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異世界喫茶で再出発ライフ  作者: 鳥助


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22/44

22.夕方の営業(1)

 時計を見れば、時刻は五時十二分。窓の外から差し込む橙色の光が店内を柔らかく包み込み、なんとも温かな空気を作り出していた。


 そろそろ夜が訪れる頃だ。暗くなる前に明かりを灯すと、ランプの光がぱっと広がり、室内は一気に賑やかさを取り戻した。


「昼のお客さんも帰ったし、残るは夕方のお客さんだね」

「中々の込み具合だったな。夕方ぐらいはのんびりしたいが……そうもいかんだろう」


 エプロンの紐を結び直した私の横で、ハイドがやる気のない声を漏らす。気が抜けたようにカウンターに寝そべり、へそ天になったまましっぽをゆらゆら。


「ちょっと、そんな格好しないでよ。お客さんに見られたら恥ずかしいでしょ」

「どうせ誰も見てないんだから構わん」

「そんなこと言ってると……こう!」


 私はだらしなく転がるハイドの体に手を伸ばし、わしゃわしゃと容赦なく撫で回す。


「ギャハハッ! やめっ、やめろって!」


 ハイドはジタバタ暴れた後、ふっと霧のように姿を消した。そして次の瞬間、カウンターの端に現れて私を睨む。


「俺の体で遊ぶな!」

「遊んでないってば。ちょっと整理整頓してただけ」

「俺は放置されてたおもちゃか!」


 じとっとした目で睨まれるけど、そんなものに負ける私じゃない。


「でもさ、今日も結構忙しかったし、これで少しは休めたでしょ?」

「いつもよりも客が多すぎて、俺の体力が持たん。……いっそ新しい従業員を雇ったらどうだ?」

「うーん……それもありかも。確かにハイドだけじゃ回らなかったしね。猫の手が足りないよ」

「俺はケットシーだ!」


 からかうように笑うと、ハイドは耳と毛を逆立てて全力で否定する。その様子はどう見ても、猫なのに。


 その時、扉が開いて、小さな鈴の音が転がった。


「いらっしゃいませ。星見亭へようこそ」


 すぐに笑顔を作って振り向くと――そこに立っていたのは、小さな少年がひとり。


「あれ? 親御さんは後で来るのかな?」

「いや、その子は――」


 不思議に思って声をかけると、子供はキリッと表情を引き締め、ぺこりと丁寧に頭を下げた。


「初めまして。チコさんには大変お世話になっていました。星見亭が再開したと聞いて……来たんです」


 小さな体に似合わぬしっかりとした口調に、私は思わず目を丸くした。どうやら、この子も常連だったらしい。


 すると、横でハイドが事情を補足する。


「その子の家は父親だけでな。仕事が遅くなる日は、こうして一人で飯を食べに来るんだ」

「……そうだったんだ」


 胸の奥がじんわり温かくなる。小さな常連さんを迎えられることが、なんだかとても嬉しかった。


「新しいマスターのアカネさんでいいですか?」

「はい、そうですよ」

「よろしければ、今後もここで食事をとっても大丈夫ですか?」

「もちろんです。いつでも好きな時に来てくださいね」


 凛とした表情を崩さずに言う少年。私が笑顔で頷くと、その顔が少しだけ柔らいだ気がした。


「では、失礼します」


 そう言って、少年はカウンター席に腰を下ろす。すぐに、ハイドがトコトコと近寄った。


「よぉ、久しぶりだな」

「ハイドさん、お久しぶりです。元気そうで何よりです」

「ちゃんと食べてたか?」

「はい。お父さんが色々作ってくれますし、いない時は別のお店で食べたりしてました」


 普段はだらけてばかりのハイドが、珍しく心配そうにしている。やっぱり小さな子には、つい気を配ってしまうんだろう。


 私は氷水を用意して、少年の前に置いた。


「何を食べますか?」

「うーん……悩みますね。久しぶりに来たので、食べたいものがいっぱいです」

「どれどれ、俺が聞いてやろうか?」


 そう言ったハイドは、ぴょんと少年の膝に飛び乗り、お腹に耳をぺたりと当てる。


「ふむ……今日はぜんぶ食べたいって言ってるな。全部注文するか?」

「もう、お腹がそんなこと言うわけないです」

「いやいや、確かに言ったぞ。ほら、試しに俺の腹に聞いてみろ」

「えー、ハイドのお腹ですか?」


 ハイドは得意げにカウンターへ戻ると、ゴロンとへそ天になってお腹を差し出した。少年は目を輝かせ、楽しそうに耳を当てる。


「……ぜんぶ食べたーい」


 ハイドがなるべく口を動かさずに喋ると、少年はぱっと顔を上げて笑った。


「あっ! 今のはハイドが言ったんですよ!」

「いいや、これはお腹の声だ」

「だから、お腹がそんなこと言うわけないですー!」

「なんだと? じゃあもう一回だ!」


 そう言うなり、ハイドが少年に飛びかかり、お腹を顔に押しつける。


「どうだ、今度は分かったか!」

「全然聞こえません!」

「……ぜんぶ食べたーい。ほら、言った!」

「だから、それはハイドが言ってるんです!」


 二人はすっかり打ち解けて、じゃれ合いながら笑い声を響かせていた。その光景を眺めていると、私までつい頬が緩んでしまう。


 ハイドって面倒見がいいね。いつまでも見ていたい光景を夕日が優しく包んでくれていた。

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