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異世界喫茶で再出発ライフ  作者: 鳥助


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23.夕方の営業(2)

 少年の注文はナポリタンだった。私はすぐに調理台に立ち、鍋を魔法で温め、パスタを茹で始める。ちょうどその時、扉が次々と開き、店内に活気が戻っていった。


 星見亭の再開を聞きつけて集まってきた常連客たちだ。皆そろって表情を綻ばせ、懐かしむように席へと腰を下ろしていく。星見亭が愛されている光景に見ただけで胸が熱くなった。


 けれど、それだけじゃなかった。


「おっ、坊主も来てたのか!」

「はい、お久しぶりです」

「きゃー、本当に久しぶり! 元気にしてた?」

「はい、元気です」


 一人で座っていた少年に、次々と常連客が声をかけていく。みんな親しげで、まるで家族のように気さくに話しかけるのだ。


 少年も嬉しそうに返事を返す。丁寧な口調はそのままだけれど、笑顔は柔らかく、凛とした雰囲気が少し崩れて、年相応の顔を見せていた。


「ふふ、お客さんは人気者ですね」

「えっ、僕が人気……? ち、違います。人気なのは星見亭ですよ」

「そうですか? でも、ほら。みんなに話しかけられて、すごく好かれてます」

「そ、そう……でしょうか……」


 言葉を濁しながら、少年は少し照れたように俯いた。


 星見亭の常連客たちは、この子をいつも気にかけてくれる。きっと、そんな温かさに守られて、寂しさを和らげてきたのだろう。胸の奥にじんわりと沁みる光景だった。


「おいおい。構うのは勝手だが、早く席に着いてくれ。俺の仕事が進まん」

「ははっ、確かにそうだな!」

「ハイドも大忙しだねー」

「じゃあ、座ろうか」


 ハイドのぶっきらぼうな声に、常連客たちは顔を見合わせて笑い、思い思いの席へと腰を下ろす。その様子を横目に、ハイドは軽快に動き始めた。


 お客さんの対応はハイドに任せ、私はナポリタン作りに全神経を注いでいく。


 熱した油に刻んだ玉ねぎを落とすと、じゅっと心地よい音が響き、すぐに甘い香りが広がった。ピーマン、ベーコンを次々と炒め、色鮮やかな具材がフライパンの上で踊る。ケチャップを加えれば、甘酸っぱい香りが一層濃くなり、食欲を誘う。


 麺を絡め、全体を豪快にあおると、湯気と一緒に鮮やかな橙色が立ち昇る。


 ホールではハイドが常連客たちに軽口を叩き、笑い声が弾む音が聞こえてくる。その賑やかさが、まるで料理の調味料のように私の心を満たしてくれた。


「……ふふ、みんな本当に嬉しそう」


 小さく呟きながら、皿に盛りつけた熱々のナポリタンを手に取る。赤いソースの香りがふわりと立ちのぼり、店内をさらに温かくしていく。


「お待たせしました。ナポリタンです」


 皿をそっと差し出すと、少年の瞳がぱっと輝いた。


「わぁ……! これ、アカネさんが作ったナポリタン……。チコさんのと同じだ! いただきます!」


 目の前に置かれた瞬間、嬉しそうにフォークを手に取り、大きく口を開けて頬張る。


「んっ……! 変わらない……美味しい!」


 驚いたように目を見開いたあと、にこっと笑顔を見せる。その表情は本当に嬉しそうで、見ているこちらまで胸が温かくなった。


 私は手を動かしながら、声を掛ける。


「おばあちゃんのと、同じ味ですか?」

「はい! 全く同じです! どうしてこんなに同じように作れるんですか?」

「それはね……おばあちゃんから、この味を受け継いだからなんですよ」

「……なるほど! 素敵ですね!」


 少年は頷きながら、また嬉しそうにナポリタンを口へ運ぶ。最初は少し大人びた顔をしていたのに、今は年相応の無邪気な笑顔を浮かべていた。


 出来れば、この笑顔をずっと見守っていたい。そう思っていると、突然少年の手が止まった。何かと思い顔を上げると――少年の目から涙が溢れていた。


「ど、どうしたの!?」


 思わず手を止めて声を掛ける。少年は小さな肩を震わせながら、必死に涙をこらえるように俯いていた。


「ご、ごめんなさい……。急に、懐かしくなってしまって……。泣かないって決めてたのに……」


 フォークを皿に置いた少年は、袖で何度も目元を拭った。けれど、透明な雫は後から後から頬を伝い、止めることができない。


「この味……チコさんのと同じだって思ったら、どうしても涙が……。辛いのは、きっとマスターの方なのに……。僕が泣いちゃ、ダメなのに……」


 途切れ途切れの言葉に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。優しい子だと思った。けれど、それだけじゃない。


 星見亭に通ってくれるお客さんたちは、誰もが自然におばあちゃんの話を避けていた。きっと私を気遣ってのこと。悲しませまいと、そっと口を閉ざしてくれていたのだ。


 でも、子供にとってそれは難しい。我慢なんてできない。心があふれたとき、涙は勝手に零れてしまう。


 そのとき、椅子が軋む音がして、誰かが立ち上がる気配が伝わってきた。顔を上げると、他のお客さんたちが心配そうに視線を交わしながら、少年のそばへと歩み寄っていた。


「おい、坊主、大丈夫か?」

「寂しいときは、私たちがいるわよ」

「ほら、楽しいお話でもして、気分を変えようじゃないか」


 次々にかけられる温かい言葉に、少年は小さく首を振りながら答える。


「はい……分かってます。みなさんの気持ちも……ちゃんと分かるんです。だけど……悲しい気持ちが……どうしても止まらなくて……」


 か細い声とともに、涙はなおも頬を伝い落ちる。


 その姿を見て、私ははっきりと理解した。それだけ、おばあちゃんが少年の心の中に生き続けているということなのだ。


 星見亭に集う人々の胸にもまた、おばあちゃんとの思い出が確かに刻まれている。だからこそ、誰もそれを否定できないし、してはいけない。大切なのは、悲しみを閉じ込めることじゃなく、ありのままを受け止めることだ。


 ならば、今、少年に必要なのは話を逸らすことではない。おばあちゃんの温もりに、もう一度触れさせてあげることだ。


「……よければ、私におばあちゃんとの思い出を聞かせてくれませんか?」

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