猫にしか見えなかった。




