21.昼と夕方の間
扉が開き、鈴の澄んだ音が鳴り響く。
「いらっしゃいませ。星見亭へようこそ」
すぐに顔を上げ、にこやかな笑顔でお出迎えする。店内を一望し、空いている席を確認した。
「あちらのお席へどうぞ」
案内を受けたお客さんは軽く会釈をして、椅子に腰を下ろす。私は氷を落とした水をコップに注ぎ、ハイドに託した。すると、器用にグラスを浮かせ、ひらりと舞うようにお客さんのもとへと運んでいく。
昼食のピークが過ぎ、店内がひと息ついたのも束の間。すぐにまた、次のお客さんが現れた。
近所の奥様方が連れ立っておしゃべりに訪れたり、仕事の合間に立ち寄った人がほっと一息ついたり。小腹を満たそうと軽食を求める人もいる。気づけば、星見亭はいろいろなお客さんで賑わっていた。
その中に、休憩で立ち寄ったチャルカの姿があった。
「ふぅ……仕事の合間の一杯は格別だニャー」
チャルカはアイスコーヒーにミルクとシロップを溶かし、ゆっくりと味わっている。その隣には――。
「いやー、星見亭が再開して本当に助かったニャー。おかげで、こうして一休みできるニャ」
黒い毛並みに覆われた、同じ猫獣人の姿。チャルカと同じ種族だが、どこか落ち着いた雰囲気をまとっている。
「これからちょくちょく寄らせてもらうニャ。休みに来たり、お喋りしに来たり……よろしくニャ!」
「はい。ワンリーさん、こちらこそよろしくお願いします。どうぞ、お好きな時にいらしてくださいね」
「そう言われると、一日三回くらい来ちゃうかもしれんニャ」
「分かるニャー、それ! 気づいたら通っちゃうんだニャ」
ワンリーさんがしみじみと口にすると、チャルカも腕を組んで大きく頷いた。……猫獣人が二人並ぶと、それだけで破壊力抜群だ。ニャーニャー響く声は癒し効果がありすぎて、店の空気まで柔らかくなってしまう。
私はコーヒーを淹れながら、二人に話しかける。
「ワンリーさんも、チャルカと同じ商売をしているんですか?」
「そうニャ! 私は小物を中心に扱ってるニャ。アクセサリーや置物、それから少しだけ美術品もあるニャ」
「へぇ……お店を構えているなんて、すごいですね。でも、管理は大変じゃないですか?」
「そうかニャ? 店を持つのは責任もあるけど、その分やりがいもあるニャ。チャルカみたいに店を持たずに自由に動き回るのも羨ましいけどニャ」
「まぁ、私は気軽さが売りだからニャ」
二人は楽しそうに語り合い、しっぽをゆったりと揺らしていた。その間に私はフライパンを確認する。ちょうどいい焼き色がつき、ふっくらと膨らんだパンケーキが出来上がっていた。
皿に盛りつけ、バターをひとかけ載せ、たっぷりのシロップを回しかければ――星見亭特製のパンケーキの完成だ。
「お待たせしました、パンケーキです」
ふわりと甘い香りが漂う皿を二人の前に置いた瞬間、パァッと目を輝かせる猫獣人たち。
「これニャ、これニャ! 小腹がすいた時はやっぱり甘いパンケーキニャ!」
「この香り……堪らんニャ。待ってましたって感じニャ!」
乙女のように声を弾ませ、ナイフとフォークを手に取る二人。焦るように切り分け、一口頬張ると。
「ん~っ、このフワフワ食感、甘いシロップ、塩気のバター……完璧ニャ!」
「うみゃ~い……! 幸せが空から降ってきてるみたいニャ~!」
二人はとろけるように笑みを浮かべ、頬に手を当てて夢中でパンケーキを味わった。
「はぁ……仕事で疲れた体に甘い物が沁みるニャ。午後からの仕入れも頑張れる気がするニャ」
「分かるニャ~。甘いもの補給は女子の義務ニャ。働く猫には糖分が必要ニャ!」
「そうそう。お客さんに笑顔を見せるためにも、まずは自分が元気じゃないとダメニャ」
「それなニャ。疲れ顔で商売なんてしたら、台無しニャ」
まるで人間の働く女子同士の雑談のように、パンケーキを頬張りながらうんうん頷き合う二人。その姿に、私は思わず吹き出しそうになった。
二人はすっかりご機嫌でパンケーキを頬張りながら、次第に話題を切り替えていった。
「はぁ……甘い物でエネルギー補給はバッチリニャ。あとは毛並みを整えれば完璧ニャ」
「分かるニャ。お客さん相手にするんだもの、毛並みがツヤっとしてなきゃ失礼ニャ」
ワンリーさんが尻尾の先を指でつまみ、光に透かすように確認する。
「最近ちょっと乾燥してきた気がするニャ。ちゃんとオイルでケアしなきゃニャ」
「私は毎朝ちゃんと舐めて整えてるけど、それだけだと限界ニャ。ミルク風呂に入ると毛並みがしっとりするって聞いたニャ」
「おぉ、ミルク風呂ニャ? それはリッチニャ……。でも効果ありそうニャ」
二人は頷き合いながら、今度は耳の後ろを触り合う。
「耳の裏って意外と毛がパサつくんだニャ。ここケアし忘れると、一気にボサっと見えるニャ」
「ほんとそれニャ。だから私は寝る前にブラッシングしてるニャ。あと、香油をちょっと摂ると毛艶が良くなるんだニャ」
「さすがニャ……。やっぱり手入れに気を使わなきゃダメニャ」
猫獣人の二人が毛並みやスキンケアを真剣に語り合う姿は、なんだか微笑ましくて、女子会っぽさすらある。
私はカウンター越しにその様子を眺めながら、自然と口元がほころんでいた。
「……ふふっ」
二人はパンケーキを頬張りつつも、美容談義に夢中になっている。まるで本当に「働く女子のカフェタイム」を見ているようで、胸がほんのり温かくなった。
「アカネさんはスキンケアとかどうしてるニャ?」
「でもアカネさんは毛がないから、私たちとはやり方が違うはずニャ」
チャルカが首をかしげるように問いかけてきたが、すぐにワンリーが横から突っ込みを入れる。
スキンケア、か……。
「私にとってのスキンケアは、お客さんとお話しすることですよ」
にっこりと笑ってそう答える。お客さんと会話を交わすことで元気がもらえるし、心も癒される。それが巡り巡って、自分を整えてくれる――そんな心の栄養みたいなものだ。
そう言うと、二人は目を丸くして顔を見合わせた。
「「それニャ!」」
「……えっと、それって?」
「今のセリフ、使えるニャ! お客さんとの会話にピッタリだニャ!」
「そうニャそうニャ! 絶対に盛り上がるニャ! さすが星見亭のマスターだニャ!」
二人はすっかり気に入ったようで、きゃっきゃとはしゃぎながら「どんな場面で使うか」を真剣に相談し始めた。
その愛らしい声と仕草に、私の方が癒されてしまう。……これでは本当に、肌がつるつるになってしまいそうだ。




