20.昼の休憩
「よっと。これでケチャップライスは完成。あとはソースだね」
「デミグラスソースのオムライス……。どんな味がするのか楽しみだ」
フライパンで炒めたケチャップライスを皿に盛りつけると、私はフライパンを魔法でさっと綺麗にした。その様子を眺めていたハイドは、よだれを垂らしそうな顔でワクワクと待っている。
「なぁなぁ、どんな味なんだ?」
「うーん……じっくり煮込んだ食材のコクと旨味があってね。赤ワインのほのかな酸味や、野菜の甘み、香ばしさが合わさって、複雑で奥深い味わいになるんだ」
「ほうほう。ケチャップとはまた違うんだな」
説明を聞いたハイドは、期待に目を輝かせ、待ちきれないとばかりに体をくねらせる。
「本当は仕込みに時間がかかるけど、便利なことに即席の缶詰があるんだ。今日はそれを使おう」
保管庫からデミグラスソースの缶詰を取り出し、ぱかりと蓋を開けてハイドに見せる。
「茶色いソースか……なんだか地味だな」
「茶色はね、美味しい色なんだよ。煮込み料理も焼き物も、コクがあるものほど茶色になるんだから」
渋い顔をするハイドにくすりと笑い、作業に取りかかる。
玉ねぎとキノコを刻み、バターを溶かした鍋で炒める。甘い香りが立ちのぼったところで缶詰のデミグラスソースを加え、さらに醤油や赤ワイン、コンソメ、その他の調味料で味を調える。しばらく煮込めば、手軽ながらも深みのあるソースが出来上がった。
続いてフライパンを熱し、バターを溶かして卵を流し入れる。ふわりと半熟に焼き上げたオムレツをケチャップライスの上へ。ナイフを入れると、とろりと柔らかな卵が広がった。
そのまわりに煮立てたデミグラスソースを回しかけ、仕上げに生クリームをひと筋。彩りのパセリを散らせば――。
「デミグラスソースのオムライス、完成!」
「おぉ、これが! アカネのまかない料理!」
見た目だけで圧倒されそうだ。湯気を立てるオムライスをハイドの小皿に取り分け、私も椅子に腰を下ろして手を合わせる。
「いただきます」
「いただくぞ!」
二人の声が重なり、スプーンを手に取る。卵の表面をすくってケチャップライスを包み込み、デミグラスソースをたっぷり絡める。これは絶対に美味しい――そんな確信を胸に、大きく口へ運んだ。
「んんっ……おいひぃっ!」
噛む間もなく、口いっぱいに広がる幸福。程よい酸味のケチャップライス、とろける卵、濃厚なデミグラスソースが三重奏のように絡み合い、ひと口ごとに至福が押し寄せてくる。
「むっ!」
ハイドがビクンと顔を強張らせ、そのままゴロンと仰向けに倒れ込んだ。
「うみゃーい! うみゃいぞ、これ! なんだこれ!」
カウンターの上で転がり回り、全身で喜びを表している。その姿に思わず笑ってしまうが、すぐに起き上がると、小皿に飛びつき再び夢中で食べ始めた。
「気に入ってくれた?」
「うむ、うむ! 気に入ったぞ! しばらくの間、まかないはこれでいい!」
「ふふっ、そう?」
しっぽをぶんぶん揺らしながら頬張るハイド。やっぱりケットシーの精霊というより、猫そのものだ。
その愛らしい姿を眺めつつ、私もまたスプーンを運ぶ。……美味しい。楽しい。こんな時間を過ごすのは、本当に久しぶりだ。
働いていた頃は、パソコンにかじりつきながら片手でおにぎりやサンドイッチをかじるだけ。昼食はただの燃料補給で、楽しむなんて感覚はなかった。
けれど今は違う。しっかりと腰を落ち着けて食べ、体も心も休めて、笑い合いながら同じ食卓を囲む。食事そのものが安らぎであり、大切なひとときになっているのだ。
そんな癒しの時間を味わっていた時、ふと脳裏をかすめる光景があった。カウンターに座り、オムライスを頬張る幼い自分。その姿を、おばあちゃんが優しく見守っていた。
やっぱり、私はこの場所にいたことがある。あの時のオムライスの味も、胸の奥が温かくなるような楽しさも、ちゃんと覚えている。そして……一人じゃなかった。隣には、確かに誰かがいた気がする。
「どうした、アカネ」
「えっ、あ……。少し、思い出したの。私もここにいたんだって」
「そうか。それは良い兆しだ。受け継いだ力が馴染み始めたから、記憶も自然に戻ってきているんだろう」
「うん……。おばあちゃんの作ったオムライスを食べてた。それに、隣に誰かがいた気がするんだけど……ハイドは知ってる?」
問いかけると、ハイドは一瞬遠くを見つめ、静かに視線を逸らした。
「……知っている。その子はアカネと大の仲良しだった」
「そうなんだ……。でも、今は一緒にいないんだね。私が忘れてしまったからかな」
「違う。離れ離れになったのは、その子の事情だ。アカネのせいじゃない」
「えっ……そうなの?」
大切な子がいた。だけど、その子の都合で別れることになった。記憶はまだ霞んでいるのに、胸の奥に切なさがじわりと広がる。
「……うーん。何があったんだろう」
「無理に思い出そうとしなくていい。時が来れば、自然と思い出す」
「そう……かな。すぐに思い出したい気もするけど、思い出すのが怖い気もする……」
「そんな事より、オムライスは残しておくのか? なら俺が食べてやろう」
腕を組んで考え込む私をよそに、ハイドの目がきらりと光った。今にも私の皿を狙って飛びかかりそうな勢いだ。
「こ、これは私の分! ……って、ちょっと、ハイドの口!」
「む? 俺の口がどうした?」
視線を向けると、ハイドの口元はデミグラスソースまみれになっていた。
「ぷっ……その顔、可愛い」
「どれどれ……なっ!? 俺のカッコいい口が! これでは威厳が保てん! 早く拭いてくれ!」
慌てて鏡を取り出し、ショックを受けたように目を見開くハイド。そのまま私の隣にぴょこんと座り、口元をぐいっと差し出してきた。
「はいはい……。よし、綺麗になったよ」
「ふむ……。これでまたカッコいい俺に戻ったな」
鏡で再確認すると、今度は自信満々に凛々しく笑ってみせる。……ほんとに、この猫は表情豊かなんだから。




