27.異世界の食事
「早く、早く……」
「可愛いニャ〜」
「……」
椅子の上でそわそわと足を動かしているハイド。それをうっとりと眺めるチャルカ。そして、その二人を真顔で見つめる私。
どうやら猫獣人にも「猫って可愛い」という感覚はあるらしい。ただし、猫獣人自身を猫のように「可愛い」とは思わないようだ。いや、そこは思ってもいいんじゃない? と私は思うけれど。
チャルカ曰く、「顔の形、耳の大きさとか尻尾の形とかが違うから、別ジャンル」らしい。でも私からすれば、猫獣人も猫も、結局どちらも可愛い。
猫と猫獣人の可愛さの違いとは、一体どこにあるのだろうか。耳の形? 尻尾の長さ? 毛並みのふわふわ感? それとも、喋れるか喋れないか?
もし「言葉を話す猫」が居たら、それはもう猫獣人と区別できるのだろうか? 逆に「無言の猫獣人」が居たら、それはただの大きい猫なのでは……?
あれ、もしかして可愛さに境界線なんてないのでは? つまり「猫」と「猫獣人」は、どちらも等しく可愛いという普遍的真理のもとに存在している……!?
「アカネさん、なんか難しい顔してるニャ」
「……私、今ひとつの結論に辿り着いた」
「結論?」
「猫も猫獣人も、どっちも可愛い」
「か、可愛いって言われると照れるニャ! でも、可愛いのは猫獣人じゃなくて、猫だニャ!」
「だから! 俺は精霊のケットシーだ!」
私の唐突な発言にチャルカは照れたように訂正を求め、ハイドは精霊だと威張っていた。うーん、どんな態度でも可愛いものは可愛い。
「ふふっ、ずいぶん賑やかですね」
不意に声がして顔を上げると、そこには先ほどの店員さんが立っていた。
「騒がしくてすみません……」
「いいえ、全然構いませんよ。賑やかな方が食事も美味しくなりますから。さて、お待たせしました」
思わず頭を下げると、店員さんはにっこりと微笑み、首を横に振る。そして、手際よく料理をテーブルへと並べていった。
それぞれに、色んな形のパンを盛った小さな籠、新鮮な野菜のサラダ、そして色とりどりのシチューが置かれていく。
「わぁ……すっごく美味しそう」
「どれも自慢の一品です。どうぞ、心ゆくまで堪能なさってくださいね」
丁寧に頭を下げて店員さんが去っていく。改めて目の前の料理に視線を落とすと、湯気とともに漂う香りが鼻をくすぐった。特に黄色いシチューからは、どこかスパイシーで刺激的な匂いが立ちのぼっている。
「へぇ……これがサンデリカの香りか。確かに、ピリッとした匂いがする」
「味も独特ニャ。クセになる人は一度でハマる香辛料ニャ」
「よし、食うぞ!」
「「「いただきます!」」」
三人揃って声を合わせると、私たちはスプーンを手に取り、ハイドはちゃっかり魔法でスプーンを操っている。
黄色いシチューをすくった。スプーンから漂う、どこか異国めいた香り。期待と不安が入り混じる中で、私はそっと口に運んでみた。
その瞬間、舌の上で広がったのは、まったく知らない世界の味だった。
ピリッとする辛味が先に来て、その後にほんのり甘い香りが鼻を抜けていく。口の中に残る独特の苦みも、なぜか心地よい余韻に変わっていった。
「……あ、これは……クセが強い!」
思わず声が漏れる。
カレーのようでカレーじゃない、シナモンのようでシナモンじゃない、不思議な香りと味。何とも形容しがたいが、決して嫌ではない。むしろ、もう一口欲しくなる妙な中毒性があった。
「ニャふふっ、サンデリカは香りの魔力ニャ。普通のシチューも、これを入れると途端に異世界の味になるんだニャ」
チャルカはパンをシチューに浸し、満足そうに目を細めた。
私はもう一度スプーンを口に運ぶ。……やっぱり不思議な味。でも、不思議なのにどんどん食べたくなる。
「なんか、舌の上で踊ってるみたいな味……! スパイスのカーニバル?」
「アカネの例えは微妙だな」
「日本風の言い回しかニャ?」
「もう、二人とも!」
私が声を上げると、二人は顔を見合わせて笑った。気を取り直して、今度はパンに手を伸ばす。丸く焼かれたパンを両手で割ると――ふわりと立ちのぼる香ばしい匂い。指先から伝わるほどの柔らかさで、驚くほど簡単に割けてしまった。
これは……絶対に美味しいやつ。そんな確信が胸に走る。
一口大にしたパンをシチューに浸し、じっくりとスープが染み込んだのを確かめてから、口の中へと放り込んだ。
「んんっ!」
柔らかい生地に、スパイシーなシチューがじゅわっと広がっていく。パンのほんのりした甘さが、香辛料の刺激と絶妙に溶け合い、舌の上でとろけていく。
「お、美味しすぎる……っ!」
あまりの幸福感に、思わず身をよじって悶絶してしまった。椅子の上で変な動きをする私を見て、チャルカは肩を揺らして笑い、ハイドは「そんなにか!?」と目を丸くしている。
「これ、ずっと食べていられるよ……!」
「ニャははっ、アカネさんの顔、すごく幸せそうニャ」
「おい、俺にもそのパンを寄越せ!」
「はいはい。どうぞ」
せがむハイドにシチューを浸したパンを食べさせる。すると、カッと目を見開き、しっぽをブンブン振りながら飛び跳ねた。
「美味い! 絶妙な味、絶妙な柔らかさ、絶妙な!」
「もう、絶妙言い過ぎ!」
「そうニャ、そうニャ。私も初めて食べた時は衝撃を受けたニャ!」
シチューもパンも絶品。ならば次に期待が高まるのは――根野菜のオイル漬けだ。
皿の上には、白・橙・紫のスティック状の野菜が並んでいる。琥珀色のオイルが艶めき、黒胡椒がぱらりと散っていた。
フォークを手に取り、まずは白い野菜から。シャキッとした歯触り――これは、大根だ。続いて橙色。ゴリッとした噛み応えに思わず頷く。やはり人参。
残るは紫。口に入れると、ナッツのような硬さがあり、これまで食べたことのない風味が広がった。
「ねぇ、チャルカ。この紫の野菜って何?」
「それはリンベっていう野菜ニャ」
「リンベ……! 日本には無かった野菜だ。この食感、楽しい!」
異世界ならではの発見に、思わず胸が弾む。
「野菜でそんなに喜ぶなんて、アカネは変わってるな。肉のほうが嬉しくないか?」
「そんなことないよ。新しい食材ってワクワクするんだって――って、ハイド、その顔!」
ハイドに視線を向けると、口の周りがシチューでベトベトだ。
「もう、ハイドは! さっきまで丁寧に食べてたのに!」
「食欲には勝てん。やっぱり、がっつくのが一番だ!」
「汚した顔も可愛いニャー」
「……まぁ、分からなくもない」
「可愛いとは何事だ! 俺は格好よさを極めたい! 早く拭け!」
「はいはい」
チャルカと顔を見合わせ、つい笑みがこぼれる。私は笑いを堪えながら、ハイドの顔を拭いた。綺麗になると、彼は胸を張って得意げだ。
「よし、これで格好いい俺に戻った。今度は汚さないぞ」
そう宣言すると、魔法でスプーンを操り、優雅にシチューを食べ始める。……だが、尻尾は落ち着きなく揺れ、顔はくしゃっと歪む。
そしてついに――。
「やっぱり無理だ! 美味しい料理は、がっつくのが一番だ!」
堪えきれずにシチューへ飛びつき、無我夢中でかき込んだ。
「あーあ、また顔が汚れる……」
「いいニャいいニャ。おかげで、また可愛い顔が見られるニャ」
私は呆れてため息をつき、チャルカは前向きに笑う。




